ボーイミーツガール〜池からイケメンマッチョ編〜

川埜榮娜

前編 *家の池にイケメンマッチョが現れました*

 私の名前は、加藤かとうめぐみ。今年で23歳になる。

 父母は海外で働いていて、弟は東京で大学生をしている。


 昨年までは、私も弟と一緒に東京で生活をしていたのだが、父方の祖父母が亡くなり、一人息子だった父は、田舎にある祖父母の家を処分するかどうか悩んでいた。

 そこで、田舎暮らしをしたかった私が、その家に住みたいと名乗り出たのだ。


 ちなみに私の仕事は、東京であろうが田舎であろうが関係が無いWebライターなのと、亡くなった祖父母がけっこうな遺産を遺してくれたので、両親も反対はしなかった。


 そういう事情により、私は大きな一軒家で独り暮らしをしているのである。


 とまぁ、そんな話は置いといて……。


 私は今、とても困った状態である。いや『困った』では言い表せられない困難というか、困惑というか、混乱というか――――


 夕食を食べ終え、お風呂から上がった私は自室がある二階へ上がった。その時、庭の池からバシャンと音がしたのだ。


 田舎とはいえ女の独り暮らし、お金をかけにかけた家のセキュリティは万全。

 敷地内に人間の侵入者があればわかるようにしていたが、反応は無かったので、間抜けな猫や狸が池に落ちてしまったのか? と思いつつも、ちょっと怖いので、しゃがみながらベランダに出て、コッソリと庭を覗いてみたのだが……


「ここは何処どこだろうか?」


 突然話しかけられたのだ。


 いや、あちらからは見えてないはずだし、そもそも人間が何故うちの庭に居る?

 お金をかけたセキュリティーはどうなってるんだ?


 とりあえず、侵入してきたくせに『ここは何処か』と問うてきた相手を見る為、ここは二階だし危険は少ないだろうと、その場で立ちあがった。

 そして、しっかりと相手の姿を見て固まってしまったのだ。


 何故ならその人間は、鎧をまとっていて腰には立派な剣をたずさえていたからである……。


 コスプレにしては、立派で年季の入った鎧だし筋肉が凄い。

 背も凄く高いし筋肉が凄い。(大事な事なので2回言った)


 そう、何はともあれ筋肉が凄い。歴戦の猛者もさ的な重量の筋肉ものをお持ちなのである。

 その男性マッチョが、何故か私の庭の池に現れたのだ。


 私、今日はお酒飲んでないよな?


 …………。


 あぁ、やっぱり田舎は星が綺麗だなぁ……。(現実逃避)


「すまないが、ここは何処なのだろうか? 見慣れぬ建物に見慣れぬ出で立ち……私は、ちまたで流行っている神隠し的な物にあったのだろうか?」


 神隠しがちまたで流行ってるんだぁ。って神隠しっていつの時代?! そして流行ってるの?! 物騒ぶっそうすぎないかそれ?!


「言葉が通じていないのだろうか? 遠目から見ても可憐な姿といい、もしや貴女あなたは妖精か?」


 はぁ? 妖精? この人頭大丈夫かっ?!


 いや、まてまて、これって普通じゃないよね? この人、異世界人的なあれ? えっラノベ? 召喚系ラノベか?!


「あっ、すみません突然の事に驚いてました。ええと、私は妖精ではなく、れっきとした人間です。そして……それ、コスプレではないんですよね?」


「言葉が通じて良かった。こすぷれ? とは何だろうか?」


 ですよね~。ていうか何故ここに異世界人が来た? ていうか本当に異世界人? この人は弟の知り合いで、実はドッキリとか?


 とりあえず、周りをキョロキョロ見てみたけど他に人が居そうではない、それにセキュリティーにも引っかかってないし。


「ええと、こちらでは普通に鎧を着ている人が居なくて……そういう格好をコスプレというんです。多分貴方は異世界から来てしまった感じ? かと思います」


「なっ! 異世界っ?!」


 そりゃ驚くよねぇ。ってかホント、この人どうやってここに来たんだろ?

 とりあえずどうしよ? この知らない男性マッチョを家に上げる??


 いや、普通に不用心だよね……。

 でも、どうみてもこの人、異世界から来ました的な感じで、行くとこなさそうだし……困った。


「それに鎧を着ている人が居ないだと?! どうやってモンスターと戦うのだ?! それに隣国と戦争になったらどうするのだ?!」


 うわぁ。モンスターとか隣国と戦争とか、アニメではなく生の人間から聞くと違和感しかないわぁ。ていうかこの人、動くたびにバシャバシャ池の水が跳ねて気が散るうえに、そこ、錦鯉飼ってるんだけど。


「とりあえず池から上がってもらえますか? そこで飼ってる魚が死んでしまいそうですし」


「!! すまない!」


 そういって鎧を纏った男性マッチョが池から出て数歩歩く。


 ぎゃぁ! 鎧とムキムキの筋肉の重みと滴る水分で庭の土がえらいことに!!


「ちょっ!! ストップです!! 庭が荒れてる!!!」


「ああ、『乾燥ドライ』『再築リビルド』」


 鎧の男性マッチョがそう言うと、一瞬で男性とその周辺の水分が蒸発し、庭の土が元に戻った。


 魔法……だと?


