第9話【先生、Vtuberやってますか?】

 早朝五時。いつも通りの朝。

 パジャマからランニングウェアへと着替え、外に出る。


 七月に入り、朝でも少し暑いかなと感じるようになってきた。

 三十分ほど走って汗を流した後、シャワーを浴びる。


 朝食を食べ、六時十分に家を出た。



 六時四十分。

 通勤電車に揺られながら、Twitterとメールチェック。


 おなじみの「20+」というマーク。Twitterのフォロワー数は3000人弱と、一か月ほど前の五倍に増えていた。


 辞めたいんだけどなぁ……。


 未だ底辺Vtuberではあるものの、登録者数は6000人越え。

 いよいよ、「辞めます!」と言って行方をくらますのが困難になってきた。


「はぁ……」


 ため息を吐く。

 同時に、電車が学校の最寄り駅に到着した。

 私はそそくさと電車を降り、学校へと向かった。



 六時五十五分。気分が優れないのを生徒たちに悟られないよう、笑顔を浮かべながら校門をくぐる。


「せんせー、おはよー!」「おはようございます、兎本先生」「せんせー聞いてよ~」


「みんなおはよう。お話は授業の時ね~」


 リスナーへの返答のように、生徒たちに挨拶を返す。

 やっていることは同じだが、これはVtuberとは関係ない、私の日常。安心感を覚えた。



 七時。

 職員室のドアを開ける。


「あぁ、兎本先生。丁度良い所に」

「……はい?」


 声の主は、職員室の真ん中。私とは遠い場所にいる。

 私が室内に入るのを待たずして、バーコード頭の教頭先生が声を掛けてきた。


岡崎おかざき先生が体調崩されたみたいで」

「あの元気の塊みたいな人が……?」


 頭を抱える。


「あの誰よりもアツい人がです」

「マジですか……」


 岡崎先生、まじかよ……。


 岡崎先生。本名は岡崎宏おかざきひろし先生は、私と同じ体育の先生だ。

 胸筋が異常に大きくて毛深い男の人で、生徒たちからはゴリ崎と呼ばれている。


「岡崎先生の担当するクラスを、他の先生たちで埋めてもらいたいんですよ」

「他って、私と江ノ島えのしま先生しかいませんけど」


 体育教師は普段、三クラスを三学年。合計九クラスを三人で回している。

 他クラスの授業進度は共有されるので、誰かが休んだところで問題はないが……。


「江ノ島先生は三年二組と二年一組を。兎本先生には一年三組をお願いしたいです」

「……えぇ」


 終わった。


 一年三組は問題児の多い……むしろ、問題児しかいないクラス。

 せっかく爽やかになりかけていた私の機嫌は、どこかに消え去っていた。



 十一時。一年三組の授業。

 騒がしく、中々整列しない生徒たち。


 私は首からぶら下げている笛を口に咥え、思い切り息を吹き込んだ。


「こらー! 授業はもう始まってるぞー!」


 一喝。

 八割の生徒が話すのをやめ、私の方を向いてくれた。

 残り二割の生徒も、皆に倣って渋々私の方を向く。


「ゴリ……岡崎先生がいなくてテンションが上がるのは分かるけど、授業はちゃんと受けてください!」


 うっかりゴリ崎と言いそうになったのを堪えて、お説教をする。

 生徒たちの数人がそれに気付き、ニヤニヤとし始めた。


「今ゴリって言った?」「ゴリって言ったよな……?」「先生たちもゴリ崎って呼んでるんだ……」


 ざわざわと再び騒がしくなり始める生徒たち。

 私はゴホンと咳払いをして、手を叩く。


「はいはい、岡崎先生はもういいから。準備体操するわよ! 体育委員さんは前に出てきて!」


「誤魔化したな」「絶対恥ずかしくて話逸らしたよ」「兎本先生かっわいー!」


 ヒューヒューと囃し立てられるが、無視する。

 前に出てきた二人の体育委員の子が、体操の号令をかけ出した。



 一年三組の授業内容は、バレーボール。

 三十人のクラスなので、六人のチームが五チーム出来た。

 二チームが試合をし、一チームが審判。残りの二チームは見学かコート外での練習というプラン。


 私は試合をしているチームと見学のチームの間に立ち、危ない行為がないか見張っていた。


「……兎本先生」

「ひゃいっ!?」


 不意に、後ろから私の名前を呼ばれた。

 びっくりして、思わず変な声が出てしまう。


「先生に聞きたいことがあるんですけど……」

「う、うん……何が分からないの?」


 レシーブの上手な返し方かな?


 そんな事を思いながら、声のした方を向く。

 そこには、背の低い男子生徒が立っていた。胸元には『塚内つかうち』と書いてある。


「え、えっと……」


 塚内君は両手の人差し指を合わせながら、上目遣いで私を見上げている。

 一生懸命に言葉を選んでいるようで、少し微笑ましくなる。


「うんうん。焦らないで、ゆっくり話して大丈夫だよ?」


 少し屈み、目線を塚内君に合わせる。


「せ、先生って……」

「うん?」


 先生って? 私の事?


 疑問を持った次の瞬間。

 塚内君はゆっくりと、確かに発音した。


「先生、Vtuberやってますか?」


「……は?」



―――

柳祢子やなぎねこ

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