第4話 付かず離れずの二人 1



 午前の講習が終わり、リースは自席で教材を片付けるロロベリアの元へと歩み寄る。


「今日も行く?」

「もちろん」

「ならわたしも」


 簡潔なやり取りで二人は教室を出る。

 向かうのは講師舎近く、アヤトが切り盛りする学食だ。

 初日に決意を固めてからというものロロベリアは毎日のように利用し、リースが付き合っていた。


「無理しなくてもいいのに」

「無理してない」


 視線も向けずに否定するリースは明らかに不機嫌。普段から無表情な彼女だが実のところ感情の変化が素直に現れるのでわかりやすい。

 そもそもリースは食べることが好きなので食事になると機嫌が良くなるのにこうなるのには理由がある。


「食べ物に罪はない。例えあの男が作ったものでも」

「それを無理っていうのだけど」


 堂々と公言するようにリースはアヤトを快く思っていない。対しロロベリアはそのアヤトに用があるので付き合わせている形。

 リースが別の学食を利用しても構わないのだが毎日のように付き合ってくれる。

 どうせ食事をするなら気分よく食す方が美味しいに決まっているのでロロベリアは申し訳なく思う。


「気にしなくていい。性格は悪くとも味はいいから」

「……ならいいけど」


 本人がそこまで言うならこれ以上拒むのも逆に失礼と苦笑を返す。それに性格はさておいてアヤトの料理は本当に美味しい。


「また増えてる」

「みたいね」


 その証拠に初めて来た時は閑古鳥状態の学食も今はそれなりに席が埋まっている。

 常連のユース曰く早くて安いだけがウリの学食も、アヤトが来て以来美味いが付け加わったことでメニューの選べない不便さがありながらも少しずつ客足が増えていた。

 赴してわずか五日でこの成果。尊敬するもロロベリアの表情は少し硬く、いつものように客足が途絶えるのを待ってから席取りをリースに任せて一人でカウンターに。

 少しでもアヤトと接点を持ちたいので会話をするなら暇なタイミングが望ましいと遅らせているのだが。


「ランチ二人分、いいかしら」

「あいよ」


 緊張気味に二人分の硬貨を置くロロベリアに対するアヤトの反応は素っ気なく。


「上がりだ。持っていけ」

「ありがとう。あの……まだあなた一人で働いているの? 大変そうね」

「それが、お前に関係あるのか」

「ない……けど」

「飯が冷める。さっさと食え」

「……ええ」


 積極的に話題を振っても冷たく返されたロロベリアはトレイを手にテーブルへ。


「今日も美味しそう」


 トレイにのる蒸した肉と野菜を挟んだブレッドにスライスしたカボチャを油で揚げた料理は香辛料の香りも漂い食欲をそそるが、ロロベリアの表情は言葉とは裏腹に優れない。

 少しでもアヤトを知り、自身を知って欲しくて通い続けても、会話の時間を捻出しても先ほどのように袖振り状態と成果はない。仕事中と割り切っても彼の態度は冷たい。


「落ち込む必要はない。あいつは誰に対しても偉そうで愛想がない。だから新しい同僚が見つからないと愚弟が言っていた」


 視線を伏せていたロロベリアの心を見透かすように、向かいでブレッドをほおぼるリースが言葉をかける。


「気持ちはわかる。わたしもあんな男と一緒に働くのはごめん。ただ職務にはまじめで実績もあげてるから学院側も黙認してるみたい」

「……どうしてユースさんがそんなことを知ってるの」

「愚弟はあの男に興味があるみたいで調べてる」

「…………」

「どうせマヤ=カルヴァシアが可愛いくてお近づきになろうとしてるだけ」


 だから気にしなくていい、とリースは黙々とブレッドを頬張る。

 自分の為にと予想していたロロベリアもあり得そうだと笑ってしまった。


「すごい行動力」

「ただのバカ。それよりもロロにしては珍しく大人しい。もっと強引にいくと思ってた」

「私ってそんなに強引かな?」

「少なくともわたしにはそうだった。だから意外」


 それが何を指しているか察してロロベリアの頬が紅く染まる。

 今では親友同士の二人。しかし出会った頃のリースはロロベリアを嫌っていた。

 嫌われていると実感していたロロベリアが交流を深めるため、互いを知るためにとリースへ提案したのが決闘だったのだが、今にして思えば強引以外のなんでもない。


「わたしとしてはロロとあの男が仲良くなるのは反対。偉そうでむかつくから」


 懐かしむロロベリアに食べかけのブレッドを皿に置き、リースは真っ直ぐ視線を向けた。


「そもそもロロがあの男に拘るのかわからない。あの男はクロさんじゃない。万が一クロさんでも、ロロが話してくれたクロさんとは全然違う。だから無視すればいい……けど」

「けど?」

「……ロロの勘は侮れない。わたしと良き友人関係になれそうだからと強引な決闘を持ち込んで、その通りになった。ならあの男がクロさんだろうと、たとえ違っても仲良くはなれるとは思う。わたしの次くらいには」


