第22話 退屈で静かな大学。

 私は今日も大学で授業だ。

 ほとんどサボらずに大学に通っている私って真面目なのかなと考えるもサボる理由がないのが陰キャ女子の現実なのだ。


 そして結花ちゃんと話さなくなってもう3日も経ってしまった。




 <バッティングセンターに行った日の翌日のこと>

 頭のなかで流れるのは「陽葵になにがわかるのですか!?」という結花ちゃんの怒号。私は昨日あの吉河結花ちゃんを怒らせてしまったのだ。


 よく考えると私が悪いのは明白だ。


 結花ちゃんのおうちの問題なのに首を突っ込むべきではなかった。その結果が何がわかるのですかという発言だ。


 でもたとえどんなに心が沈んでいても大学には行かなくてはいけない。一睡も出来なかったせいで瞼は重いが心の罪悪感のせいか眠気は一切感じない。


 今日の気候は暑いだけじゃなくて湿度も高いようだ。夏と言われたら想像するような太陽のもとで滴る汗を拭うようなものではない。


 そんな気候は睡眠不足の私の体に重くのしかかった。眠たいわけではないのだが疲労感は十分にある。


「今日しっかり謝って結花ちゃんを笑顔で見送ってあげよう!」


 これは私が一晩考えた結論だ。

 私に結花ちゃんを笑顔で見送れる自信はないがこうするのが一番だと思う。



 家を出て少し歩くと黒髪の華奢な大学生が見える。私が一晩考えていた結花ちゃんだ。


 謝らないと・・・。


「おはよう。結花ちゃん」


 私は決意を固めるように強く地面を蹴って目の前の結花ちゃんに言った。だけど結花ちゃんの反応は冷たかった。結花ちゃんは一度振り返ってくれたがプイっと前を向いて足早に去っていってしまった。


 その日はそのあと何回も話しかけようと試みるも避けられて終わってしまった。




 そしてそれから3日たった今日。


 私の心はもう完全に折れていた。


 いつもは隣で受けていた大学の講義もいまは一番距離のある対角線上の一番は端の席。

 お昼の時間は大学が広いからか見つけられず。

 帰りは結花ちゃんがそそくさと帰っていってしまう。


 よく考えると私は小、中、高と上辺だけの友達でそもそも揉めたことなんて無かったはずだ。


 いや一人だけ謎に敵対心を丸出しにしてきた子がいたっけな・・・。高校のときに。


 まあその話は置いといて。

 だから仲直りの方法なんて幼稚園生でも知っている謝るということしか知らないのだ。なのに話すことすらもできないならもう仲直りは不可能なのではと思ってしまう。


 せめて話だけでも聞いて貰わないと。


 なんて本当に大変なときにあいつは現れた。


「おぉ。陽葵じゃん。おひさー!」

「ゆっ。ユミちゃんか」

「残念そうな顔してー。怒っちゃうぞ♡」

「その話し方やめて」

「つれないなー」


 ユミちゃんは相変わらずだ。セミロングの金髪は前よりも輝いているように見えるが。こっちは忙しいんだと言わんばかりの不機嫌さを出してもユミちゃんの笑顔は変わらない。


「で?なんか悩みでもあるの?」

「ないわけではないけど・・・」

「よーしお姉さんが相談に乗ってあげよう!」

「そうしてくれると助かるかも・・・」

「えーめずらしい!!じゃあ駅前のカフェでもいこー!」


 ここまでくるとユミちゃんの明るさが心の中をぱっと照らすように染みてくる。なんだかんだ言って大学に入学してからユミちゃんには世話になってる気がする。

 入学式のときに前の席に座っていてひょんなことから話すようになったというだけだったはずなのに。

 以降ずっと話しかけてくれたユミちゃんには感謝しかない。



 ユミちゃんの言っていた駅前のカフェとは以前結花ちゃんとパフェを食べたところとは違う別の場所だった。私が大学に通い始める前からあったらしいそのカフェは白を基調とした内装で明るい雰囲気だ。空いていた壁側の席に腰掛けると机が小さいからかユミちゃんが思ったより近い。


 ユミちゃんはコーヒーを私は紅茶を注文する。結花ちゃんと出会ってからは紅茶を飲むことが増えた気がする。


「でっ陽葵!なんで悩んでたの?」

「それはね・・・」


 突然会話は切り出される。


 留学のこととバッティングセンターでのこと、そして話しかけても無視されていることをユミちゃんに結花ちゃんの名前を伏せて話した。


「うーん。要するに陽葵はその子のことが好きってことだね」

「違うよ!」

「でもだってその子に海外に行ってほしくないんでしょ?」

「それはそうだけど・・・。友情だから!」


 私は結花ちゃんに海外留学なんてしてほしくない。だけどそれだからといって恋愛感情があると判断するのは性急だろう。


「ちなみにそれはどんな子だい?」

「私よりも小柄で可愛い女の子だよ!」

「でその子のことが好きだと」

「同性だから!友情だよ!」

「別に同性だから友情ってわけじゃないでしょ。陽葵は異性のこと好きになったことないって言ってたよね?」

「それはそうだけど」


 異性のことを好きになったことがないと言えばそうだが同性も好きになったことはない。恋はしたいと思うが特定の相手がいたわけではないのだ。


「なにを嫌がってるのかわからないけど同性愛者だって別に普通でしょ」

「そういう問題じゃなくて・・・」

「まぁ要するに止めたいけど止められないってことでしょ?」

「そんなんじゃないけど」


 止めたいわけじゃないけど行ってほしいわけではないのだ。我ながらにややこしいことを言ってるというのはわかるのだが言語化が難しい。


「はいはい」


 どうやらユミちゃんは私が結花ちゃんを友達だと思ってることを認めてくれたようだ。そもそも私は結花ちゃんのことは友達だと思っている・・はずだ。

 確かに一緒にいて楽しいと思ったりすることはあるけどね。


「ってゆうか別に止めるのだって友達だからっていう理由だけで充分じゃない?普通に行かないでーって言えばいいじゃん」


 友達という理由だけで充分か・・。


 私はいままでどうして良いかわからなかったんだ。私と結花ちゃんの関係が曖昧だったから。だからきっと言えなかった本音もあったのだろう。


「そっか。ありがとうユミちゃん頑張ってみるね」


 なんて話していると紅茶とコーヒーが運ばれてくる。結花ちゃんの影響でハマり始めた紅茶は爽やかな香りで落ち着いてくる。


「陽葵が紅茶なんて珍しいね」

「そうかな。ユミちゃんこそコーヒー飲むんだ」

「最近はね。コーヒーって飲むと眠くなくなるらしいよ」

「それ誰でも知ってるやつだよ」

「そうなんだ」


 ケラケラと笑うユミちゃんはいつも通りだ。というか私の悩みを話したときも表情が一切変わっていなかった。


 こういうのは慣れっこなのかな・・・。


 そう考えるとすごいなと思う。きっとコミュ力の証左だろう。


 そんなことを考えていると眠くなってくる。

 睡眠不足が続いたせいかそれとも紅茶の香りか。そんなことはどうでもいいがふわっとあくびをするとユミちゃんは微笑んだ。


 右肘を机にのせ体重をかけると瞼が落ちるまで数分もかからなかった。


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