第2話12月3日

「竜志」


その声は耳を突き破るほどの衝撃と時間を止めた瞬間だった。


明らかに僕の顔をみて驚愕している夫婦らしき人物と、ただ茫然と僕を見つめ持っていた桶の水で足元が濡れてしまっている女性の姿だった。


一瞬のうち僕の頭の中でこの場所にいてはいけないと思うと同時に小走りに体は霊園の出口に向かっていた。


急ぐあまり集団の男性数人にぶつかってしまっても、ひるむことなく早くこの場所から立ち去りたかった。


後方で泣き叫ぶように年配女性の声が響き渡る。


がむしゃらに走り切って飛び乗った電車の中はまるで異空間のように僕に冷たく走行音だけがうるさく感じた。


帰り道、今日の出来事を母に話すべきか悩んだ。


今まで僕たち母子がひっそりと暮らしてきたのには何かしらの訳があるから、その訳を今更知る必要などないのだ。

母には話さない。


必要ない

必要ない


何度も自分に言い聞かせながら気持ちを切り替えようと必死だった。


そもそも霊園で出会った父の関係者であろう3人の人たちとは今後会うことは決してないと思う。


軽い気持ちで霊園に行ったことを後悔しながらも、僕のことを見て「竜志」と叫んだ年配女性は僕の祖母なんだろうか、僕の姿は父に似ているのだろうかと今まで強く意識したことがなかった父のことを考えると無意識に涙が頬をつたって視界を悪くさせた。


12月3日 僕はこの日を忘れない。


帰路について自室で今日の一日を思い返しながら市村竜志という人物にあらがえぬ興味があることと、それをかき消す気持ちがぶつかり合い今までに経験したことのない葛藤が僕をおさえつけるのだった。



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