第26話 絶望の中で僅かな希望を見る

「気づいたか?」

 次に目を覚ました時、ほのぐらい洞窟で横になっていた。

 僕はどうにか動かせる目だけで情報を集めようとするなり、一人の老人を目に映す。

「あなた、は……」

「名乗るなど無意味。世を捨てようと、流れてきたものを見捨てるほど人は捨てておらん」

 やや薄汚れた衣服に、白髪と髭だらけの顔。皺からして相当な年齢だが、正確な数字は読めない。

 何よりこの老人から一切の匂いが感じ取れない。

 何であろうと人は善悪に絡んだ匂いを発しているはずだ。

 匂いで読みとれない人物は家族以外で初めてだ。

「あれ、これは……?」

 無臭に次いで傷の手当てが施されていると気づく。

「たいしたことはしとらん。弾も矢も致命傷は免れとったからのう」

 弾、矢、そうだ、僕は!

 稲妻が走るように記憶が鮮明に蘇る。

「おいおい、下手に動くと傷口が開くぞ!」

「ぐっ、うっ……け、けど、黒王都が、アウラが!」

 アウラより託された黒き剣は、枕元にあってすぐ発見できた。

 けれど、すぐ側にいるべきアウラがいない。

「黒王都なら、すぐ側の河川を上った先だ」

 何かを察した老人は、僕を引き留めなどしなかった。


 どれくらい時間が経っただろうか。

 河川を辿り、全身を苛む激痛と悪寒に耐えながら、僕は命消えた黒王都に戻っていた。

 これは矢や弾が致命傷を逸れていたこと、アウラが黒王の力である程度、肉体を回復させていたこと、謎の老人が手当を施したことが起因すると気づいたのは後だ。

「あ、あああああああああっ!」

 変貌した黒王都に僕は両膝をつき、慟哭した。

 あらゆる建物は倒壊しては燃え尽き、路傍の石のように倒れ伏すは人、人、人。

 だ、誰か、誰か生存者はいないのか!

 アウラより託された黒き剣を抱えながら、僕は生存者を探し渡る。

 いつも世話話をした商家の人たちや、結婚を心待ちにしていたお姉さん、騎士団に憧れ、日夜鍛錬を積んでいた子供たちが、あらゆる場所、あらゆる箇所で屍となって再会を果たす。

「どうして、どうしてなんだよ、白王おおおおおおおおう!」

 駐屯騎士団が独断で行ったとは到底思えない。

 何よりアウラの黒王の力に干渉したからこそ、この虐殺の指導者が誰か、明白に語っている。

「ぽーぼぼ!」

 頭上から聞き覚えの鳴き声がする。

 見上げればポボゥが空で円を描いて飛んでいるではないか。

 まさか!

 僕は痛む身体を推してポボゥの元に向かう。

「誰かいる!」

 倒壊した家屋に誰かが下敷きとなっている。

 血に混じり確かな命の鼓動がある。

 僕は道ばたに転がる柱を拾い上げれば、テコの原理で倒壊した家屋を持ち上げた。

「大丈夫、か、くっ!」

 確かに人はいた。母親が子に覆い被さる形で、こと切れていた。まだ身体はほんのり温かく、つい先ほどまで生きていた。もう少し発見が、いや、発見できたとしてもすぐに治療ができない、医者も死んだ状況で僕になにができる。

「く~るる」

 すぐ近くの瓦礫より、聞き覚えのある鳴き声。見ればドスドニドが一匹、瓦礫に身体を埋もれさせていた。

「お前、まさかランボウか」

 そうだ、この黄みかかった尾っぽの体毛は間違いない。

 瓦礫から助け出すも、悲しそうに鳴くだけだ。そうだろう。主と認めた人間が殺されたのだ。生き物だぞ、心が、死が分かるんだぞ。それなのに――

「くっそがあああああああっ!」

 理不尽に対する怒りが僕の中で爆発する。

 次いで、すぐ近くで黒き渦巻きが現れた。

 渦巻きは瞬く間に虎のような魔物となる。

 魔物は周囲の死体に目もくれず、僕に牙をむけて飛びかかってきた。

「うるさい猫だ」

 この時既に僕の中で何かがフッ切れていた。

 いや精神の均衡を喪失していたと言えば正しいか。

 飛びかかった魔物は一刀の元切り捨てる。

 首を飛ばしながら霧散する光景を見ても胸が張れることはない。

 むしろ憎悪が苛烈さを増して胸の中で燃え広がる。

 次から次に現れる魔物を切り捨てようと、胸の内が晴れることは決してない。

 切っても、切っても、切っても、切っても! 僕が――俺が切りたい奴ではない!

「ん?」

 魔物を切り捨てるうちに、気づけば黒王都の端、いやドウツカ大森海側まで来ていたようだ。

 出入りする時のみ開かれる門は開かれ、都市と大森海を繋ぐ橋の上には住人や開闢者とおぼしき者たちが背面より矢を生やしてこと切れている。

 ここで違和感に気づいた。

「どうして、入ってこない?」

 ドウツカ大森海から無数の魔物がこちらに殺意を向けている。

 向けているも、どの一匹も橋まで現れない。

「まさか!」

 現れないのではない。

 ドウツカ大森海から出ることができない。

「け、結界が生きている……」

 黒王アウラの張った結界が、人の住まう大陸東側への魔物流入を防いでいる。

 結界は一度張れば、張った者が死ぬか、次なる王に継承さるかまで永続的に維持され続ける。つまりは!

「アウラは……生きている」

 絶望の中で僅かな希望を見た。

「やれやれ、騒がしい原因はこの有様か」

 風が一つ吹くように、結界外にいた魔物たちの首が飛ぶように跳ねる。

 見ればドウツカ大森海側に僕を助けた老人が一人立っていた。手に握るのは刀。ゆったりとした動作で魔物の首跳ねた刀を納刀している。

「まったくあやつめ、覗きの次はなにをやらかすつもりだか」

 グチグチと何か言っているようだが、離れているためよく聞こえない。だけど、確かな実力を間近で見た。

「おい、爺さん!」

「なんだ?」

「僕に、いや、俺に剣を教えろ!」

 今の実力では天紋持つ騎士一人とまともにやりあえない。

 黒王都に住まう人々の仇討ちをするにしろ、アウラを助け出すにしろ。足りない。圧倒的に実力が足りなさすぎる。一人ではできない。だが目の前に格好の人物がいる。

「断る。世の人ではない森に住む隠の者になにを請う、なにを為す」

「白王を殺す! そしてアウラを取り戻す!」

 言葉で動かぬなど百の承知。満身創痍であろうと俺は呼吸で無理矢理身体を活性化させて刀を抜き取った。傷口が熱く、一瞬でも気を緩めれば血が噴き出そうだ。

「ふん、休まぬケガ人を黙らせるには、実力行使が一番のようだな」

 爺さんは呆れながら納めた刀を抜く。首もとの動きにより行っている呼吸が、ただの呼吸ではないと俺は見抜く。

「なんだ、なんだ、その絶え絶えの呼吸は!」

 影が動いたと認識した時には、俺の意識は一瞬にして刈り取られていた。


 この日、ハルノブは死んだ。

 魔物襲撃により死亡したと報告書に、その名を記された。

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