第12話 首置いてけ!

「脱走したドスドニドじゃないか!」

「ケイちゃん家のドスドニド、ランボウだ!」

「なんかそこらへん歩いていたから菓子与えて家来にした!」

「後、ケイちゃん来なかったけど、ハルノブなんか知らない?」

「勝ったら教えてあげるよ」

「なら首置いてけ!」

「縛り首だ!」

 討ち取ったら答えられないだろう。

 子供ってのはこういうのは無垢で無知だから面倒だ。

 なによりなお面倒なのは、おバカではない点。

 子供一人が操るには大きすぎて鐙には届いていない。

 そう一人では――ならば二人で騎乗すれば解決する。

「はいや~!」

「ひゃっはああああっ!」

 騎乗した一人が手綱を操り、後ろの一人が鐙を踏んでいる。鞍なんでどこから持ってきたんだと指摘したいが、もうつっこみは疲れた。

「剣とか関係ないだろう!」

「なに言ってんだハルノブ、騎士は武器を手に騎乗するんだぞ!」

「そうだ、そうだ、騎士だから問題ないんだよ!」

 いや、あのね、僕が指摘したいのは、武器を持たずしてどう戦うかってことよ。一人は手綱を握っているし、もう一人は鐙を踏むために前の子の腰をしっかり掴んでいるから、二人とも手が空いていない。

 確かに歩兵にとって騎兵が脅威なのは戦術史が物語っている。

 その突撃と機動力で回り込むため侮れず、柵を飛び越える跳躍力など、オープンな戦場では強い。

 特に武田の騎馬隊が有名どころだ。

「やれーマッちゃん、イケちゃん、ハルノブをひき殺せ!」

「ぶっ殺して、豚の餌にしてしまえ!」

「君たち、少しは言葉の優しさと柔らかさを覚えなさい!」

 チンピラ言葉をどこで覚えてくるのか、親の教育と学校での生活が疑われる。

「はっはっは、蹂躙して花畑にしてやる!」

「ランボウ、ライトニング走りだ!」

 ドスドニド駆ける子供二人はノリノリの世紀末だ。

 テンションすらハイであり、物理的に止める方法以外思いつかないが、問題は、しとめ方ではなく止め方でなければならぬ点。厄介なのは、地球知識でダチョウだと思えば痛い目を見る点だ。

「ああもう、なんちゅう機敏な動きだ!」

 ドスドニドは稲妻のように鋭くカクカクと走り、視点を定めさせない。騎乗する当人たちはネーミングと動きが稲妻みたいでカッコいいから使っているだけで、戦略、戦術の自覚ないのが輪をかけて困る。

「まあ対策がないこともないけど」

 攻撃ではなく回避に意識を集中させ、機敏な動きで突撃を繰り返すドスドニドをかわし続ける。

 あれほどの揺れならば騎乗する二人に乗り物酔いのダメージを期待したいが、テンションがハイの自分酔いを起こしているため期待するだけ無駄ときた。

「はい、借りるよ」

 僕は応援を飛ばす子供たちから木刀とロープを拝借する。

「あ、なに持ってってんだ!」

「借りると言った!」

 子供たちの抗議を僕は一喝で切り捨てる。

 広場を駆け抜けながら、木刀の柄にロープを硬く縛り、鎖鎌のようにする。

「はっは~ん、木刀じゃ俺たちに届かないから、ロープで延長かよ!」

「そんなへっぴり棒切れじゃ、俺たちには届かねえぞ! 槍持ってこい、槍!」

「もしくは弓矢だな!」

「いやいやそこは鉄砲だろう」

「ドでかく破城砲で行こうぜ!」

 子供たちは口々に物騒な物へとグレートアップさせている。

 木刀を叩きつけるだけなら、効果はあるが、僕の狙いはそこじゃない。

 歴史ある道場の次男坊で、五天鳴剣流の継ぎ手ではないが、基本的な戦い方、それも騎馬相手の場合も師範である父から教えられていた。

「騎乗した程度で勝ちに乗ったと思ったら大間違いだよ!」

 呼吸は浅く、なおかつ速く、休む間もなく断続的に。

 歩幅は大股でなく小股で、力ではなく速さのための身体にせんと呼吸で整える。

「風の型・疾風ノ足!」

 威力を二の次に、踏み込みと加速を重視した型。

 本来なら居合い抜きの抜刀術と併用する型だが、今回は己を純粋に加速させるためだけに使用した。

「んなっ!」

「ドスドニドを抜いたのかよ!」

「ハルノブ、無紋だろ!」

 僕が駆けるドスドニドをゴボウ抜きするなり、子供たちから驚愕が飛ぶ。騎乗する二人が抜かれたと気づく寸前に、ロープでくくった木刀をドスドニドの顔の前に放り投げた。

「う、うわっ!」

「と、とっととっ!」

 ドスドニドは眼前に現れた木刀を鎌首もたげて回避するも、次なるロープは避けられず、首に絡まりて驚き足を止める。乗りに乗って生じた慣性は殺せるはずもなく、騎乗する二人は慣性に押されてドスドニドから落馬せんとする。

