第7話 若手四天王

 喫茶店の外で黒木さんとわかれて最寄り駅へ向かう。友達の菊池きくち綾音あやねちゃんに会うためで東京に来た1番の理由かもしれない。パズルと同じくらい楽しみだった。

 綾音ちゃんも若手四天王のひとりで高校2年生と若かった。去年からアルバイトでパズルクリエーターをしている。メインのパズル雑誌は私と異なっているけれど意気投合して一緒に遊ぶようになった。


 綾音ちゃんは2年前に、パズルを解く国際大会で個人の部で優勝した。50カ国以上が参加する大きな大会で、若手四天王の名に恥じない実力をもっている。

 30分ほどで待ち合わせの駅前に到着すると綾音ちゃんの姿があった。私よりも背が低くて艶のある長い黒髪が目を惹いた。今日の服装は桜色のパステル調で何を着ても似合っている。


「待たせたかな。今日は晴れてよかったね」

 私のほうから声をかけた。

「わたしも先ほど来たばかりです。今の季節は出かけるにちょうどよくて、みーなさんといっぱい遊べます。昨日は楽しみで眠れませんでした」


「私も楽しみにしていたよ。もうミネラルショーは始まっているのよね。歩きながら話しましょう」

「わたしが場所まで案内します」


 私の腕を取って歩き出す。ていねいな話し方からは、おしとやかに見えるけれど行動力はあった。今日の誘いも綾音ちゃんからだった。

「ミネラルショーに行くのは初めてよ。宝石が大好きな綾音ちゃんは、何度も行っているのよね」


 事前に彩香ちゃんから聞いた内容では、ミネラルショーは天然石や鉱物の即売会みたい。今日のミネラルショーではジュエリーやアクセサリーもあるらしくて、宝石単体である裸石らせきと呼ばれているルースも多くあると聞いた。


「何度も行っています。開催場所によって特徴があるから面白いです。今日行くミネラルショーは規模が大きいので、今からとても楽しみです」

 可愛い笑顔を見せてくれて、彩香ちゃんの嬉しさが伝わってくる。

「鉱物の種類はよくわからないけれど、宝石もたくさんあるのよね。綾音ちゃんはどの宝石が好きなのかな」


「いろいろな色合いに変化して、いつまでも見ていられるオパールが好きです。輝きが魅惑的なスフェーンも気に入っています。でも1番尊敬しているのは、みーなさんです。見ているだけで幸せになれます」

 いつもと同じで何故か私が1番らしい。綾音ちゃんから言われると気恥ずかしいけれどうれしい。パズルも気兼ねなく話せて、素で話せる数少ない友達だった。


「私も綾音ちゃんを見ていると幸せだよ。次回も綾音ちゃんのおすすめ場所に行きたいかな」

「みーなさんと行きたい場所はたくさんあります。また調べておきます」


「楽しみにしているね。ところで学校の合間にパズルを作るのかな。綾音ちゃんは解くのも作るのも早いよね」

 どのパズル雑誌でも締め切りとの戦いは変わらないけれど、綾音ちゃんは学校に行きながら締め切りを守っている。効率のよい作り方でもあるのかもしれない。


「宿題を最初に終わらせて、時間を確保してからパズルを作っています」

「効率よく時間を使っているのね。早解きは慣れてきたかな」

「仮定を頭の隅で考えながら、同時に目で確定部分を探す練習をしています」


「同時並行が早解きの基本で、ルールの把握も重要よね。私も練習は日課かな。また綾音ちゃんと早解き勝負で遊びたい」

「本気の勝負ではみーなさんに勝てません。せめて王道パズルで勝負しませんか。応用パズルでは太刀打ちできません」


 私も綾音ちゃんもパズル全般で解くのが早かった。若手四天王の名は実力で勝ち取っている。その中でも私は応用やオリジナルパズルが得意で、逆に綾音ちゃんは王道パズルが得意だった。


「パズルは中学から始めたのよね。この短期間で作成や早解きができるなら、将来が楽しみよ」

「パズルは独学で苦手も多いですが、ほめてもらえてうれしいです。最初のきっかけは、みーなさんの活躍を見てです」

 尊敬とも思える眼差しで私を見ている。


「ファンレーターが来たときには驚いたかな。初めての経験だったよ」

「最初のファンはわたしで嬉しいです。運動も不得意なので、みーなさんの運動神経を羨ましく思っています。オリジナルパズルもすごいです」

「体を動かすのは好きなほうかな。オリジナルパズルは慣れで、私の場合は生活の一部かな。考えている時間も楽しいよ」


 パズルの話題は尽きなくて、年齢の差はあるけれど話もよくあっている。移動途中で公園の横を通りかかった。

「にゃんこちゃんです。今日は運がよいです。追いかけます」


 綾音ちゃんが走り出す。普段のおしとやかな雰囲気と異なって、動きが軽快で運動が苦手とは思えない早さだった。綾音ちゃんは公園のベンチ横でしゃがみ込む。近くにある木の下には小柄な茶色の猫がいる。

 綾音ちゃんは右手を猫に近づけて手招きをしている。


「私も猫は好きなほうよ。でも綾音ちゃんは探すのも上手ね。気づかなかった」

「動物全般が好きですが、にゃんこちゃんは特別です。にゃんこちゃんの気配は見逃しません。でも1番尊敬しているのは、みーなさんです」

「猫よりも上でうれしいかな。なかなかこちらに来ないね。逃げる気配は見せないけれど、こちらの様子を伺っているみたい」


「にゃんこちゃんは遠くでも可愛いです。今日は写真をたくさん撮ります。みーなさんの写真も撮らせてくれますか」

 綾音ちゃんは私を見て目を輝かせている。

「恥ずかしいから、また今度にしてね」

「残念です。今日はにゃんこちゃんをいっぱい撮ります」


 綾音ちゃんは飽きずに写真を撮って、猫の姿が見えなくなると残念な表情を浮かべる。猫の仕草は見ているだけでも癒やされる。ロクヨちゃんを見られれば綾音ちゃんは喜ぶにちがいない。


「猫を見ると性格が変わるよね。知らない人が見ると驚くかな」

「よく言われます。でも相手はにゃんこちゃんです。仕方ないです」

 まだ興奮しているのか、いつもより甲高い声だった。

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