第6話 事後

 ベッドの上には裸体の女が二人。一人はマラソンを完走したかのように息を切らせて、ない胸を上下させている。


 左手はシーツを掴み、右手は腕をおでこに乗せて目線を隠し、羞恥を悟らせないようにしていた。


 その横で眠素赤子を見守るような表情を浮かべ、身体ごと横に向けて微笑んでいるもう一人の女。


 前者がマロンこと浪漫であり、後者が心菜である。


なのにこれだけ身を任せて、乱れて、感じてくれて。可愛かったよ。」


 心菜の言う初めてが、お店を使ってのものだというのは、心菜は理解している。


 

 

 始まる前に心菜は感づいていた。浪漫の反応を見てすぐに伝わってきていた。


 心菜が聞いた浪漫の過去の話。男に触れられたりした事に対する反応ではなかった。



 それならば一体何なのか。こういった店に勤めてる心菜だからこそ理解が早かった。


 過去に同じ女性との振れ合いがあった事によるものだと……


 浪漫との会話の中から、恋愛対象や性の対象が女性なのかまでは掴めなかったが。


 少なからず、こういう店を利用するのだから興味は持っているのは理解できる。


 浪漫が何を求めているかまではわからないが、女性との癒しに対して好意的である事は伝わるものである。


 そうでなければ、途中でNGワードやセーフワードでプレイを止める事も出来る。


 それもなく、身を任せて心菜の責めを受けていた事で、浪漫が性そのものを嫌悪しているわけではない事は理解出来る。

 

 それ故に、可愛がる事が止まらなくなり、反応を確認しつつも楽しみ、現在のへべれけ状態の浪漫が出来上がったのだ。




 つまりは、浪漫は過去に女性とこういう事を一度はした事があるという事である。


 


 我に返った浪漫は、自らの晒した惨状を見て恥ずかしがるが、どうにかそれを制して心菜が浪漫をお姫様抱っこで運び出し、プレイ後の入浴を済ませる。




「あ、ありがとうございます。」



「良かったらまた指名してね。」


 営業用か、素なのか、お姉さんスマイルで浪漫と別れる心菜。


 ホテルを出てすぐに別れるのも問題があると思っていたのか、待ち合わせ場所に使ったコンビニ前で二人は別れた。



(女の人って……)


 その後に気持ち良いと続けようとしたのか、癒されると続けようとしたのか、温まると続けようとしたのか。


 浪漫の心の中には、言いようのない温かいもの、塊のようなものが胸の辺りでざわついていた。



(それにしても、120分てあっという間なんだ。最初に私が色々話をしなかったら……もたないか。)


 確実に浪漫の中で何かが目覚めていた。






「ただいま~♪」


 心菜は店のキャスト待機所へと帰ってくるなり上機嫌で扉を開いた。


 ルンルン♪という文字が心菜の周りに浮いて見える程である。


「心菜さん、お疲れ様。」


 待機所でスマートフォンの画面を操作していたキャストが労いの言葉をかけていた。


「初めての子だったけど、可愛くて色々こっちのほうが潤っちゃったわ~。」


 画面を見ていたキャストは扉の方に顔を向けた。その笑顔を見て、一瞬で悟ったようだ。


「心菜さんはお姉さんタイプだから、大抵の人が癒されますよね。」


「う~ん。そうだとしても、今日は私の方が癒されちゃった。反応が初々しいとかぎこちないとかそういうのじゃなくてねぇ。なんというか……」


「多分だけど、誰かがいるけど素直に伝えられない、自分のこの感情は本物なのかな?それを確かめるためにもまずは身体から確認してみようって感じ?」


「なんですかそれ。」


 呆れたように返したキャスト。心菜はそれに続いて先程感じた事をそのまま伝える。


「私達の業界って普通とは違うじゃない?世間的には。だから素直に自分を出せない子も多いじゃない。いくら時代が変化していても。」


 キャストだからって必ずしも恋愛対象や性対象が女性であるとも限らない。


 両刀はもちろん、普通に恋愛や結婚は男性とというキャストもいる。



「貴女もそうじゃなくて?」


 否定出来ないのかキャストは返答に困っているようだった。


「だって、好きな子に酷い事しちゃったと思って未だに連絡すら取れないんでしょ?」


「それが、自分の欲を満たすために始めて、気が付けば……」


「それは結果論です。いくら癒しを与えられても、本当に欲しいものは手に入らないのがこちら側ですし。」


 一時的な快楽や癒しはお互いに感じていても、それが一瞬なのは風俗もホストもキャバクラも同じである。


 醒めればそれは空虚なものとなり、次を求める。まるで麻薬みたいなもの。


「与えるのが好きな人ならそんな事ないんだけどな~。」

 



