第6話 コーグレン家として
【前話までのあらすじ】
ハーゲル中央裁定所の評定室にてライス逮捕の不当性を訴えるロス・ルーラ。リジ・コーグレンの髪が焦げたのは、『パーティのレベルが低かったせいだ』とするロスの主張は却下された。しかし、なぜか評定室にいたリジはロスの主張に納得がいかない。ロスの狙い通り決闘の勝敗によって判決がくだされる決闘裁定が行われることになった。
◇◇◇
【本編】
リジ・コーグレンはこのヴァン国の領主ワイズ・コーグレンの孫娘である。
リジの母親であり、ワイズの娘のメリル・コーグレンはリジが幼少の頃に謎の病気にかかり死んでしまった。
その為、ワイズはリジを自分の娘のように可愛がっていた。
この事実はヴァン国の中央都市ハーゲルの者ならば知らない者はいない。
リジが中央裁定所で宣言した決闘については、すぐにワイズ・コーグレンの耳に入った。
当然のようにリジはその日の午後にワイズ・コーグレンの屋敷に呼び出されたのだ。
—ワイズ・コーグレンの屋敷—
「おじい様、お元気でいらっしゃいましたか」
「おお、リジよ、よく来たな。また大きくなったな。こちらに来てよく顔を見せておくれ」
ワイズは部屋にいた秘書をはらって、執務室の入口に遠慮がちに立つリジを手招きした。
「リジよ。話は聞いたぞ。お前、どこぞの愚か者の言葉に乗せられたそうじゃないか?」
「もう、お耳に入られたのですね」
「まぁ、お前も売り言葉につい言ってしまったことなのだろう? 私から裁定所のほうに議事録の削除を要請するから、安心しなさい」
ワイズは誰にも見せたことのないような温和な笑顔をこぼしながらリジに伝えた。
「いいえ、おじい様。私、決闘しますわ」
リジは屋敷に招かれた時から裁定所での話をされるだろうと予想していた。
バツが悪く部屋に入ってからワイズと目線を合わせなかった。しかし、ワイズが権力を使って裁定所の決定事項を捻じ曲げようとすることに対して、17歳の少女は若さゆえの反発を覚えた。
「なぜ、わざわざ決闘などするのだ.. お前、裁定所で逮捕の取り消しまで願ったそうじゃないか。まさか、決闘の場でわざと負けようというのではあるまいな?」
リジはワイズがそこまで知っているとは思わなかった。
— 一昨日のハーゲル中央評定所 最高裁定人トレンの執務室 —
「だから、あれは私の勘違いだったのよ。今すぐ逮捕の取り消しを! ここの最高裁定人のあなたならできるでしょ」
「リジ様、裁定所というのは公正公平の場なのです。一度、逮捕した容疑者を『取消し』の一文字で釈放などしたらどうなると思いますか? ましてやそれがコーグレン家に関する事件であるならば、それだけで民衆の疑心を生じさせ兼ねないのです」
「でも、私の髪が少し焦げただけで『斬首刑』なんてどうかしているわ。私は、ただ..」
「『ただ』なんです? 『ただ、痛い目をみせたかった』、『ただ、自分の力をみせたかった』、リジ様、逮捕は遊びではないのです。ましてや、『もう少しで焼け死ぬところだった』と証言したのはあなたなのです。その時点であのライスという魔法使いはコーグレン家に対する暗殺未遂が成立し、国家の反逆者となるのです」
「だから、あれは勘違いなんだって」リジは机をたたいて抗議した。
「だめです。いくらあなたの願いでも最高裁定人の私が法を曲げるわけにはいきません。もし異議があるのならば、明日にでも裁定所受付に申請書をお出しください。まず望みはないでしょうが」
そして、リジは翌日の朝、裁定所で異議申し立てに来たロスの姿を目撃したのだ。そして裏口からこっそりと第3評定室へ忍び込んだ。
ロスの提案した『決闘裁定』はリジにとって濡れ手に粟であった。
———
「私がわざと負けるですって? 御冗談を。おじい様、私もコーグレン家です。決闘の場では全力を尽くします。相手を完膚なきまでに叩きのめすつもりです」
リジは本当にそのつもりでいたのだ。そして本気の決闘の中で勝利し、『コーグレン家の名にかけてライスの罪を許す』と宣言してしまおうと思っていた。公衆の面前の宣言なら、裁定所も折れるほかないだろうと思っていた。
「よし、リジよ。お前の覚悟がそうであるならば、負けることは許さん。お前のチームはこちらで用意する」
「ま、待ってください。私には既に格闘士ダァスと魔術師ニコラという仲間がおります」
「リジ、闘技場の地を踏むからにはコーグレン家の負けは許されない。そして、お前がそのライスとやらの首を斬るのだ。その為にも最強の輩をこちらで用意する」
またもや、リジの思惑ははずれてしまった。状況がますます悪くなる道を進んでしまったのだ。
リジは背中にわけのわからない汗がどっと流れ出るのを感じた。
***
一方、ロスはハーゲルの端に面した森で声をあげた。
「おーい。いるのだろう? 明後日、ライスの罪をかけて決闘するんだ。君、力を貸してくれないか?」
「 ....」
「いるのはわかっているんだ。君、今朝も評定室の屋根裏に居ただろ」
「 ..私には関係ない」
高い木の上から声がした。
「やっと返事をしてくれたね、アシリア。君もライスが気になっているのだろ」
「私が気になっているのはあなたのほうだ。なぜ隠すの。あなたが果樹園の経営者だなんて嘘でしょ?」
「いや、君も知ってるだろう『ロスのすごい果樹園』」
「もちろん。しかし、あなたから凄まじい何かを感じる。それをあなたは隠している。もし..私にあなたが隠している秘密を教えてくれるなら手伝ってもいい..」
ロスはしばらく考えた。
「わかった。君に俺の秘密を教えよう。しかし、今すぐというわけにはいかないんだ。だが、必ず教える。約束する」
「わかったわ。エルフの寿命は長い。あなたが約束を守るなら待つわ。あなたの秘密にはその価値がある」
「ありがとう」
その瞬間、ロスの手首に『ツタの腕輪』が巻かれた。
そして舞い落ちる木の葉の陰から氷のアシリアが姿を現した。
「それはエルフ族に伝わる約束の腕輪。私の手首にも同じものを巻いた。これは魂の約束よ。いいわね」
「ああ、俺の魂に誓おう。約束は守る」
ここにライスを救うための『氷のアシリア』という頼もしい仲間が加わった。
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