第6話 みんな魔物だった!

 ビクッと立ちすくむ彩良の目の前で、ジェニールは机の横に立てかけてあった剣を取り上げ、そのまま鞘を取り払いながらバルコニーに飛び出していく。


「くそ、王宮にまで入り込みやがって! 俺を狙っているとでもいうのか!」


 ジェニールの手にした剣が振り上げられるのを見て、彩良は無我夢中でその腕に飛びついていた。


(ピッピが殺されちゃう……!!)


「あんた、何すんのよ! いっくら王子様だからって、意味もなく動物をイジメたり殺したりしていいわけないでしょうが! ピッピ、早く逃げて!」


 彩良の言葉がかかる前にピッピは気づいていたのか、大きな羽を羽ばたかせて手すりから飛び立っていた。


「こら、離せ! 俺に触るな! 汚らわしい!」


 ジェニールを掴んでいた手が振り払われて、彩良はその勢いでバルコニーの床に尻もちをついた。


「汚くないわよ! ちゃんと毎日お風呂に入ってるもん!」


 彩良は打ち付けたお尻をさすりながら身体を起こし、自分を見下ろしているジェニールを睨み上げた。


「お前のせいで逃げられたではないか!」


(あたしの話、聞いちゃいねぇ……)


 彩良は一瞬遠い目をしてしまった。


「だから何だって言うのよ。目の前でむざむざ殺される動物を助けて、何が悪いわけ?」


「お前の目は節穴か。あれは魔物だ。放置しておいたら、甚大な被害が出るということがわからないのか!?」


「はぁ!? 魔物? どう見てもただの鳥でしょ。あんたの見間違いよ」


 バカバカしいと彩良が鼻で笑うと、ジェニールは怒り心頭といったように睨んできた。彼の手にしている剣は彩良を斬りつけようとでもしているのか、ふるふると震えている。


 しかし、ティアの前で彩良を殺すわけにはいかないのだろう。これが鞭だったら即打たれるところだった。


(危なかったー)


 彩良がほっと息をついたのも束の間、ジェニールの剣先が喉元に突き付けられた。


「まさか、お前が呼び寄せたのか? 本当のことを言え」


「あのねぇ……。森までどれだけ離れてると思ってるの? 呼んで聞こえるとでも?」


『あんた、頭悪いんじゃない?』という言葉は飲み込んでおいた。


 これ以上怒らせたら、剣がうっかり首を切り落としてしまうかもしれない。


「ならば、お前を追ってきたのではないのか?」


「それは――」


(もしかして、あたしが突然いなくなったから、淋しくなって追いかけてきちゃったのかしら)


 ピッピは身体こそ大きいが、かなりの甘ったれだったのだ。鳥の仲間の中では一番彩良に懐いていて、どこに行くにも付いて来たがったことを思い出す。


「あるかも? でも、それのどこが問題なのよ?」


 彩良の言葉にジェニールは予想以上に顔面蒼白といった表情になっていた。


「おい、そこのお前! ティア!」と、ジェニールは部屋を振り返って呼びつけた。


「は、はい……!!」


 部屋の中からティアのか細い返事が聞こえる。


「お前も魔物を見たんだろう?」


 ティアは一瞬彩良の方に視線を彷徨わせ、それから俯きがちにジェニールを見た。


「わ、私はバルコニーに大きな鳥が見えたので、驚いてしまって……」


「だから、言ってるのにー」


 彩良はブツブツとこぼしたが、ジェニールには聞こえなかったらしい。


「ただの鳥だと言うのならそれでいい。とにかくこいつは部屋に戻して閉じ込めておけ」


「か、かしこまりました」と、ティアがビクビクしたように答える。


「それから、このことは他言無用だ。誰かに話してみろ。お前をここから放り出してやる」


 脅し文句を付け加える辺り、ジェニールはどこまで性格が悪いのかと、彩良は思わずにはいられなかった。


「何も見なかったことにいたします」


「わかったら、さっさと行け」


「サイラ、行くわよ」


 ティアは慌てたように鎖を手繰り寄せると、彩良を引っ張って立たせ、まるで逃げるように部屋を出た。




 来る時とは違って、ティアは無言のままものすごい速足で歩いていく。おかげで彩良は首を引っ張られて、何度もつんのめりそうになっていた。


 部屋に入るとティアは鎖を柱に括り付け、それから閉じたドアまで下がった。


 その前にへばりつくように寄りかかっただけで、部屋を出ていく気配はない。ただ深刻な顔で彩良を見つめていた。


「別に見張ってなくても逃げないし、逃げられないわよ」


 彩良は柄杓を取り上げ、桶から水を一杯汲んで一気に飲み干した。久しぶりに大声で叫んだので、喉がカラカラだ。


「そうではなくて、さっきの魔物の話なんだけれど……」


 ティアは言いづらそうに口を開いた。


「ああ。あいつ、頭がおかしいんじゃないの? ……あ、そういうこと? ジェニールって、動物が全部魔物に見えちゃうから、虐待してるんでしょ。誰かちゃんと教えてあげないと――」


「違うの!」と、ティアに遮られた。


「違うって?」


 ティアの勢いに気おされながら、彩良はとりあえずベッドの上に腰を下ろした。


「あれは魔物だったわ」


「え? 魔物? でも、ティアもさっき鳥だって言ったじゃない」


「それはただジェニール様にも勘違いだと思ってほしくて……。でも、私の言うことなんか端から信じてくれないから、ダメだったわ」


「え、待って……。あれ、本当に魔物なの? 普通の鳥じゃないの?」


「違うわ。目が赤くて、額にツノがついていたでしょう。それで魔物と普通の動物を見分けるのよ」


「ええー……」と、彩良はショックのあまり言葉が出てこなかった。


 森で出会った動物たちはみんなツノがあって、目が赤かった。だから、この異世界ではそれが普通なのかと思っていたのだ。


 しかし、思い返してみれば、食用にしていたウサギや鳥にツノは生えていなかった。


(あっちが普通の動物かー!! ……て、そのまんま、元の世界の動物と大して変わりないってことじゃないの。……あれ? じゃあ、ウルはどっちになるの?


 ツノは彩良が折ってしまったが、瞳は灰色だった。こっちの世界にはツノの生えたオオカミというものが存在しているのか。


(……いや、それは今、どっちでもいいとして――ということは? ということは?

 あたし、最初から魔物使いだったってことでしょー!!)


 結局のところ、魔物を魔物として認識できなかったせいで、こんな犬扱いを受けているのだ。


(まったくもう! 変な遠回りしちゃったじゃないの。これで『魔物使いです』って宣言すれば、晴れて勇者がお迎えに来て、いよいよ魔王討伐が始まるわ)


 思わず『バンザイ!』と手を上げてしまうところだった。

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