第7話 勇者チクリーンの暴走

 ここは、第6ダンジョンの26階層。


「ライトニング・ハロ」


 勇者が杖を掲げると、周囲は閃光に包まれ魔物の姿は消えてしまう。


「チクリーン様、楽勝ですわ」


「勇者パーティーのタンク役だったはずなんだが、これじゃあポーターでしかないな」


「そう言うなって。次は、ポーターを連れてくるさ。でも、次は重い鎧なんて置いてきた方がイイかもな」


 第6ダンジョン3人目の勇者であり128代目勇者チクリーンは、魔法使いタイプの勇者になる。チクリーンの他には、重装備の戦士と聖女の3人の少人数パーティー。


 熾天使フジーコが、勇者チクリーンに与えたものは、『大魔導師の加護』と『熾天使フジーコの姿を模った杖』の2つ。

 杖から放たれた上位魔法ライトニング・ハロは強力で、ここまでの魔物達をは全て瞬殺し、残りのパーティーメンバーは戦ってすらいない。


「チクリーン、宝箱ドロップだ。もういっちょ頼むぞ」


「ああ、分かったよ。ライトニング・ハロ」


 勇者チクリーンが再び魔法を唱えると、カチリと音が鳴り響き、宝箱の罠が解除される。


「ホント、便利なもんだな。勇者専用魔法ってのは強力過ぎるぜ」


 ライトニング・ハロは、純粋な攻撃魔法じゃない。回復から支援魔法に探知・罠の解除までの全てを兼ね備えた魔法。

 しかし、そんな万能な魔法があるはずがない。勇者専用魔法と誤魔化し、全てが黒子天使によって操作されている。もちろん、勇者チクリーンの魔法スキルや技量なんて一切関係ない。

 唯一の問題となるのは勇者の持つ魔力量。どんなに黒子天使達が操作しても、チクリーンの魔力が消費しなければ怪しまれる。その魔問題を解決するのが熾天使フジーコの杖。

 勇者専用装備であり、この杖があれば魔力を消費しないチートアイテムという謳い文句が、人々の思考を麻痺させる。


「ミスリルの盾か。26階層からは、ドロップアイテムが豪華になるって話は本当だったな。30階までは行きたかったが、一度返らないとダメそうだぞ。もう持てそうにない」


「ショボいアイテムなんて捨てていけばイイだろ。マップじゃ、この先にモンスター部屋があるんだ」


「そうですわ。安物なんか幾ら持っていても意味がありませんわ」


「それも、そうだな。そんじゃあ、お宝回収と行きますか」


 モンスター部屋の扉を開け中に踏み入れば、これまでのダンジョンと違い中は薄暗い。その中に紅く光る魔物の瞳が輝いている。その数は、パッと見ただけでも100体以上。


「ほう、これは期待出来そうだな。俺の装備もここで捨ててくか」


「私に似合うものがあればイイのですが」


「さあ、お楽しみだ。ライトニング・ハロ!」


 一瞬だけ部屋の中を光が照らすが、再び元の光景に戻る。だが魔物達の無数の瞳が放つ、紅い不気味な光は変わらない。


「どうした、効いていないのか?」


 モンスター部屋の扉が勝手に閉ざされると、紅い瞳が動き出し、勇者達に躙り寄ってくる。


「そんな訳がないだろ。ライトニング・ハロ、ライトニング・ハロ、ライトニング・ハロッ!」


 魔法を連発するチクリーンだが、今まで見せていた魔物を瞬殺する効果なく、閉ざさせた扉を開くことも出来ない。


 ダンジョンの魔物には2種類ある。地竜ミショウのように黒子天使達と契約しダンジョンに引っ越してきた魔物と、強制的に連れて来られた魔物。


 契約関係にある魔物は、転移魔法により冒険者達の都合の良いように姿を現す。ある程度の間隔でポップアップしたり、同じ場所に何度も魔物が現れるのは、契約された魔物である。


 しかし、強制的に連れてこられた魔物は違う。黒子天使にも冒険者達にも敵意を剥き出し、残忍なまでに襲いかかる。そして、互いに身を護るために協力し集まったのがモンスター部屋と呼ばれる。


 今まで契約された魔物としか戦ったことのなかった勇者チクリーンが、初めて命を奪いに来る魔物と遭遇してしまった。これまでに感じたことのない殺気と迫力に、ライトニング・ハロが全く通用しない現実。


「チクリーン様、最上位の魔法ですわ」


「あ、ああ、そうだったな。まだ全ての力は見せていない」


 熾天使フジーコの杖を大きく翳し、詠唱というよりは声高らかに叫び声を上げる。


「熾天使の力を我に。全ての魔物を消滅せよ! シャイニング・ハロ」

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