デッドマスターはあんまり動じない

八神 黒一

1章 Revive ”Deadmaster”

001 93%の死を告げる悪夢

 気づけば、見知った空間だった。

 ただほとんどの照明が落とされ、数人の演者が腰かける丸椅子のおおよそが空席であることを除けばである。

 どれも全てが、ではない。

 ぼんやりと明るく見える程度の照明に、椅子の二つが埋まっている。

 うちその一つは、今まさに目が覚めたかのようにあたりを見渡した。


「なんでスタジオ?」

「いや急に呼び出す形になっちゃって申し訳ないね」


 困惑を口にする二十代半ばほどの男は平坂。

 とあるVRゲームにて『最強のデッドマスター』などと呼ばれていることをやんわりと謙遜している、それなりに平凡な男である。

 ……まぁ本当に完全完璧に平凡な男はそのようには呼ばれないわけなのだが、そのあたりは概ね本人も理解している。

 概ね。


「神野Pですよね? 俺もしかして誘拐されました?」

「いかにも神野Pだけど誘拐はしてないよウェイトリーくん」

「家で普通にベッドで寝たように思ってたんですけど」

「それはね、これ夢なんだよね」

「マジっすか。夢ってもう少しぼんやりしてるもんかと。めっちゃリアルっすね」

「VRゲーム全盛の時代にめっちゃリアルはなかなかの誉め言葉だよね。まぁゲームじゃなくて夢なんだけど」


 補足するが彼は平坂。『ウェイトリー』は彼のゲームでのプレイヤーネームである。

 そして神野Pと呼ばれた四十代程度の男はそのゲームのプロデューサーであり、アップデート情報や新機能、新要素などを動画配信媒体などを通じて配信したりする、そこそこメディア露出の多いプロデューサーである。


 経緯を説明しよう。

 彼らの関係の根幹に当たる共通点であるフルダイブ型VRMMORPG『エルダリアウィズオンライン』。通称『EWO』。

 VRMMO戦国時代とも呼べる昨今、このゲームにはほかのゲームとは大きく違う部分があった。

 それは『実際にリリースされていたデジタルトレーディングカードゲームの世界観とキャラクターを引き継いだゲーム』である部分である。カードゲームにおけるフレーバーテキストの世界そのもので遊べるVRMMORPGなのである。

 そしてデジタルカードゲーム由来のカードを使ったデッキ構築によるスキルプレイや攻撃システムなどが大きな特徴といえた。


 そのデジタルTCGを遊んだ初心者から上級者まで、そのクラスならほとんどデッキに投入していた頼れるキャラクターと肩を並べて冒険したり。

 フレーバーテキストの中でのみ語られた、龍と相打ちになり滅び去った王国の跡に訪れてみたり。

 当時環境を荒らしまわり、その後ナーフを受けるまでたくさんのプレイヤーに罵詈雑言を浴びせられた環境を代表するカードが凶悪なレイドボスとして立ちはだかり、また新たな阿鼻叫喚を生んだり。

 そのカードゲームファンなら夢のような世界での体験を与えてくれる場所であり、そのカードゲームを知らなくとも、熟成された世界観からくる作りこみの良さを高く評価されているゲームであった。

