第11話 本馬さんとスカイ・ウォーカーさん


▶SORA & TUBASA

▶No.1!


 敗退した私は、次のステージにはいかず、勝ち残ったプレイヤーの試合を見守っていた。


 勝利を告げるメッセージに、つい頬が緩んでしまう。

 今は、レコード獲得者のリプレイが放映されていた。


 鮮やかなプレイ。これが上級者の実力かと、舌を巻く。かと思えば――。


 ボイスチャットで、声をかけてくれた声は、下河君にそっくりで。教室であんな風に、声をかけられたら、私の心臓はいくつあっても足りない。でも、彼は高ランキング入りの【スカイ・ウォーカー】さん。



「怖かったぁ!」


 私は、脱力する。素だ。素が出てしまう。


『まだ配信中』


 美夏みかがスケッチブックをかざすのが見える。

 現在、私は親友でイラスト、構成担当――そして、今回のゲーム・パートナー、美夏。そして、動画編集や、配信担当の実沙。そして、声担当の私と、【小悪魔系VTuber、ミキミキの汚部屋】を公開中なのだ。それにしても、タイトルがひどすぎた。私が放送部に入部して、最大の失敗――もとい、最高の出会いと言える。


 引っ込み思案の私を引っ張り出してくれたことも。私の声を魅力と言ってくれたことも。もうちょっと勇気があれば。もっと前向きだったら、下河君とお話ができるんだろうか? 今日、一緒に【スカイ・ウォーカー】さんと行動をしていた【スナイパー・エンジェル】さん。学校で聞く天音さんと、声と重なる。


 彼女が一番最初に私を助けてくれた。そうでなければ、配信早々とっくにゲームオーバーだった。


「早速、コメントきてるねー。みんなありがとう!」



@yasubi:ミキミキ、ゲーム弱すぎでしょ? テラ受けた!


@rotti619:投げ銭スパチャという名の、俺の愛を受け取れ!


@koba-koba:でも、待って! スゴくねぇ! スカイ・ウォーカーとフレンドとか。

@sakuran108:有名なん?


@Velvettino:そりゃ【フォーリンナイト】のランキング上位者だから。スカイ・ウォーカーとスナイパー・エンジェルの動画を見れるの稀だから! これ超、貴重!


@oka_reo:それより、何よりさ! 我らのミキミキを口説いてねぇ、あいつ?


@resty:いやいや、あれがスカイ・ウォーカーの優しさでね。初心者と明らかに分かるヤツは、男女関係なく、ああやってチュートリアルをしてくれんのよ。ただ、自立したら、フレンド外されるけどな。


@ido_yaguchi:なんか、ミキミキと、スナイパーエンジェルで、三角関係みたいな――。


@koba-koba:ないない! ミキミキは俺達の姫だからね!

@haru-to:でも、スナイパーエンジェルも、声がかなり可愛いくない?


@mahako:はい、退出推奨!

@rotti619:ミキミキ、俺と今度fall in loveしようぜ!

@kumadoor:はい退場です!


「えっと、コメントがすごい勢いで回っていますが。お答えできるところから。えっと? ゲーム弱すぎ? うっさいし! 私は褒めたらのびるの! もっと褒めて! 褒めないと配信時間、短くするからね!」


 普段はこんなこと言わないよ?

 うぅ、未だ頭の片隅では、恥ずかしいという思いでいっぱいだけど。慣れというものは恐ろしいもので。



 ―今度、フォーリンナイトでデートしようぜ!

 思い出しただけで、頬が熱い。


 下河君に良く似た声をした、スカイウォーカーさん。

 彼と合流した後、ちょっと拗ねた目で私を見やる、スナイパー・エンジェルさん。


 フォーリンナイトでは、時間の経過とともに活動できるマップが狭まっていく。

 バグにより、舞台となる島がどんどん、ウイルスで犯されていく――そんな、設定だ。


 つい、あの二人を追いかけているうちに、バグ化したマップから抜け出せなくなって、私と、巻き込まれた美夏は自滅のバッドエンド。フォロワーさんが言うには、バグ抵抗のアイテムや回復ツールが必要だったらしい。


 トップランカーの人達は、後半を見越してアイテムや資材をゲットするのだと言う。


 フレンド登録をすると、同一マップにスカイ・ウォーカー君が移動しているのが見える。多分、一緒に相方であるスナイパー・エンジェルさんが、行動を共にしていたはずで。


 妙に胸がモヤモヤして。

 ふと、無意識にうちのクラスの二人を思い出してしまって。


(あの二人なワケ 、ないよね……)