「それでね、多分、貴女好みだと思うな。」


「へぇ、それはちょっと興味出てきますね。」



 そう言われたキャストのスマートフォンの画面には、中学校の正門の前で、制服に着られてる感が満載の二人の新1年生。


 一人はそのままこのキャストを幼くしたような女子生徒。


 もう一人も同じように制服に着られ、背丈も胸部装甲もほぼ変わらない、笑顔の少女が映っていた。








 アルバイトの勤務時間が終わると、浪漫は控室に呼ばれる。


 呼んだのは同僚であり同級生でもある、めあり……長門二見である。


 今日も鞭にでもなりそうな程揺れているツインテールが店内を帆走していた。


 中にはそのツインテ―ルでぶって欲しいという奇特な客まで存在する。


 しかし、そういった店ではないので、特殊なイベント以外でそのツインテールが客の頬を叩く事はない。

 

「それで?確かめたの?」


 何故か赤面し下を向く浪漫。


「なに恥ずかしがってんのよ。私達だってこういう女性を対象とした喫茶店で働いてるわけだし、本気で女の子が好きな子もいるし、それはお客さんの中にも少なからずいるわけだし。」


「変な色眼鏡で見たりはしないわよ。」


「そ、そうじゃなくて。あ、いや。それもなくはないけど……自己嫌悪というかなんというか。」




 フィールを利用した時の話を事細かに説明する浪漫であった。


「いや、生々しい話までは別に言わなくても良かったのに。」


 変なところで素直に吐露してしまう浪漫である。


「そんなに凄い人なら私も利用してみようかな。流石に風俗はちょっとと思ってたけど、先達のマロンちゃんの意見があるしね。」


 二人きりの場だから本名で呼び合っても良い場面だが、めありはどこで誰が聞いているかわからないため、意識的にマロン呼びを徹底している。


 ストーキングはどうしようもないが、本名から自宅や学校が割れてしまう場合もある。


 こういった界隈では、中には行き過ぎた客というのも存在するため、その辺りは徹底しているしっかりもののめありである。 


 その昔ギリギリ台東区にあったメイド喫茶では、刃物を持った客が現れキャストが傷つけられるという事件もあった程である。


 


 めあり、長門二見が両刀……正確にはどちらでも構わない派である事は浪漫は知っている。


 ただし、どちらとも浮いた話は聞いた事がないので、浪漫は友人が経験者かまでは知らない。


 めありは、初体験に夢を見るのは創作の中と、一部の男子だけだという思考の持ち主でもあった。


「こういうのもまだ早いかもしれないけど、マロンちゃんは多分こっち側の人間だね。少なくともその片鱗は今回の事で気付いてると思う。」



「そうかなぁ。確かに気持ち良かったけど……って、あ。身体がじゃなく心がね。」


 ニマニマとしながら浪漫の語りを見守っている。


 高校時代にも付き合いのある友人は、浪漫の中学時代の事を聞いている。


 めありもまた、その一人だからこそ浪漫へ極力男性が近付かないようには努力している。



「じゃぁ、次はこの子かこの子か……あ、この子も良いかもしれないね。」



「どの人も全然タイプが違うんだけど……それに小串はこんなに胸ないし!」


 あんたもな、というツッコミをめありがしなかったのは、ブーメランになる事がわかっていたからである。


 3人の中では一番膨らみがあるのだが……



「一旦小串から離れて身を委ねてみるのも良いかもしれないと思って。それじゃぁこのボーイッシュな王子様系とかどうかな。」


 浪漫の女性専門風俗店に対する反応から鑑みて、満更でもなさそうだと悟っためありは次なる手段を講じようとしていた。


 本来の目的である、「浪漫と小串の再会と仲直り」は一旦こっちへ置いといて……と。

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