ラストクエスト: 異世界転移、ハッピーエンドにしてください
第1話 テンプレ・イベント、今さら!
王宮、謁見の間――。
白い大理石の壁と柱、美しい天井画が広がる豪奢な広間の奥には、この国の紋章らしきものが織り込まれた赤い旗が掲げられている。
その前にある階段を数段上ったところにあるのは、まさしく玉座だ。そこに座るのがこの国の王様に違いない。
歳の頃は四十前後、淡い金髪に口髭のいかにも威厳がありますといった様子でふんぞり返っている。
(ほうほう、あれがフィリスたちのお父さんになるのかぁ。一番似てるのはアリーシアかしらね)
その玉座までの道の左右には、官僚の印である黒いローブをまとった人、色とりどりの正装をまとった貴族らしき老若男女が居並んでいる。
(おおー、これから舞踏会が始まってもおかしくない雰囲気じゃないのー)
彩良はキョロキョロ見回したくなるのを我慢しながら、アリーシアの後に続いてしずしずと歩いていた。その後ろをウルがモン太を肩に乗せて、お付きの人のようについて来る。
そして、彩良が玉座の向かいに置かれたイスに座ると、国王の口上は始まった。
「余はこのアルテア王国を統べる者、グルーノス三世と申す。そなたはこの世界を脅かす魔物の呪いを解く魔力をお持ちゆえ、世界を救うために助力を願いたく、この国においでいただいた。突然のことでさぞかし驚かれたことだろう」
その後は聖女の歴史や役割についての説明が延々と続く。もちろん国王自らではなく、その隣に立っていた王国議長という厳めしい顔をした老人だったが。
(……ていうかさぁ、これって本当はあたしがこの世界に飛ばされた日に起こるイベントだったはずよねぇ)
どうして自分が呼ばれたのか、どういう役目でどういうスキルを持っているのか。こうして話をされるのが到着した日だったら、この国王との謁見は『やったぁ! 異世界に召喚されたわ!』という超興奮モノのシーンになるはずだった。
それが全部台無し。
それどころか、フィリスやアリーシアからすでに聞いている内容ばかりなので、白けた気分になってしまう。退屈極まりないイベントになってしまった。
そう考えてみると、この二か月半、まったくもって意味のない時間を過ごし、それどころか理不尽な目にさえ遭った。
(……いや? 『意味がない』は言い過ぎ?)
呪いのせいで発狂して死ぬ運命だったこの国の王子を救ったのだ。年明けに召喚されたのでは間に合わなかったかもしれない。
この情報皆無の二か月半で、勘違いも多々ありながらもしっかり初クエストを攻略。自分を褒めてやってもいいレベルだ。
(しかも、助けたのは『王子様』よ。ちゃんと物語の主人公やってるじゃないのー)
ムフフッと一人笑おうとして、彩良は「うん?」と内心首を傾げた。
(あれ? あたし、実は何にもしてなくない?)
異世界転移の目的を知らなかったせいで、フィリスと和気あいあい牢獄生活を送っていただけだ。自分が聖女と知った時には、呪いはすでに解けていて、やることがなかった。
だいたい呪いを解くつもりでしたキスならともかく、単にサヨナラをしただけ。ピッピのようにその場でフィリスの呪いが解けたというのであれば――
『ああ、フィリス、呪いが解けたわ。実は私が聖女だったのよ』
『サイラ、君のおかげで命を救われた。君と僕はこうして出会う運命だったんだ。ぜひ僕の妻になってほしい』
そして、二人は抱き合ってもう一度熱いキスを交わし――
そこまで妄想して、彩良はくわっと目を見開いた。
(やめやめやめー!! 今のなし! これは痛すぎる!)
かわいくないオタク女子ともっさりクマ男のラブストーリーでは、まず絵的に受け付けない。おまけに、自分を恋愛モノの主人公にするには無理がありすぎる。
どうひっくり返っても、男の人を前にして、読者がうっとり陶酔するような素敵なラブシーンなど演じられるわけがない。たとえセリフが決まっていても恥ずかしくて口にもできない。
(うん、あの時に自分が聖女だってわからなかった方が、あたし向きの設定だったのよ。いつの間にかフィリスの呪いが解けていた、でいいじゃないのー)
それに、もし最初から知っていたら、フィリスに会ったと同時に『さあ、聖女である私が来たからにはもう心配ありません。あなたの呪いを解いて差し上げましょう』で、即終了のイベントだった。
それではつまらなすぎる。
(まあ、クエストとして攻略した感はないけど、一応『めでたし、めでたし』で無事終了ってことにしておこう。……でも、まさかと思うけど、これでハッピーエンド、最初で最後のクエストだった、なんてことないわよね?)
