第24話 シモと愉快な仲間達。略してシモダチ!


「……はぁ」

 武センの深々とつくため息が、生徒指導室に静かに響いたのだった。




■■■





 時間はほんの少しだけ、さかのぼる。




 「先生センセ、相談があるんだけれど?」


 意を決して、切り出しのは一時間目の現国終了直後。武センが、授業を終え、教室を出ようとした時だった。

 武センは俺をじっと、見てそれから小さく笑んだ。


「放課後なら良い。適当な時間に生徒指導室に来い」


 それだけ言うと、武セン踵を返して教室を出て行ってしまう。そういうぶっきらぼうな言い方をするから、生徒に誤解を招くんだ。まぁ、笑っても怖いんだけどさ。

 これで、10歳下のお嫁さんにデレデレとか、誰が想像できる?


 ――おい? 下河、武センに目をつけられたんじゃねぇ?

 ――むしろ、ザマァ? あいつ、調子に乗りすぎだよね。

 ――文化祭ぐらいで、マジになってさ。本当にダサッ。


 陰口は陰で叩けって。そう陽キャーズに俺も、心の中で陰口を叩きつつ――。


「ごめんね、ダサくて?」

「は?! 天音さんのことじゃなくて――」


「だって、私も文化祭、マジで楽しみだもん」

「だよね? つーちゃん」


 人気者の二人だが、口を揃えて言うものだから、教室内は阿鼻叫喚の様相を示す。


「いや、俺もマジだって!」

「お前より、俺がマジ!」

「オレの方がマジ、増し増し、マジ!」

「意味わかんねぇーし!」


 まぁ、アイドル様の一言で、クラスが文化祭に前向きになったのなら、それは何より?


「下河君……」


 クイクイッと、本馬さんに袖を引っ張られた。


「私も文化祭、頑張るからね」

「おぉ、おぅ?」


 本馬さん、そんなこと言うキャラじゃなかったじゃん? 陽キャに進化。「うぇーい!」とか言っちゃう?


「下河君! 『うぇーい!』なんて言わないからね!?」


 どうやら、心の声が漏れていたらしい。ぶすっーと頬をふくらます姿が、まるでリスみたいだ。本馬さんは怒るかもしれないが、メチャクチャ可愛い――。


「か、可愛いって……」

「はいはい。まぁ、本気と書いて本気マジなわけじゃん。ウチらの、本気のマジ・魔法マジック、みんなに見せちゃおうね! ね、下河シモ?」

「あ、うん。ん? い、イタっ?!」


 バンバン、容赦なく背中を叩かれた。矢淵さん、マジで痛い。気合いを入れるのなら、自分にやって。


「だからね、下河シモ

「ん?」

「ウチらも、一緒に行くから。そこんトコ、よろしく」


 ニッと矢淵さんは笑って、本馬さんもコクコク頷く。


「矢淵さん、LINKありがとう」


 未だ賑やかに悶えるクラスの連中を尻目に、天音さんがクスリと微笑む。LINK? 何のこ――と?


 と、天音さんが、胸ポケットから、スマートフォンをチラつかせる。いや、校内でのスマートフォンの使用、禁止でしょ?


「私も同行するからね」


 小声で、天音さんが俺の耳朶に囁いた。


「私もいるよー」

「俺も一緒に行くから」


 湊、彩翔までニッと笑う。


「お、おい、ちょっと待てって――」


 俺が言うより早く、天音さんと湊は、クラスメートの輪にまた、戻っていく。

 とくん、とくん。

 鼓動が胸打つ。





 ――ねぇ、下河君? 一人でやろうとしないで? 一緒に文化祭、楽しみたいの。難しいこと含めて、みんなで乗り越えなくちゃでしょ?


 息を耳に吹かれただけじゃなくて――多分、その唇が耳に微かに触れた。


(天音さん……?)


 気付いていないの?