「うーん、やはり顔が見えないと話しにくいな『飛行フライ』」


 魔法を使ったことに驚き、固まっている私の正面に鎧の男性マッチョが飛んできた。


 うぉっ! でかっ!! ビックリしたっ!!


 それなりに広いベランダが、窮屈に思えるほどその男性は大きかった。2m近くありそうだ。

 そして、部屋の明かりに照らされた男性の顔が、とっても私好みだったのでダブルで驚いた。


 うわぁ、すんごいイケメンさんだぁ。


 髪の毛は短く刈り上げてて金髪。瞳は緑色かな? ツリ目で力強い瞳に、スッと通った鼻筋に薄い唇。強面だけど整ってるわぁ。


 あと、近くで見るとマジで筋肉すげー。上腕二頭筋がムッキムキだぁ。

 別に筋肉が好きなわけじゃないけど、こんなムキムキしてたら、ちょっと触りたくなる人の気持ちがわかるな。


「……その、申し訳ないが、貴女に色々教えてもらいたい……のだが……」


 イケメンなお顔とムキムキな腕を見つめすぎたのか、私の正面に立った鎧の男性は、先ほどとは打って変わり、何故か少しどもりながら話してきた。


「私も分からないことだらけですが、とりあえず、ええと……とりあえずここではなんですし、中へ……」

 

 ごく自然に中へ通す発言をしてしまったわ。イケメンにやられた? てか、知らない人を家に入れて大丈夫なのか? いや、何か真面目な騎士様っぽいから大丈夫だよね?


「やはり妖精…………」


 何故か真面目な表情でつぶやく鎧の男性。


「いや、人間ですからっっ!」


 そして、中へ通したのはいいが、ここは私の寝室。一階へ降りないとお茶も茶菓子もない。


「やはり異世界……なのか。全然違うのだな」


 室内を見てそう言った鎧の男性……てか、一応名前を聞いたほうが良いよね。


「えーと、名前がわからないと不便なので、とりあえず自己紹介をしますね。私の名前は加藤かとうめぐみ。今年で23歳になります」


「私はディラン・ローレンスという。28歳だ」


 えーと、ディランさんでいいのかな? ローレンスさん? どっちだ? とりあえずディランさんと呼んでみるか?


「ええと、ディランさん? で良いのでしょうか? 因みに私は加藤が名字ラストネームで恵が名前ファーストネームなので――」


「メグミ嬢と呼ばせてもらおうか?」


 嬢呼びキター! 西洋系ラノベっ!!

 しかし、実際呼ばれると、慣れないから恥ずかしくてゾワゾワする。


「ええと、嬢……は、いらないですね。こちらの世界では、恵さんとか、恵ちゃんとか、普通に呼び捨てで恵とか、そう呼びます」


 ついつい、流れで下の名前で呼ぶ方向で説明してしまった。


「そうなのか……ではメグミと呼ばせてもらおう」


 いきなり呼び捨てかーい。まぁ、歳上だしイケボだし、何かドキッとしたから良いけどね。


「では、ディランさん、ここは寝室なので、飲み物等がありませんし、一階へ降りてそこでお話をしましょう」


「ああ、そうなのか、わかった。そして、見知らぬ私を信じてくれてありがとう、メグミ」


 家へあげたことによる感謝なのか、笑顔で言葉を発したディランさん。


 くぅっ! 強面イケメンの笑顔は危険だっ! ドキッというか、胸がズキュンとしてしまったわっ!!


 平常心を保ちながら一階のリビングへ向かう。


 それにしても、ディランさん身体がでかいし鎧と剣が重たそうだから、リフォームしてて良かったぁ。昔のままだと床や階段が抜けそうな勢いだし。


 祖父母が亡くなる少し前、バリアフリーにする為に家全体をリフォームしていたのだ。なので築年数の割にはとっても綺麗。


「床や壁は綺麗だが、階段や廊下が狭いのだな……こちらではこれが普通なのか?」


 ゆっくりと降りてきたディランさんがそう言った。まぁそうだろうね。日本は小柄な人が多いし、海外と比べても狭いから仕方ない。


「鎧や武器等とは無縁の世界なので。でもまぁこれでも広い方なんですよ」


 お茶とお菓子を用意しながらそう返事をする。


「まぁそれは置いといて、ディランさんはこちらに来る直前には何をしてたんですか?」


「何故そんな事を聞く?」


 先程までの笑顔が消え、怖い表情になるディランさん。えっ? 私、何か地雷踏んだ?


「えぇぇっと、こちらでは異世界転移の物語がよくあって、物語では勇者や聖女が召喚される話が多いので、もしかしたらディランさんの世界で、実はこちらから誰かを召喚するつもりが、逆にディランさんをこちらに送ってしまったとか、そんなパターンかなぁと思って聞いただけなんですけど……」


 思わずディランさんから視線を外して、早口でまくしたてるように説明してしまったわ。歴戦の猛者的な人が威圧してきたら怖いっちゅーの!


 返事がないので、チラッとディランさんの方を見る。


「これは……何だ? 苦い……まさか毒?」


 ディランさんは、お茶を入れた湯呑みを見ながら固まっていた。あっ、しまった緑茶を淹れてしまった。

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