 もちろん、ある意味シリーズもの、続編ともいえるそれ故にプレイヤーシェアを逃している部分があるのもご愛敬といったところだ。


 その中で、ウェイトリーはそこそこ名の知れたプレイヤーである。それこそ一部のプレイヤーから『最強のデッドマスター』と呼ばれる程度には知名度がある有名プレイヤーだ。

 だが別段珍しい話ではなく、それくらいの知名度のあるプレイヤーは他にも何人も存在している。

 総合対人ランキングの上位十位を争うプレイヤーはもちろん、巨大ギルドのギルドマスターや攻略最前線筆頭プレイヤー達。生産関係の上位プレイヤーなどなど。

 そういったプレイヤー達は、公式が主催するゲーム内イベントや公式情報公開配信等に演者として出演することがしばしばあったのだ。


 また、出演するプレイヤーの数は極端に減るが、オフラインで行われる、いわゆるリアルイベントにも呼ばれるプレイヤーは存在する。

 そしていろいろとフットワーク軽く出演するウェイトリーは、オンオフ問わずどちらの出演経験があり、そしてその双方で神野と会っていた。


 そんななか、リアルでの情報発信を行うゲーム配信会社の本社にあるスタジオにウェイトリーではなく現実の平坂として神野と向かい合っていた。

 記憶している限りで、自宅で眠りについたそのあとに、である。

 しかも呼び出したという神野はこれが夢だなどと宣っている。


「それほど時間があるわけじゃないから、ぼちぼち説明に入りたいんだけどいいかい?」

「夢とかなんだとか聞きたいことは聞きたいんですけど、どうぞ」

「率直に言うとね、君、一週間後には九十三パーセント死ぬ未来になってるんだよね」

「マジっすか。なかなか短い人生になっちまいましたね俺」

「案外動じないものだね」

「まぁ現実だと思う方が不自然っすからね」

「それは確かに」


 真顔で返答するウェイトリーに神野は苦笑する。


「詳しく説明すると、明日から始まる一週間、毎日一度、必ず致命的に死ぬような出来事に遭遇する。ゲーム的に言うなら、七回死亡イベントがあるって感じだね」

「俺は前世で一体何をしたんですかね」

「今世では思い当たるフシはないのかい?」

「つまみ食いと車通りのない道の信号無視くらいっすかね?」

「大概の人はもう少し思い当たるフシがありそうだね」

「まぁこれから若くして死ぬならそれが一番の親不孝ってとこですかね」

「それは確かにそうだね」


 余りにも平然と不確実な罪状を述べるウェイトリーに神野はまた苦笑した。


「それで。仮に今の話が夢の中の与太話じゃないとして、なんでそれを神野Pが俺に?」

「それは僕が神的なプロデューサーでもあり、実際に神様的な存在でもあるからだね」

「比喩表現ではなく?」

「比喩表現ではなく」

「そりゃたまげた話っすね」


 これに対してウェイトリーもまた真顔で返した。


「もう少したまげた風にしてもらいたいものだけど、現実味ってやつがないのは僕にも分かる」

「神野Pが神様的な人だとして、俺を助けてくれるとかそんな感じの呼び出しっすかね? それとも、お前に七日以内に死ぬ呪いをかけてやったぜの呼び出しっすかね?」

「どちらでもない。君が七日以内に死ぬ確率が九十三パーセントもあるのに僕が驚いているくらいだ。僕はプレイヤーとしても君を尊敬しているし、ランキング戦でも君のファンだし、イベントもオンオフ問わず呼べば大体来てくれて大変助かる相手というものあるのにだ!」

「それはどうも」

「ホントいうと、僕は神様的な人ではあるんだけど、神様的なパワーを使うのにはいろいろと制限がある。具体的に言うと世界の運命的に決まっているものを僕自身の神様パワーでは解決できないんだ」

「神様にもしがらみってあるんっすね」

「でもだからって諦められるかっていうとそうでもないから、君を夢に呼び出してなんとか九十三パーセントの死の運命を自分の力で掻い潜ってほしいいんだ」

「界隈的に七パーセントは低い確率じゃないと思いますけど、一発で引けるかといわれると正直キツイっす」


 真顔、或いはぼーっとした顔のウェイトリーに対して、神野は至極真面目で真剣な顔をしていた。

 薄暗いスタジオで両者とも一見真面目に見えるが、イマイチ本当とは思えないウェイトリーは神野の真剣な表情に内心では困惑していた。


(へんな夢だなぁ。それはそうとこういうのって言っちゃっていい話なんかね?)


 疑問に思ったウェイトリーはそれをそのまま聞いてみることにした。


「唐突に謎電波会話をされるのは意味が分からないので、全て一応信じてみますけど、だとしたら今のこの状況って覚えてるわけですよね?」

「もちろん」

「それってなんか、神様的には大丈夫なんですかね?」

「実は結構不味い」

「えぇー……」

「普通に考えれば誰かに話したところで君の頭がおかしいかヘンな宗教にハマったと思われるのが関の山だろうけど、本当に誰にも信用されないかどうかはその時になってみないとわからないからね。もちろん僕としても何言ってんだコイツって感じの対応をするけど、何がどうなって面倒ごとに発展するかがわからない世の中だからね」

「不味いのって神様的に不味いわけじゃないんっすね」

「そっちは大丈夫」


 ウェイトリーは神様にもしがらみあるとか言ってたけど、案外ユルいんだなぁ、とぼんやりと思い浮かべていた。

 そんなウェイトリーをよそに神野は腕時計に目をやると「そろそろ時間だ」と呟き、話をまとめる。


「とにかくこれが僕にできる限界だ。何とか一週間生き抜いてくれ」

「まぁ、全然死にたいわけじゃないんで頑張ってみます」


 薄暗かった照明は、その暗さを次第に闇へと近づける。

 やがて何も見えなくなり。聞こえなくなり。

 意識も途切れた。




 瞼を差す光に薄っすらと目を開ける。

 カーテンから差し込む光が一日の始まりを告げている。

 体をゆっくりと起こし、背を伸ばし、少しぼんやりと考える。


「どう考えても悪夢の類」


 死ぬ可能性あるから頑張って生き延びてくれ、と激励される夢は、確かに悪夢といえただろう。

 本当かどうかわからない。

 わからないが、決して死にたいわけではない。

 

「七パーセント。……やるしかないな」


 今一度背伸びをして、月曜日。

 いつもよりも慎重に会社への出社準備を始めるのであった。 


 正直な話をするならばウェイトリーはまだ半信半疑であった。

 なんなら自分の頭の方がおかしくなったんじゃないかという可能性や、知らぬうちに何かしらのストレスや何処かからのプレッシャーなどを感じてのかもしれないということも思っていた。

 カウンセリングとか受けた方がいいかな? などと考えてもいた。


(だって夢だしなぁ)


 それがすべてだった。普通なら信じる方がどうかしている。


 だが、それはそれとして。

 内容が内容だけに普段よりも注意深く生活することに抵抗が出るはずもない。

 夢のお告げを受けて宗教を始めたり、投資を始めたり、土地や壺を買ったりするわけではない。

 ただ怪我をしないように、死なないように気を付けるだけなのだ。


 ウェイトリーは良くも悪くもゲーマーである。しかも有名プレイヤーの一角として名が上がり、またほどほど程度の人気があるほどの。


「日常生活をゲームのイベント風に考えるライフハックという体でいくか」


 深く吸い、長く吐く。深呼吸一つ、集中する。

 ゲームを始める時。ダンジョンに入る時。ボスと戦う時。いつも行う精神を整えるルーティーン。

 それを出社前にやったのは初めてだった。




 彼はその日を含め三日、三度の臨死体験を潜り抜けた。



 そして四日目に命を落とすこととなった。

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