第10話「むらさめ! ママがごはん、できたって! だから、おしごと、おわり!」

 その後、俺の部屋やミリアリアの部屋、家族3人で寝れそうな大きなベッドの置かれた寝室を案内されてから、俺は2人と別れて書類仕事にとりかかった。


 ダイゴス長官から仕事はしなくていい、むしろ有給休暇を取れとは言われたが、隊長の俺&副官のミリアリアが2人揃ってしばらく職場を離れることになるので、その間の各種指示をまとめておこうと思ったのだ。


 俺たちがいなくてもなんとか回るように、アレコレ思いつく限りのことを、優先順位を付けながら書き記していく。


 その作業にしばらく没頭していると、コンコンとノックがして、サファイアが入ってきた。


「むらさめ! ママがごはん、できたって! だから、おしごと、おわり!」


「お、呼びに来てくれたのか。偉いぞサファイア」


「はやく! はやく!」


 サファイアは急かすように俺の袖をクイクイとひっぱってくる。


「そんなに急がなくても、ご飯は逃げないよ」

 俺が苦笑を返すと、


「にげないけど、さめちゃうもん! だから、はやく!」

 なんて、元気のいい答えが返ってくる。


「なるほど。たしかにそうだな。せっかくミリアリアが作ってくれたんだ。冷めないうちに早く食べないとだ」


「むぅ! ミリアリアじゃなくて、ママ!」

「ああうん、そうだった。そうだった」


「れんしゅうです! もういっかい、いってください!」

「み、ミリアリアママがせっかく作ってくれたんだもんなぁ」

「よくできました!」


 えっへんと胸を張ったサファイアに、俺は苦笑しながら、作りかけの書類を軽く脇に寄せて片付ける。

 そのままサファイアに袖を引っ張られながら、リビングへと向かった。

 途中でサファイアが自慢げに話しかけてくる。


「あのねあのね! サファイアも、おてつだいしたの!」

「お、えらいじゃないか。何のお手伝いをしたんだ?」


「おいもさんの、かわむき! それとにんじんのかわも、むいたよ! あと、スープがぶくぶくって、こぼれないかも、みはってた!」


「皮むきしたのか、偉いなぁ。上手くできたか? 指とか怪我しなかったか?」


「むらさめ! いっておきますが、サファイアは、できるおんな、です!」


 サファイアがわざとらしく口をとんがらせる。

 でも本当に怒っているわけではない。

 俺に構って欲しくて、怒っているふりをしているのだ。


 ははっ、可愛い奴め。


「できる女って、どこでそんな言葉を覚えてくるんだよ?」

「ママが、いってました!」


「ミリアリアか……まったく、もうちょっと年相応の言葉を教えるように言っておかないとな」


「だから、ミリアリアじゃなくて、ママだよ、ママ!」


「うーん、ずっとミリアリアって呼んでいたから、まだちょっと慣れないんだよなぁ」


 俺の中じゃミリアリアはミリアリアだ。

 気立てが良くて美しく、正義感に溢れた素敵な女の子。


 なにより、俺が率いる強襲攻撃チームの頼れる副官でもあるミリアリアを「ママ」と呼ぶことは、なんとも気恥ずかしかしい。


「だったら、サファイアが、ママってよぶ、れんしゅうに、つきあってあげます」


「あはは、さすがに練習はしなくてもいいだろ?」


「むらさめ! できないことは、すぐに、れんしゅうしようねって、ママが、いってましたよ!」


「むぐ……っ」

 幼女にド正論パンチを喰らってしまった。


「それでは、ごはんのあとに、ママをママって、よぶ、れんしゅうを、します」


「えーとだな。俺まだ、もうちょい仕事が残っていてだな」


「それは、ママをママって、よぶよりも、だいじなおしごと、ですか?」


「いえ、特に緊急性のない、いたって簡単なお仕事です……」


 純真無垢な目で見つめられて、おれはつい正直に答えてしまう。

 だってさ?

 このキラキラした曇りのない目で見られたら、普通の人間はこうなっちゃうと思うんだ。


「それでは、きまりですね!」


 俺から満足のいく答えを引き出したサファイアは、満足顔で笑った。


「ふふっ、イージスの誇る凄腕エージェント、カケル・ムラサメもサファイアの前だと形無しね」


 そんな俺に向かって、食卓にお皿を出していたミリアリアから、少し笑いを堪えたような声が投げかけられる。


 ミリアリア・プラムフィールド。

 特別治安維持部隊『イージス』で俺の副官を務める若き才媛だ。


「ママ! むらさめ、よんできたよ!」


「ありがとうサファイア。よくできましたね」


「うん! サファイアは、できるおんな、だから!」

「ふふっ、偉いわね」


 ミリアリアがサファイアの頭を優しく撫でると、サファイアは嬉しそうに目を細めた。


~~~~


 以上、回想終わり。


 こういうわけで、俺は今、このサファイアという少女の父親役という任務の真っ最中にあった。

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