明日から朝昼晩の三回、血ではなく唾液採取が始まる。それが彩良の聖女としての仕事だ。
この国の人たちは唾液から魔力が見つかったということで『世紀の大発見だ』と大興奮しているらしいが、彩良からするとなんだかバカバカしい話だった。
どうやら今までの聖女は大切に大切に王宮の奥にかくまわれていたらしく、魔物どころか魔物化した人間にすら接触することがなかったという。
おかげでバカの一つ覚えのように、『聖女の血に魔力が宿っている』と、数千年もの間疑う人がいなかったらしい。
つまり、回復薬の研究は進められてきたものの、聖女の魔力そのものの効用についてはまったくもって知られていなかったのだ。
唾液に魔力があったというだけで大騒ぎになっている現状、魔物化した動物が人間に変身することについては、まだ誰にも話していない。もしもこのことが発覚したら、ウルやモン太が実験動物のように扱われるのではないかと心配になってしまう。
結論として、周りの様子がもっとよくわかってから、どうするかを判断することに決めた。
(あたしもまだこの国についてよく知らないしねー)
ともあれ、呪いにかかった人間にしろ獣にしろ、聖女が襲われることはないという事実がわかった今、これからは聖女への扱いが変わってくれることを期待する。
(だってそうじゃないと、せっかく異世界に来たのに、外にも出られないじゃないの。ハラハラ・ドキドキのクエストは?)
代わりに豪華な部屋でお姫様のようなドレスを着て、コップにヨダレをダラダラと落とす毎日。
そんな自分の姿を想像して、彩良は発狂しそうになった。
(いやぁー!! それだけが目的でこの世界に呼ばれたっていうのなら、断固拒否したい! 別の魔力かスキル希望! それが無理なら、別の異世界に呼び直してー!!)
「聖女サイラ、その聖なる口付けで余の王子フィリスを呪いから解放していただいたことを、国王の前に父としてお礼を申し上げたい」
国王の声に我に返れば、いつの間にか王国議長の長ったらしい説明は終わっていた。
あまりの退屈さに、彩良はついいつもの癖で自分の世界に入っていたらしい。
「あ、いえ、お礼を言われるほどのことは……て、聖なる口付け!?」と、彩良はギョッとして目を見開いた。
直後、「聖なる口付け?」とざわめく周りの人たちの好奇な視線を一気に浴びることになっていた。
彩良は真っ赤になる顔を隠すように俯くしかない。
(なんでこんな大勢の前で、キスしたことを暴露されなくちゃならないのよ! だいたいアレに『聖なる』なんて付けないでー!!)
「先ほどの話にもあったように次代の聖女を召喚するため、そなたの血を引く子孫を残していただきたい。聞けばそなたは十五。この国ではすでに成人し、結婚を許される歳になっている。フィリスとは愛を確かめ合った仲のようなので、ここは近いうちに結婚という形がよいと思うが、いかがかな?」
(それ、すっかり忘れてたー!!)
彩良が聖女として認められた時点で、国王か王太子との結婚がもれなく付いてくる。まさかその現実が自分の身に降りかかってくるとは思ってもみなかった。
(だいたい『愛を確かめ合った』って何? あたし、まだ告白の返事もしてないんですけどー?)
とはいえ、別れ際に人生初の告白というものをされて、心がグラッとしたのは確かだ。改めて思い返してみても、キスも嫌ではなかった。
(フィリスはいい人だし、一緒にいて楽しかったし、召喚された聖女に対しても真剣に考えてる人だから、何の不満もないんだけど……)
妄想の中では、王妃になって悠々自適な生活を送るハッピーエンドを想定していたが、いざ現実に目の前に迫ってくると、何かが違うと思ってしまう。
(だって、あたし、まだ女子高生の歳なのよ?)
元の世界であっても結婚は十八歳からだ。彩良の人生設計では結婚は三十までにできればいいな、程度でまともに考えたこともなかった。
それが今すぐ結婚して子供を産めと言われても、『はい、そうですか』と簡単に納得できる話ではない。
(せめて恋人同士ってことで、お付き合いから始めるのならまだしも……ていうか、あたし、カレシとか今までいたことなかったし)
それをすっとばしていきなり結婚は、人生の楽しいイベントを逃してしまう気がする。
しかも、結婚してすぐに子供ができてしまったら、それこそ王宮で引きこもり生活が確定。この異世界ライフを楽しめない。
(あ、いいこと考えたー!!)
彩良はこのアイディアを与えてくれたティアに感謝しながら、ニンマリと心の中で笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます