悪の秘密研究所を壊滅させたら、実験体の少女に懐かれたんだが……。若き凄腕エージェント・ムラサメはある日突然、1児の父となる。
第40話「ポッキーゲームにかこつけてチューしようだなんて、わたしはそんなことちっとも思ってなかったんだからねっ!?」
第40話「ポッキーゲームにかこつけてチューしようだなんて、わたしはそんなことちっとも思ってなかったんだからねっ!?」
「――っ!?」
ミリアリアは大きく目を見開くと──キス寸前のイケナイ姿をまだ幼い娘に見られるのはまずいと判断したのか──反射的に俺から離れようとして、ポキッ。
軽快な音とともにポッキーが折れた。
「ふぁっ……」
ミリアリアが『あっ』て顔を見せる。
「予想外のアクシデントではあるが、俺の勝ちだな」
「そう……ですね」
気落ちしたような、少し力ない声で答えるミリアリア。
気持ちはよく分かる。
サファイアが起きたせいとはいえ、得意なゲームで初心者の俺に負けたのは悔しいだろう。
ここはフォローを入れておこう。
「勝負事には時の運も絡んでくるものさ。今のは完全に運だけの勝負だった。だから気落ちする必要はないよ。ナイスゲームだった」
俺の言葉を聞いたミリアリアが一瞬、なぜだか知らないが妙に冷めた目になったが、
「ねーねー! それで、ママと、むらさめは、なに、してたの?」
サファイアにもう一度聞かれて、ミリアリアは再びハッとした顔になった。
冷めた目から一転、今度は顔が赤くなり始める。
今の状況を改めて認識したようだ。
子供が寝ているからと夫婦で過度にイチャついていたら、子供に見られていたという状況だ。
冷静に分析しているが、これは俺もちょっと恥ずかしい。
「ごめんごめん。おはようサファイア。すっかり眠気は取れたみたいだな」
「うん! むらさめの、おひさで、よく、ねれたよ!」
「それで、今はポッキーを食べていたんだ」
俺はさも何もなかったかのように、サファイアに挨拶を返した。
ポッキーゲームのことは少しぼかす。
ポッキーゲームは倫理観を問う大人の遊びなので、幼いサファイアにはまだ早いと判断したからだ。
しかしミリアリアはどうにも動揺を隠せない様子で、その顔はどんどんと赤くなっていった。
「ポッキー? でも、ママと、むらさめ、ちゅーしようと、してた、ような?」
なかなかに鋭い指摘──ってわけでもないか。
サファイアはそれこそ、見たままを言ったんだろう。
「そ、そそそそんなわけないからね!? ポッキーゲームにかこつけてチューしようだなんて、わたしはそんなことちっとも思ってなかったんだからねっ!? ほんとだよっ!?」
なぜかミリアリアが、サファイアではなく俺に視線を向けながら、やけに早口で言った。
まるで悪事がバレて言い訳をする子供のような焦りようだが、もちろんミリアリアは悪事なんて働いていないので、言い訳なんてする理由がない。
これは俺の気のせいだ。
「もちろん分かっているさ」
俺は冷静な口調で伝えたのだが、
「え? あ、そうですか……」
なぜかミリアリアは微妙に気落ちしたような表情を見せた。
どうしたんだろう?
さっきからミリアリアの感情の浮き沈みが、不思議なほどに激しいな?
どうもサファイアに見られたってだけじゃなさそうだ。
ってことは、体調でも悪いんだろうか?
女の子だしな。
そういう日もあるだろう。
「じゃあ、なに、してたの?」
「だからポッキーを食べさせてもらってたんだ。はい、あーんってな」
俺がミリアリアにポッキーを差し出すと、ミリアリアは黒いチョココートされた棒の先をハムっと咥えた。
「楽しそう! サファイアも、ポッキー、あーんしたい!」
「よーし、じゃあ一緒に、やるか」
「やる!」
俺はポッキーをもう一つ手に取ると、サファイアの口元に差し出した。
「サファイア、はい、あーん」
「あーん……もぐもぐ……おいしい♪ サファイア、ポッキー、すき!」
「ははっ、良かったな」
「あーんあーんあーん♪ あんあんあーんあーん♪」
サファイアはあーんがよほど楽しかったのか、あーんしたポッキーを食べ終えると、例の替え歌のあーんバージョンを歌い出す。
「ママも、いっしょに、うたおうよっ」
「え?」
「あーんあーんあーん♪ あんあんあーんあーん♪」
「あ、あんあんあーんあーん──」
その後、ポッキーがなくなるまで、俺たちは3人であーんして食べさせてあげたり、食べさせてもらったりしたのだった。
今日も平和に一日が終わった。
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