 脳内で、感情が沸騰して。冷静に考えることができなくなってしまった俺だった。





■■■





「……まぁ、だいたい話は分かった」


 俺は素直に、現状を伝えることにしたんだ。

 悩まし気に、武センは眉間を押さえる。


 陽キャーズにビリヤード代は返却させた。スタジオ費用は、火花のじーちゃんの好意で、無償と言われた。ただ、プロのダンサーを呼んでの振り付け指導は、そうもいかない。これこそ、完全ボランティアと思っていたら、予算三万円が、見事に吹き飛んだ。これでも、値下げ交渉に食らいついた俺を誰か、褒めて欲しい。


 ――それもウチが出すぞ?


 会長さんの好意は、辞退する。彩翔と湊も、もっと本気で止めるべきだった。それはクラスの他の連中だって、同罪だ。


「武セン。俺、反省文を書くからさ。何とか自分達でやりくりをするから! 文化祭の模擬店、出しても良い?」

「……ふむ」


 武センは悩まし気に、額を摘まむ。


「そうだ、な――」

 言いかけた瞬間だった。

 ふーっと、また耳元に息を吹きかけられる。


「……天音さん?」

「ダメでしょ? ちゃんと武林先生って呼ばないと」


「い、今……それ?」

「親しき仲にも、礼儀ありだよ? だって、私達、お願いする立場でしょ?」

「そうだよ、下河君」


 今度は逆サイドから、本馬さんが囁いてくる。いや、わざわざ耳元に口を寄せて言う必要あった? それに、耳たぶまで真っ赤になるのなら言わなきゃ良いのに。


「あー、美紀ティー!? ちょ、ズルッ! また先を越された! 今日ぐらいは場所を変わってよ! 美紀ティー、いっつも下河シモの隣じゃん!」

「ごめんなさい」


 にっこり笑って、お断り。尻込みするのかと思えば、はっきり言う。そんな彼女に感心してしまう。俺なら、面倒くさくなったら、相手に言わせるがままになる時も多いから。


「天音っち!」

「普通にイヤだけど?」


「湊っちー! なんとか言ってよ!」

「じゃぁ、彩翔あー君の隣くる?」


「「え?」」

 俺と彩翔の声が重なる。彩翔至上主義の湊の発言とは思えない。


「え、普通にイヤだけど?」

「え?」


 イケメン彩翔は、彼女がいるのに人気が高いのに。即答で拒否する人、初めて見たよ。見れば、矢淵さんはむくれているし、湊はニヤニヤ笑みを浮かべて、俺を見る。彩翔はショックではないけれど――複雑そう。


 ここで表情を見せたら、湊さんの制裁が怖い。微妙な立ち位置だが、なんとか彼氏さん、持ちこたえることができた模様。



「里野はね、見た目や行動に目を奪われるけどさ、想像以上に乙女だからね?」

「湊っち! それ以上言ったら、ぶん殴る」


「……なにそれ?」

「下河は分からなくて良いの!」


 なぜか、俺が矢淵さんに怒られた。


「なに、このラブコメ? 下河、不純異性交遊で指導されに来たのか?」

「違うよ、武セン!」


 どう見ても、揶揄からかわれているだけじゃん!

 あまりにも、理不尽だった。





■■■





「ま、話は分かった。でもな、下河? それはちょっと、筋が違うんじゃないか?」


 武センに睨まれて、思わず目が泳いでしまう。やっぱりか、と重苦しい息が漏れた。中学生として、自分達がどんなことを考え、計画し、一緒に実行できるのか。


 文化祭のクラス展示は、そんな意味合いがこめられている。自分の考えは、あまりにムシが良いって思う。でも、天音さんにとってはこの学校で初めての文化祭。もしかしたら、また転校になり、最後かもしれない。それなら、せめて最高の想い出をと思ってしまって――。



「反省文はお前じゃないぞ、下河」

「……へ?」


 そっち、なの?


