第14話 代々継承されし楔の剣

「よしっと!」

 白王都に出発当日、僕は離れで黒い衣服の上から袴の帯を締める。

 鏡の前に立てば、クルリと回って乱れた箇所はないか今一度確認した。

 マゲでないのを除けば侍のような恰好である。

「白王都か、どんな人が白王なんだろうな」

 黒色の反対が白色ならば、年若いアウラと逆の齢九九の老人と聞いている

 けれど老人と侮るなかれ。

 二十歳で就任して以来、その天紋の強大さ故に相応しき後継者が現れぬと嘆くおじいさんだとアウラは言っていた。

 アウラの様子からして、白王との関係が良好なのは確かだ。

「ハルノブ様、準備はできましたでしょうか?」

 腰元に木刀と刀を挿した時、扉一枚隔てて、ばあやさんが呼ぶ。

「はい、ばっちりと!」

 元気よく返した僕は扉を開いた。

「では、おひいさまが祠でお待ちです。それと、これをお渡ししておきます」

 ばあやさんが僕に渡したのは剣の入ってない鞘であった。

 形からして両刃の剣を納める物で、装飾は施されておらずとも一級品だと直感で分かる。

「これは?」

「詳しくは、おひいさまに。では、ご案内します」

 詳細はアウラにか。

 そういえば、下準備があるとか言っていたのを僕は思い出す。

 なんでも結界を張るのに必要不可欠なものを用意するとか。

 ばあやさんについて行く形で、僕は屋敷裏にある洞穴にたどり着く。

 この洞穴には禊ぎの泉がある。つまり僕はあの中に転移してきた。

 禊ぎの泉の奥に祭壇があると聞かされているが、おそらくアウラはそこにいるのだろう。

「奥でおひいさまがお待ちです」

 ばあやさんの案内は、ここまでと言わんばかりに立ち止まる。

 お礼を言った僕はそのまま洞穴内に足を踏み入れた。中は薄暗くも、両端に並べられた蝋燭の明かりのお陰で迷わず、禊ぎの泉を横切れば、最奥の祭壇にまで体感五分もかからず到着した。

「ここが、祭壇……」

 中は扇状の空間が広がり、奥には装飾も何もないシンプルな石造りの壇がある。

 大小二つの立方体を乗せたシンプルな作りで、頂に何か垂直に刺さっているのを発見した。

 一見して西洋刀剣に近い形をしているが、柄から刀身まで光を吸い込むまでの漆黒。蝋燭の明かりがなければ気づかなかっただろう。

 間近で見ようと一歩踏み出した僕だけど、スポンジに全身を押しつけたような感覚が走り進行を阻害される。何もない宙に腕を伸ばせば、柔らかな感触が手の平から伝わってくる。どうやらこの空間には結界が張られて祭壇へと進めないようだ。

「これは無窮の楔むきゅうのくさびと呼ばれるものです」

 ふとアウラの声が空間内に反響する。

「神より授けられ、代々黒王に継承されし楔の剣。この楔を資格ある者が振るえば、混ざり合ったものを正しき位置に戻すと言い伝えられています」

 声の発生源は目の前の祭壇。

 漆黒の衣服に身を包んだアウラが現れれば、そのまま祭壇の前で舞い始めた。

(まるで神楽だ)

 それは神楽と呼ぶ神を祭るために奏する舞楽。

 世界が、神が異なろうと、祀る行為に違いはないようだ。

 耀夏もまた神に奉納するための神楽を何度も舞っている。

 ただ、アウラの舞に僕はどこか既視感を見て小首を傾げた。

(はて?)

 脳内で感じてはいても上手く言語化できない。

 ただアウラの動きに親近感があるだけなのだが、そこは耀夏似だからと己を納得させる。

 程なくして舞は終わり、僕の進行を阻害していた結界が消えていた。

「この楔は他の地に結界を施す時以外、持ち出すのを禁じられています。持ち出しを防ぐための結界が祭壇に施されているのです」

 祭壇から降りながらアウラは僕に説明する。

「持ち出すには楔に舞を奉納し、祭壇から抜いて鞘に納める必要があります」

 なるほどばあやさんから渡された鞘はそういうことなのかと、僕は納得するも、何故、僕なのか、当然の疑問が浮かぶ。

「なんで僕なの?」

「そ、それは、ですね、え、えっと、本来なら他の人がいたのですが、準備に大忙しで人手が足りなくて!」

 とってつけたような理由を言っているが、泳ぐ目と声で丸わかりだ。

 隠し事があるのは前々から察知していたが、悪意と実害がないため、アウラ自ら打ち明けるまで待っていたりする。

「まあ、抜いて納めるならね」

 抜いて納めるのが儀式の一環なら行わねばならないだろう。

「はい、その通りです。ではお願いします」

 にっこりした笑顔で僕に次なる行動を促してきた。

「これ抜いたら、次なる王様に決定とかないよね?」

 柄に手をかけた僕は地球由来の知識を口走る。

 ゲームやラノベで有名なアーサー王が王となったのは、選定の剣と呼ぶ岩に刺さった剣を抜いたからだ。

 岩の祭壇に刺さった剣。うん、まんま選定の剣だ、これ。

「いえ、

 アウラが否定するも、声音は秘密の匂いに包まれている。

 ともあれ、問い詰めても答えぬのだろうと、祭壇から漆黒の剣を抜いた僕はそのまま鞘に納めた。

 無窮の楔と呼ばれる特別な剣のようだが、重さ、質感はよくある剣のようだ。

 黒さからして陰鉄が含まれているのではないかと推測する。

 陰鉄=隕石で打たれた刀剣は生産数こそ少ないが、地球にあり、宇宙から飛来した故に、天が認めた者として王や皇帝など、時の権力者が所有していた。

 もっとも希少な隕石が原料であるため、戦闘用ではなく祭具の側面が強い。

 けど、ここは異世界、地球の常識は一切通じないから、もしかしなくても振ったらビームが出ても驚かないぞ。

「では、行きましょうか」

 僕から鞘入り無窮の楔を受け取ったアウラの顔は、ほっこり笑顔だった。

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