第19話 お泊まり おまけ ~side:遙香~
「――な、何よこれえええ!!」
翌朝。
起床した遙香は部屋の姿見を捉えた瞬間、自らの太ももや顔面にマジックでイタズラ書きをされていることに気付いて叫んでいた。
一緒の部屋で休んでいたマオがくふふと笑っている。
「ちょっ、マオ!! あんたの仕業でしょこれ!!」
「そうでーすw」
「くぅぅ~!! 小学生みたいなことしてんじゃないっての! もう!」
遙香はネイル用の除光液を取り出し、それをティッシュに染み込ませてイタズラ書きの部位を拭き始める。除光液に含まれるアセトンという有機化合物には、油脂を溶かす働きがあるのである。
そんな洗浄作業を行うさなか、遙香は部屋の窓が全開になっていることに気付く。エアコンを効かせて寝たため、夜の時点では完全に閉まっていたにもかかわらず、である。
「あれ? マオ……窓開けた?」
「あ……うん、換気のためにね……」
「換気なんて……する必要あった?」
「えっと、ほら……遙香寝ながらすごいおならしてたやん。ぼふーん、って」
「マ!? そ、それはなんかごめん……」
遙香は恥ずかしい気分に陥りながら、ふとマオが寝ていた敷き布団を捉える。そして窓に続いて、とあることに気付いた。
「……あれ? なんか血みたいなの付いてない?」
布団の真ん中くらいのところに、ミートソースでも跳ねたかのようなシミが小さく広がっていたのである。
問われたマオは、ハーフゆえの碧眼を右往左往させながら、
「こ、これはほら……夜中にちょっとお腹空いてさ、コンビニでミートソースパスタを買ってきて食べたせいだから……」
(――ガチでミートソース!?)
もしかしたら窓を全開にしているのは、こちらの放屁だけでなくミートソースの匂いを追い出すためだったのかもしれない。
「じ、自由に過ごしてたんだねマオ……ちなみによく眠れた?」
「んー……ちょっと寝不足かもしんない……おっきくて、すごかったから……」
「え、おっきくてすごかったって何が?」
「え、あ、それはほら……ミートソースパスタに入ってたソーセージが、ってこと」
「……ソーセージ入りのミートソースパスタなんて商品あるっけ?」
「た、たまたま限定であったみたいっ! お、おいしかったな~w」
何かを誤魔化すように笑いながら、マオが立ち上がって伸びをしている。
その所作は、なんだか少し色っぽい。
漏れる吐息にもそこはかとないえっちさがあって、遙香はちょっと照れ臭くなる。
たったひと晩挟んだだけで、マオの雰囲気が少し変わったように見えるのだ。
(まぁ……気のせい、だよね?)
遙香はそう考えて、あまり気にしないことにした。
「じゃあマオ、あたし日課のジョギング行ってくるからさ、そのあいだにシャワーとか浴びたいなら浴びてていいよ」
やがてスポーツウェアに着替えた遙香は、マオにそう告げて部屋を出ようとする。
「ねえ遙香、今6時半だけど、そのジョギングって何時までやる感じ?」
「まあ大体7時には帰ってくるかな」
「ほう……じゃあ1回戦はヤれそうかも」
「1回戦?」
「あ、気にしなくていいよ。こっちの話だからw」
「ふぅん? なんか知らんけど、じゃあとにかく行ってくるから~」
そんなこんなで、遙香は日課のジョギングへと出発したのである。
自分が不在になった家の中で、友達と弟が再び乳繰り合い始めたとは知らずに……。
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