第7話 前世の婚約者との初デート


「冬理くんとこうしてデートに来られるなんて私感激です!」


 ショッピングモール内を歩く渋谷さんが僕の手を取り、スキップをしている。


「ソ、ソウデスカー」


 対照的に僕は、げっそりとしていた。


 というのも、周囲に知り合いがいたらおしまいだからだ。


 特に高校の同級生とか後輩に渋谷さんと一緒にいるところを見られたら困る。見られたら、付き合っているとは思わなくても、デート中かなとか邪推されるのは必至だ。


 渋谷さんのことだからどういう関係か聞かれたら、「私たち許嫁でして……」とか普通に言いそうだし、不安でしかない。僕たちの関係がバレたら外堀を埋められて、逃げ場がなくなる。それだけは、避けなくてはならない。


 生活圏からかなり離れたところに買い物をしに来てはいるが、知り合いがいないとは限らない。


 最初は、変装をして出かけようとしたが、渋谷さんに圧をかけられ、結局普段とそう変わらない装い。一点だけ違うとすれば、普段はかけないメガネをかけているところだけだ。僕なりのささやかな抵抗をさせていただいた。


 無論、渋谷さんには『そのメガネは……?』と聞かれた。が、そこは、休日はコンタクトをつけないポリシーなんだ、などとごまかしておいた。


 渋々ながらも分かっていただけたみたいで何よりだ。


 そんな久しぶりにかけたメガネ越しに僕は、きょろきょろと周囲を見渡す。久しぶりにかけたメガネはやや度があっていないのか少しぼやけて見える。今度レンズを交換しようと思う。


 そんなことを考えながら、きょろきょろとしていると――、


「知り合いの方はきっといません! 心配なさらず、今は私のことだけ考えていてください!」


 僕の手を引いて歩いていた渋谷さんが振り返ってこちらを見てきた。


「う、うん」


 いやあ、それはちょっとキツイです。


 そんな僕を他所にニコッと渋谷さんが笑顔を向けてくる。


 心の声を見透かされているようでドキッとしてしまう。


 ごまかすように苦笑いを浮かべていると――、


「あ! あのお店見たいです! 行きましょう!」


 ぐい、とかなり強い力で引っ張られ、僕は慌てて歩くペースを上げる。


 まあ、もう来てしまったものは仕方ないか……。


 僕は、楽しそうに歩く渋谷さんに手を引かれながら静かにため息をついた。


***


 渋谷さんにぐいぐいと引っ張られて連れられたのは、お洒落な雰囲気の雑貨店だった。今まで一斗とかと、出かけたときに男だけじゃ絶対に入りにくいみたいなことを言って、敬遠してきたお店だ。


 店内を見渡すと、だいたいの男性客は彼女連れだったりしていて、やはり僕の抱いていたイメージは間違ってはいなかったのだなと思う。よく観察して見ていると、誰一人として男性が独立行動をしていない。


 実際、僕もこの雰囲気の中一人で店を見て回れるかと言ったら、できなくはないがあまりしたくない。


 そんなことを考えていると――、


「冬理くん! これ可愛くないですか!?」


 渋谷さんがお皿を一枚手に取っていた。


「いいんじゃないかな」


 正直、使えればなんでもいい、見た目も可愛らしいし、と渋谷さんが手に取っているお皿を見て、僕は即答した。


 すると――、


「ちゃんと考えてます……?」


 渋谷さんが頬を膨らませた。


 僕の考えなんてお見通しらしい。まあ、今のはさすがに誰でもわかるか。


 反省反省。


「ごめん、正直、あんまりこだわりがないから、このお店のものが全部よく見える」


 内心を打ち明け、僕は、食器コーナーを端までボーっと眺めた。


「では、これとこれでは、どっちが好きですか……?」


 渋谷さんが先ほどから手にしているお皿と別にもう一枚デザインの違うお皿を見せてきた。


 ――うーん。これは、さすがにな……。


 二枚のお皿を見て、僕は、品定めをするまでもない、と思った。


 最初に見せてくれたお皿は、水色が基調の花の絵がプリントされた落ち着いた印象を受けるお皿。対して、二枚目のお皿は、ハートの形をしたピンク色のお皿だ。


「さすがに最初に見せてくれたやつかな」


 ハートのお皿でも別に構わないが、料理を盛りつけて、それを渋谷さんのもとに運ぶと考えると色々とアレだ。僕が料理をする前提になっているが、逆も然り。そう考えると、全然構わなくなかった。


「冬理くんならそう言うと思いました。誰にでもこだわりというものはあるのですよ」


 ドヤ顔で渋谷さんが言う。要するに、真面目に一緒に選んでくれということだろう。


「わかった……。一緒に選ぼう」


 いよいよ、本格的に同棲前のカップルみたいな会話になってきたななんて僕は思う。と、同時に――。


「真琴くん、真面目に見てる……?」


「う、うん……! ちゃんと見てるよ……!?」


 彼女と思われる女性に怒られている二十代くらいの男性の姿が目に入った。


 どうやら、この類の儀式は洗礼みたいなものらしい。


 ――お互いに頑張りましょう……。


 そう、僕は、彼女に怒られている男性に思念を飛ばす。多分、届いていないけど。


***


 ああでもない、こうでもないと色んなお店を回って、食器やお揃いのマグカップ、フライパンなどといった調理器具をどうにか買いそろえることができた。


 渋谷さんが、僕と一緒に使うものだから、と意気込んでいたのもあって、ショッピングモールにある雑貨屋さん全部を回るはめになった。が、今まで物を買うときにあんなに真面目に選んだことがなかったため、少し新鮮な時間だった。案外、悪い気はしていない。