 口下手の友が珍しく一生懸命に喋り、励ましてくれる。


「だから応援はしてる。がんばれ」


 背中を押してくれる。それはロロベリアにとって何よりの力になった。


「ありがとう……リース」

「お礼はいい。本音はあの男を知ってロロがさっさと無視するのを期待してるだけ」


 これも本音だろうとロロベリアは苦笑。

 ただリースはロロベリアの直感を疑わず、アヤトがクロだと信じてくれているようだ。

 ならばロロベリアがまず自身の気持ちを信じるべき。

 指摘されたように思い返せば消極的だ。知られることでアヤトに嫌われてしまう可能性、もしかしたら別人との可能性。そんな弱い心がどこかに残っていた。

 もっとも信頼する親友が強引なのもロロベリアだと言っているなら、それも含めた全てを知ってもらわなければこの行為に意味はない。


「食事、その量で足りる?」

「足りない。あと三人前は欲しい」

「それは食べ過ぎ。お腹五分目にしておきなさい」


 トレイごと料理を押し出したロロベリアは立ち上がり、意図を察してリースはごちそうさまと差し出された料理に手を伸ばした。


「ランチの追加をお願い」

「あん?」


 再びカウンターに硬貨を置くロロベリアに洗い物をしていたアヤトは眉根をひそめる。


「一人前では足りないとリースが」


 背後のテーブルで黙々とブレッドを頬張るリースを指さし微笑むロロベリアに理解したアヤトはため息一つ。


「足りないのなら最初にまとめて注文しろ」

「何が出てくるかわからないもの。出来れば今後は張り紙をしてほしいわ」

「……だな。他に、苦情があれば聞くが?」


 予想外にもアヤトから話題を振られてロロベリアは躊躇するも、すぐに表情を綻ばせる。

 彼は職務にまじめ、ならお客の意見を聞いて参考にするつもりだろう。


「そうね……料金次第で量を増やせれば便利かな。ああ見えてリースは食欲旺盛なの。あとは、やはりこちらがメニューを選べると嬉しい」

「量の調整は構わんが、メニュー増加は現状無理だ。さすがに俺一人では回らんし、資金がねぇ。つーか選びたいなら他の学食へ行け」

「あなたの料理を食べた後では、他へ行く気分になれないの」

「世辞はいい。少し待て」

「え? あの……お金」


 カウンターに硬貨を放置したまま背を向けられロロベリアは呼び止める。


「貴重な苦情をもらった礼だ。おごってやる」

「…………」


 だが振り返ったアヤトの提案に唖然。


「なんだ」

「……もしかして今後も貴重な苦情を言えば、ご馳走してもらえるのかなって」

「その下心を口にしなければ、可能性はあったかもな」

「それは失敗」


 互いに苦笑を交わしアヤトは厨房へ。

 予想外の申し出につい調子に乗ってしまったがロロベリアは満足だった。

 やはり思い切ってみるものだ。

 少しだけアヤトを知れた。ちゃんとお礼を言える人は、少なくとも良い人だ。


「上がりだ。残すなよ」

「ありがとう」


 これまで通り素っ気ない態度で渡されたトレイをロロベリアは笑顔で受け取りテーブルに付くと、様子を見守っていたリースが早速問いかける。


「まともに会話してたから驚いた。なにがあったの?」

「色々と。彼ってリースに似てるわ」

「……侮辱された」

「褒め言葉よ」


 ふて腐れるリースに笑いかけロロベリアは手を合わせた。



 ◇



 まともな会話が出来たからといって、いきなり距離が縮まることは当然なかった。

 しかし翌日、学食へ行けばロロベリアが意見したようにその日のメニューが張り出されていて、また料金次第で量を増やしたり減らしたりも可能になった。


『口先だけってのは嫌いでな』


 注文の際、そこに触れると素っ気なくも苦笑交じりに返してくれた。それに張り紙の字が綺麗でアヤトは料理だけでなく字も上手と知った。

 ただ融通の利かないところもあり、仕事中は仕事外の話には冷たくあしらわれてしまう。

 それでも少しずつアヤトを知れることがロロベリアは嬉しかった。


 だが数日後、二人の関係は劇的に変化することになる。



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