「ほっと、よっと!」

 僕は素早く間合いに踏み込めば、子供二人の襟首をまとめて掴みあげ、地面との激突を寸前で防ぐ。

 二人まとまって騎乗していたので助かった。そのままボーリングよろしく水平に地面へと転がし、二人縛る慣性を自然発散させる。

「ああああ、もうなんで勝てないんだよ!」

「本当にハルノブ、無紋か!」

「実は尻に紋あるんじゃないの」

「よし、尻剥こうぜ、尻!」

「いい加減にしなさい」

 今度は僕のズボンを脱がそうと飛びかかってきたため、木刀の峰で叩いて黙らせる。

 もちろん、軽く小突く程度で加減はしてあった。

「くっ~俺らの秘密兵器までやられるなんて!」

「まあ、確かに騎馬は脅威だよ。けれどね」

 対策次第でどうにかできる。

 先のように首にロープを巻き付けるような障害で足を止める、高所を取って応戦するなどある。またはこのようなオープンな広場ではなく、木々繁る森の中に誘い込む。そうすれば木々により方向性を定められ、誘導により罠や攻撃を行いやすくなる。

「というわけで、こいつは連れ帰るからね」

 ドスドニドが煩わしそうに首に振るっている。だから僕は絡まったロープをほどいてやれば嘘のように大人しくなった。

「そういやさ、ハルノブ。ケイちゃん、どうなったんだ?」

 勝てたら教えると言っていたが、努力賞で教えてもいいだろう。

「こいつの脱走原因を作ったとして、お母さんに怒られていたよ」

 言うなり子供たちの誰もが口をあんぐり開いて驚愕していた。

 中には尻を抑えている子供さえいる姿からして、畏怖の対象のようだ。

「あちゃ~おばちゃんの尻叩き食らったか」

「ケイちゃんの母ちゃん、尻叩きスゲーもんな」

「叩かれてもないに、俺尻痛くなってきたよ」

「尻今頃、四つに割れてんじゃね?」

「いや、八つだろ」

 子供たちの誰もが惨状の想像を口々に言い合っていたのも束の間、落ちていた棒きれを一人が拾い上げれば、地面になにやら書き出した。

「今回はどこが悪かったんだ?」

「俺は落下で一撃の位置を、ハルノブにも分かるようにしていたのが悪かったと思うな」

「間違わないようにした目印が裏目に出たな~」

 子供たち全員が中腰となり円陣を組んでいる。

 どうやら毎度恒例の反省会が始まったようだ。

「突きの波状攻撃だって木刀だからハルノブにリーチが届かなかったな」

「そこもだよ。槍とかだったらハルノブに届いていたかもしれんし」

「けどよ、槍だと長い分、腕が疲れちまうから、体力削られちまう。連続してビュンビュンと、ハルノブを追いつめられねえ」

「長いからバキンと弾きあげられちまうリスクもあるぞ」

「飛び道具は?」

「ハルノブ相手に意味ねえと思うぞ。こうシュとか、サッとか狙いつけた時にはもう間合いに入られちまうオチしか見えねえ!」

 うん、君たちに悪いけど、弓矢や鉄砲を相手とした鍛錬を一応受けている。

 もちろん、本物ではなくレプリカであるが、当たると痛い。

 矢でも鉄砲でも軌道を読むことが重要だと教えられたが、うん、刺さらない分、痛い。うん、痛いのだ。ものすご~く。

 鉄砲に至れば本物は用意できないため、モデルガンで代用。

 フルオートでBB弾ぶちまけてくるし、それを全部弾いて父親の顎に膝蹴り入れる兄を凄いと感動した記憶あるけど、今思い返せば化け物だと思う。

「さてと、今の内にと」

 目的は子供の遊び相手ではなく、逃げたドスドニドの確保。

 子供たちが白熱した反省会を行っているうちに、僕は手綱を引き、広場から歩き去る。

「よし、次はこの作戦で行くぞ!」

「今度こそハルノブの首穫るぞ!」

「ハルノブ、首置いてけって、いないし!」

 僕が広場の外に出て人混みに紛れた時、威勢の良い子供たちの声が喧噪に負けず響いていた。

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