第6話 モブと賢咸(39番)

僕は、ただの怪物だ。

人間達の生命を掛けた殺し合いに情が湧くわけでもないし、

別に誰かを殺したいほど憎んでることも無い。

だから、終戦して残った自分には価値が無くて、

ただただ、自分の巣食った家で、ひたすら時間が過ぎていくのを

見守るしかなくて、ずっと退屈だった。


だからこそ、



〘君、1人なの?〙

〘一緒に遊ぼうよ!〙

〘え?将来の夢?まだ無い…かな。〙


あの日突然現れた君という存在に与えられた

〝執着〟と〝愛情〟を失いたくない。



「…茂。君が手に入りさえすれば、後は何不自由無い、僕達二人の

世界が誕生するっていうのに…。」

江藤家の所持する大型セキュリティ施設の中の1つ、監視塔。

全部で8つの監視塔があり、1つの塔につき、3つの監視室があり、

賢は今、江藤家の屋敷から一番離れた、三番監視室にいた。

自分が最初の犯行現場であり、再び、捜査に来た江藤家で雇われた

14名の警察と鑑識を殺害し、島の付近に設置されたカメラ計300台の

映像を自分の他個体に確認させていた。

「オリジナル、39番から既にハッキングがされてるよ。」

「オリジナル、39番の脳波信号が完全に切れてる。」

「オリジナル…」

(…39番以外の脳波信号が切れてる個体を先に殺っときゃよかった…。)

茂の確認のために来ていたものの、肝心の本人が映っている映像さえ

見当たらなかった。

「…2009番、他個体全員に伝達して。」

賢咸本体が、警備や鑑識の後始末をしていた自分の他個体に一枚の紙を渡した。

「…これは?」

「もうクチバシ研究所、それに、因縁の江藤家がいる以上こっちも

なりふりかまってられない。これ以上の時間は掛けられない。いいか、伝えろよ。


西木田茂の関係者、柄崎天葵、柄崎季奈、西木田恵美は生け捕り。

そして、研究所職員は全員殺す。


本体の僕と、90番までの個体は、本家を襲撃する。」


________________________________




「…江藤家が賢にしたことって何なんだ?」

江藤家の本家の倉庫に向かって歩く茂は、39番に聞いた。

「そうだな…表側では実験、研究。裏側では拷問、処刑かな。」

倉庫に来るまでに、白衣の謎の職員と江藤家の標章が付けられた警備員

が数人倒れていた。しかし、白衣の職員は気を失っているだけでまだ

生きているようだったが、江藤家で雇われた彼らは、誰一人生きていなかった。

何より、警備員の娘や息子と思われる子供らも、同じ様に。

偶然と言うにはあまりにもおかしい光景から茂が感じたのは、

だった。

「江藤家は、今解放されている賢咸の個体の倍の120000以上の僕を

保有し、今でも実験している。非人道的なやり方でね。」

倉庫の中に入ると、そこにはコンテナがいくつも積んでいるだけで、

ただの荷物置きの様な場所だった。ホコリを被っていない幾つかの

コンテナが目立ってはいるが。

「日本の終わりっていうのは…ここに閉じ込められた自分、

いわば、江藤家に関わる全てに殺意と憎しみを持った賢咸が、

日本各地で繋がりを持つ有力者達を殺す…そういう…」

「そう。僕のオリジナルは戦後の日本でもずっと逃げてきた中で

運悪く、ここの家に捕まった。」

倉庫の中心に不自然に建つ柱に39番が近づくと、柱がゴゴゴと音を立てて

地面に埋まる。柱が埋まり終わると同時に地面の一部がゆっくりと

盛り上がり、中から02と書かれたコンテナが現れた。

「今は僕の管理下に置いた、70000から100000のまだ育ちきってない

個体を島から出す。これで少なくとも江藤家に実験をされる前、

まだ何にも無頓着な僕が逃げ切ることで、未来で対抗出来るかもしれない。」

コンテナが煙を上げながら開かれる。

そこには、賢と同じ顔を持った何人もの赤子が青い液体の中で浮いていた。

「江藤家を殺してしまえば、クチバシ研究所が野放しになって、

きっと僕にも、茂にも危害が加わる。それだけは、あっちゃ駄目だ。」

拳を強く握りながら、赤子の詰められたコンテナの中へと走っていった。

茂は、そんな怒りを抑えている39番の後を追った。


コンテナの中に入ると、自動的にコンテナの中が閉まり、

怪しげな緑とピンクの蛍光色が辺りを照らす。

それとほぼ同時に、コンテナが上に大きく揺れる。

「…⁉何だ⁉」

「大丈夫。このコンテナは特別で、避難時にすぐ運ばれるように

改造されているから。今外の方でタイヤと操縦室が出来た筈さ。」

落ち着いた表情でコンテナの奥にある扉を開けると、先程までいた

薄暗い倉庫の中が見える、トラックのような少し高い操縦室があった。

「さ、助手席に乗って。もう出発しないと。」

「あ、あぁ。」

39番がハンドルのある運転席に座ると、ポケットから一枚のカードを出し、

ミラーの横についたスキャナーに当てる。

エンジンがかかる音が聞こえ、慌てて助手席に乗り込む。

助手席に座ると自動的に横からシートベルトが伸び、そのまま掛かった。

「…茂。今から君の姉と柄崎姉妹を積んで、この島から出る。」

「…なぁ。ちょっと不思議だったんだけど、何でお前はそんなに

江藤家に憎しみを持たないんだ?それに、俺にここまで手助けを…」

「僕は賢咸の中の〝恋心〟と〝優しさ〟で構成されたある一種の個体なんだ。

だから、君に恋した僕と、平和と平穏を望んだいつしかの僕で出来ている。

君のために、そして僕のために、この因縁と君の恋心にケリを付けに行く。」

そう言って、思い切りアクセルを踏んだ。

「…そっか。じゃあ、よろしくな賢。」

茂もそれだけ言って、少し微笑んだ。




「成鶴木さん、星香が裏切りました。」

「ホンマに?残念やなぁ。せっかく亡くした家族与えたったのに…なぁ?岸半田。」

八番監視室にて、アヒルのマークの書かれた白衣を着た、

クチバシ研究所の主要職員が人質のいる地下室で集まる。

「ええ、まぁ、殺しはしませんよ?なんたって一応あれでも僕の妻ですから。」

「どの口が言うとんねん。無理やり産ませたくせに。」

ピンクと黒が入り混じった髪を持つ小柄な女、三木

狐のような吊り目と白髪を持つ背の高い男、成鶴木



そして、星香を孕ませた張本人であり、副署長の座を持つ男。

長く伸びた黒髪と、整った容姿を持つ、



通称____クズモンスター。



「それに、星香とて、もう1回くらい産ませたら味わうでしょう。

        ________壊されることの絶望とやらを。」



岸半田浩佐きしはだこうすけ

その人である。




                               続く

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