 今のところ、知り合いにも遭遇していないし、順調に進んでいる。これならば、出かけてよかった、と思える。


 そんなことを考えながら、僕は、時計を確認する。


 気がつけば、時刻は十四時――。お昼の時間をすっかり過ぎていた。


「お腹が空きましたね」


 渋谷さんがひとことぽつりと呟いた。


「そうだね。フードコート行こうか」


 僕がそう言うと、渋谷さんの目が少し輝いた気がした。


「行きましょう!」


 気のせいじゃなかった。


 渋谷さんは少しどころか目の輝きをどんどん強めている。


 ――ファストフードというか、チェーン店のご飯を食べたことないのか。


 本当にお嬢様なのだな、と改めて驚かされる。同時にそんな大事に育てられたお嬢様な渋谷さんの許嫁が僕なんかでいいのだろうか。ここまで固執されるわけがわからない。


 そう、思わされてしまう。


 ――まさか、本当に前世の婚約者だったり……?


 いや、ありえないか。


 そんなSFとかファンタジーじみた話が現実に起きるわけない。こんなことを信じてしまいそうになるなんていよいよ僕もどうかしている。


 昨日から信じられないことばかりが続いていて疲れているのだろう。


 あれこれと考えながら歩くこと数分で、すぐにフードコートに着いた。


 さすが土曜日というべきか、もうお昼の時間は過ぎたのに、席がまばらにしか空いていなかった。


 ――席を取っておくから、好きなの買ってきていいよ。


 そう言おうと、思った瞬間――。


 僕は、周囲の男性達がチラチラと渋谷さんのことを見ていることに気がついた。


 前世の婚約者だ、とかストーカーじみたことを言ったりしている点に目を瞑れば、非の打ち所がない美少女だ。本当に可愛いと思う。そんなテレビとかSNSの有名人にも負けない美少女がこんな片田舎のショッピングモールに現れたら、視線を集めるのは当然だろう。


 主に男性からの熱い視線を全く気にした様子もなく、ニコニコとしている渋谷さん。全く危機感がない。


 渋谷さんがナンパされてしまうかも、と警戒してしまうのは、僕のアニメとかドラマの見すぎだろうか。


 ――絶対、そうだよな……。


 そんな気がしてしまうが、一度心配し始めてしまったら、無視することなどできなかった。


「混んでいるし、はぐれたらいけないから、一緒にご飯買ったら席を探そう」


 僕は、荷物を持っていない方の手で渋谷さんの手を引いて歩き始めた。


「え、あ、はい……? でも、こういうときは先に席を取って、片方ずつ買いに行く方がいいのではないのですか……?」


 渋谷さんが困惑した声で言う。振り返って彼女を見ると、心なしか彼女の頬がほんのり色づいて見えた。


 ああ、僕が渋谷さんの手に触れているからか。


 渋谷さんが少し気恥ずかしそうに目を伏せている様子を見て僕は、気づく。


 まあ、こうすれば、余程の勇者じゃない限り彼女に話かけようなんて人は現れないだろう。きっと一番効果的な策だ。


 知り合いに見られたくないとか言っていたのに、矛盾している気がしてならない。が、渋谷さんにもしものことがあったら、母さんにも死ぬほど怒られそうだし、これも自分のためだ。あのもう既に自分の娘同然に可愛がっている様子を見るに、それくらいのことはしてくるだろう。それに、目の前で女の子が嫌な思いをする前に予防線を張るのは普通のことだと思う。


 言い訳がましいが、あれこれと理由を並べ、僕はそのまま渋谷さんの手を引いて歩き続ける。


「うーん……。まあ、先に席取るの禁止みたいだから。ほら、何食べたい……?」


 そんなルール、おそらくないが、咄嗟に思いついた言い訳を僕は並べる。


 渋谷さんがナンパされそうで心配だったから――。なんて、気恥ずかしくてとても言えなかった。というか、そんなこと言ったら、絶対勘違いされる。


「そうでしたか……。では、何を食べるか少し悩んでもいいですか……?」


「もちろん……!」


 お嬢様、ありがとう……。


 無知につけこむような気がして少し罪悪感があるが、今回ばかりは、目を瞑っていただきたい。


 それから、数分程フードコートを回って、渋谷さんが選んだのは某有名ハンバーガーチェーン店。正直、駅前とかにもあるし、わざわざここじゃなくても、と思った。しかし、ぐるっとフードコートを一周した上で、渋谷さんがここがいいと言うのだから、止める理由はない。


「これ、すごくおいしいです……!」


 目を丸くしてハンバーガーを食べる渋谷さん。


 なんだかそんな彼女を見ていると、微笑ましい気持ちになってくる。まあ、渋谷さんがやばそうな女の子であることには変わりないのだけども。


 人間、そう簡単に認識を改めることなどできない。


 まあ、でも――。


 なんだかんだ自分もこのデートを楽しんでいるような気がする。少なくとも退屈には思っていないな……。


 そう、渋谷さんの笑顔を見て僕は、思った――。

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