「うん、それは私もそう思う」


 なぜか、天音さんが強く頷く。いや、でもね。誰かが踏み出さないと――。


「黄島、海崎。学級委員はお前達だろ? うしおには言ったのか?」


 うしおこうへい、我がクラスの担任だった。彩翔や湊が、何度も相談に行ったのを俺は見ている。その度に、まともに話を聞かず『みんなの自主性を信じてるね♪』なんて、調子の良いことを言う担任。暖簾に腕押しとは、ウチの担任のためにある言葉だった。

 彩翔と湊は、コクンと小さく頷く。


「……よし、分かった。反省文は潮と、使い込んだ奴らに書かせる。使った経費について学校側からの補填はなし。生徒による弁償や補填も認めない。あくまで、予算の範囲内で行なうこと。厳しいようだが、それが条件だ」

「え、それは――」


 あまりに厳しい……。厳しすぎる結論だった。


「それができないのなら、クラス展示は中止。途中経過は、適宜レポートを提出するように。黄島、海崎、できるか?」

「「やります」」


 2人が声を揃えて言う。


「ちょ、ちょっと、武セン。ちょっと待ってよ。彩翔達は主役で忙しいし。バスケ部もある! それは流石に――」

「下河、お前はこいつらを甘やかし過ぎだからな」

「へ?」


 俺は目をパチクリさせる。


「バスケ部の予算決めの時も体育館の利用でバレー部と衝突した時も。体育祭で運動部がもめた時も。お前、全部駆け回っただろう? 黄島達が貢献したことになっているけど、それじゃコイツら成長しないぞ?」


「いや、あの、それはちが――」

「違わないよね、空?」


 湊は弱々しく笑う。


「私達、ずっと空に助けてもらっているもん。私達が一緒に来なかったら、今回のことだって、主犯は自分一人とか、言いそうだったし」

「う……」


 確かにそれが一番、上手く話がまとまる方法だって思っていたけれど――って、実行していないんだから、天音さん? そんなに睨まなくても良いんじゃない?


「まぁ、俺がさせねぇけどな」


 武センがケラケラ笑う。困った時に相談しろって言ったクセに、この結末はちょっとひどいと思う。


「なぁ、下河。困ったら、相談しろ」


 俺を見透かすように、武センは言う。


友達ダチに、しっかりと。ちゃんと目を見て、な?」

「う……」


 みんなの視線が集まる。それが、暖かくて。気恥ずかしくて。どっちを向いても、そんな視線。彷徨ったあげく、天音さんと目があって。彼女が、これでもかというくらい、満面の笑顔を咲かせた。


「困った時こそ、友達ダチにしっかり相談をするんだ。そして、悪さをした奴らは反省させろ。全部、お前が抱え込むのは違うからな? 天音、お前だって下河の荷物、ちょっとは持ってあげたいだろ?」

「はいっ」


 コクリと頷いて、天音さんが俺の腕に抱きついてきて――って? 天音さん?


「ちょっと、天音っち! どさくさに紛れて、何くっついてんのさ!」

「そうですよ、翼ちゃん! 破廉恥です! 不謹慎です! こんな密室で、えっちです!」


「どうして? クラスメートとしてのスキンシップだよ?」

「じゃぁ、火花君にもしてあげたら良いじゃん!」


「矢淵さんにそれは譲るね。私は絶対にイヤだから」

「押しつけるなし! ウチだって、美紀ティーにパスだよ」

「な、な、なんで私なのー?!」


 本馬さんの絶叫につられて、笑いが巻き起こる。ごめん火花、ネタにした。そう心の中で謝りながら。



 ――予算残額、300円。

 まだまだ、問題は山積みだけれど。



「絶対に文化祭、成功させちゃおうプロジェクト! 始動だよっ!」

「ネーミングセンスがひどいよ、里野ちゃん!」

「じゃぁ、下河シモと愉快な仲間達。略してシモダチ!」

「もっと、ひどい!」


 やっぱり笑いが絶えない。


 と油断していると、彩翔と湊が、勢いよく飛びついてきて。両サイド、俺を肩から抱きしめる。


 天音さんは、俺の腕にしがみついたまま、顔を真っ赤に染めて。でも、どうやっても、離れてくれない。そして、バカみたいに、全員で笑いあって。


 この瞬間――俺達は、確かに団結したって思えたんだ。

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