 心の中で、私はため息をついた。





■■■





「おつかれ〜」


 と映像・編集担当の実沙みさが、声をかけてくれた。


「今回も良かったよ〜」


 妙に間延びする声。普段は私以上に、無口な子なのだが、放送や映像のことになると、途端に職人気質を燃やし出すのだ。配信動画の作り込みといったら、まるで妥協を許さない。私がリテイクを食うのも、両手の指じゃ足りないくらいだ。


「しっかし、今回の再生回数エグくない?」


 美夏の言葉に、私も頷く。

 視聴者、1万人。これは、私たちのライブ配信では、ちょっと無い事態。コアなファンはいるけれど、それでもまだまだ、底辺を位置している自覚がある。


「これ【スカイ ・ウォーカー】効果かな? また、ゲーム配信やろうね! これは良い傾向だと思うよ!」


 ニッコニコである。コクンと頷きながら、どうしても考えてしまうのは、下河君のことで。

 以下、下河君にまつわる、私の脳内メモ。



・彼もフォーリンナイトをプレイしていると言っていた。

・【スカイ・ウォーカー】のIDは【SORA】

・下河君のフルネームは、下河空君。

・私は心の中で「空」って呼びかける。脳内の彼は私を「美紀」って呼んでくれる。【スカイ・ウォーカー】さんは私のことを、美紀ちゃんって呼んでくれていたけれど。に、そう呼ばれるの良い。呼ばれたい。

・ボイスチャット越し、【スカイ・ウォーカー】の彼の声と下河君の声は、よく似ていた。


 考えれば考えるほど【スカイ。ウォーカー】さんが、下河君に思えてしまって――。


(……うん?)

 見れば、美夏も実沙も私のことをマジマジと見ていた。


「な、なに?」

「いやぁ、美紀がね【スカイ・ウォーカー】のことを考えているんだろうなぁ、って」


「いやいや~? きっと【スカイ・ウォーカー】さんの声が、下河しーもかわ君と似ていたからー。きっと意識している系~なんじゃないかなぁー」

「な、な、な――」


 私は口をパクパクさせる。そりゃ、ちょっとは、そういうことを期待したよ? でも現実はもっとシニカルで。そんな、ラブコメみたいなこと、起こるワケないから。


「だいぶ、度胸もついたんじゃない?」

「……へ?」


 美夏の言葉に、私は目をパチクリさせる。


「放送部は、部員が多いから、私たちに出番が無いからね~。VTuberを薦めたのは、本当だけどねー。そろそろ、勇気を出しても良いんじゃなーい? 美紀は、下河しーもかわ君のことを一年の時から、ずっと見ていたでしょ?」

「そ、しょれ、は――」


 噛んだ。

 本当に、土壇場で。肝心な時に、私は本心が言えない。


 見ていた。

 ずっと、見ていた。


 バスケ部で活躍する下河君。私と、まったく別の舞台で、燦々と活躍する彼が、まるで別人のようになったのは、9月が境目。私は、今もあの時も、彼に何の言葉もかけられない。


「まぁ、ね。【スカイ・ウォーカー】氏が、下河君なのかどうかは、置いておくとしても。席も隣なワケだし、さ。一番、下河君と仲良いのは、美紀なワケじゃん? もっと、勇気を出しても良いんじゃないかな、って思うよ?」

「美夏、実沙……」


 じぃんと、してしまう。私は、本当に良い親友をもった。ぐっと、二人の手を握って――。


「……何を企んでるの?」


 ジロッと睨む。私は、下河君のことが好きだ。ずっと、好きで。今も好きだ。だから、隣の席になった時、本当に嬉しかった。天音さん転校初日、下河君が案内すると聞いた時、胸がズキズキした。


 でも、翌日。

 彼が、他人に対するスタンスは、まるで変わっていなくて。


(……それは私も一緒)

 何も変わっていないし、何も進んでいない。

 でも、茶化されるのは、ちょっとイヤだ。


「イヤだなぁ。応援してるんじゃん!」


 美夏がニッと笑う。


「カップルチャンネルなんかやってもらったらー、バズりそう~なんて、思ってないよー」

「あ、バカ!」


 美夏と実沙の反応に、私は呆れて肩を落とす。

 うん、でも良い。

 それぐらいが、良い。


 今でも勇気はない私だ。

 構えすぎて、また行動できなくなったら、イヤだ。


 みんなが、下河君の格好良さに気付く前に。

 彼のことを思い出す前に。




 一歩、踏み出したい。

 空想の中でなら、躊躇わずに、ストレートに言えるのに。




 ――好きだよ、空。

 こんなに好きなの、絶対に私だけだから。




 空想の中でなら、

 こんなにストレートに言える。



 ――君が、好きなの。

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