第3話 悪役アビロス、聖女に会う

「本日は、お招き頂きありがとうございます」


 屋敷の玄関で、スッと頭を下げる美少女。


 ステラ・メイトリアス―――

 俺が転生したゲーム「ブレイブパーティー(ブレパ)」のメインヒロイン。


 透き通るような銀髪に白い肌。そして青い瞳に清楚な佇まい。小さいながらもちゃんと法衣を着ている。

 たしか、俺と同い年設定のはず。

 10歳にしては大きめな2つの膨らみ、タユンポヨンとまではいかないにしてもすでにタユポヨぐらいはある。


「おお、ステラ嬢! よく来てくれた!」

「まあ、ステラちゃん~~いつみてもかわいいわぁ~」


 父と母の歓迎の言葉に、恭しくお辞儀するステラ。


 なぜそのメインヒロインであるステラがこの屋敷に来ているのか?

 俺は、脳みそをフル回転して自身のゲーム知識を呼び覚ます。



「では、まずは祝福を――――――」



 そう言うとステラの体が神々しく輝きだして、やがてその光は屋敷全体を包み込んだ。


 あ―――そうだ! 思い出したぞ。


 ステラは4大貴族の1つメイトリアス家の娘である。

 たしかゲームでは、10歳で女神の天啓がおりて聖女として認定されたはずだ。つまりちょうど聖女になったばかりってことだ。


 聖女が使う祝福とは、その家に繁栄をもたらす貴重な祈りとされている。実の効果はよくわからんけど。

 だから、王家とそれを支える他の3大貴族へ、「祝福」をしてまわっているということである。聖女になりましたよ報告とともに。


 そしてステラの光が消えていき、屋敷は再びいつもの風景に戻った。


「では、私はこれで―――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「いえ、長居してはご迷惑でしょうし」


 踵を返そうとするステラの前に、慌てて立ちふさがる父と母。

 それを突破しようとするステラ。


 あ~~なるほど……


 人に招かれて、玄関でいきなりメインイベントぶっ放っして、速攻で帰るだろうか。

「祝福」をやるにしても、普通はもっと歓談なり歓迎を受けてからやるだろう。そもそもお茶会なるものも予定されていたのでは? とすればその後の予定が詰まっているとも思えない。


 つまり、ステラは早く帰りたいのだ。


 その理由はここにいる。


 そう、悪役貴族アビロスこと俺である。


 4大貴族の令嬢というからには、俺も過去にステラと何回か会っているはずだ。俺も4大貴族なのだから。

 悪役アビロスは、そこで色々やらかしている。


 ヤバイ、すっかり忘れていた―――

 だってこんなシーンは原作には描かれておらず、ステラの過去回想シーンかなんかでちょろっと語られるだけだ。


 などと色々思考を巡らせている間に、両親がステラを強引に部屋へグイグイ押していく。

 聖女は現世で1人しか現れないとされている。なのでどの貴族も良好な関係を築こうとする。


 両親にもそのような思惑もあるのだろうが、ゲーム設定上、アビロスはステラが大のお気に入りだ。

 2人ともそれを知っているので、なんとしてもお茶会に持ち込もうとしているのだろう。


 まあ気持ちは嬉しいが、ステラにとっては間違いなくマイナス評価が加算されているな。


「アビロスちゃ~ん、早くいらっしゃ~い!」


 母上が満面の笑みで俺を手招きしている。


 想定外の接触だ……さて、ここをどう対処するか―――


 俺にヘイトが溜まらず、かつ世界が無事にメインイベントを乗り越えるルート。

 ―――それはここで多少の評価回復をしつつ、その後のステラとは距離をとる! 


 よしこれだ!




 ◇◇◇




 ゴクゴクゴク~~


 うわぁ~この紅茶うまい!


 よく考えたら前世で紅茶なんてそこまで飲まなかった気がする。

 こういうお貴族様なシチュエーションで飲むと、なんだか紅茶の香りとか色々気が付く点が多いぞ。


 破滅回避後は、色んな紅茶を飲むのもありだなぁ。


「アビロスさま」


 メイドが僕の紅茶のおかわりを入れてくれる。


「うん、ありがとう。この紅茶美味しいね。あとこの焼き菓子も最高だな」


 サクサクモグモグ~うまぁ~~。


 ちなみにこの部屋には、俺とメイドさんの2人しかいないわけじゃない。


 向かいに聖女様がちゃ~んと座っている。終始無言だが……

 父上と母上はすぐに出て行った。「アビロスちゃん、がんば!」とか貴族らしからぬこと言って。


 聖女ステラ、本作のメインヒロイン。


 にしても……本物に会えるとはなぁ。まだ10歳だが、すでに超絶美少女の片鱗が備わっているぞ。

 ゲームパッケージ版の表紙中央にバ~ンと陣取る人気ナンバーワンキャラだ。ゲームの売り上げに一役買っているといえよう。


 ―――っと。


 いかん、ステラが警戒した目つきで俺を見ている。

 ジロジロと見ていたのか俺。


「あら? 私の顔になにかついていますか?」

「ええ! ドキっ! いや、その……こ、この紅茶美味しいぞ!」

「それ、さっきも言いましたよ」


「「………」」


 なんだよこれ、まったく言葉のキャッチボールが成り立っていない。気まずすぎるぜ。


 スッと紅茶を口に運ぶステラ。

 10歳なのにさまになっているから凄い。


 ブレパは好きな仲間を集めて楽しむゲームだが、何名かの固定キャラがいる。その一人がステラなのだ。まあメインヒロインだし当然と言えば当然である。


 ちなみにゲーム主人公は、聖女とキスをすることで真の力が解放される。

 これは「聖女の口づけ」といわれており、このゲーム世界でも周知の事実である。つまりステラが選んだ相手は何かしらの恩恵を受けるという設定だ。


 この真の力が解放されないと、魔王討伐や厄災回避ができない。

 ようするに本筋のストーリーは、ちゃんと進行してくれないとマズいのだ。アビロスの破滅回避に成功しても、世界が破滅したら元も子もない。


「では……そろそろ私はお暇しますね」


 そう言って立ち上がろうとするステラ。


 マズイ、このままだと俺の評価が一切回復しないまま終わってしまう。

 もちろん、この後ステラにちょっかいを出さなければ、破滅回避となるやもしれんが……ゲームストーリーがそうはさせないかもしれない。



 ―――とにかく今までのことを謝ろう。



 誠意を見せるしかない。



「ステラ、ちょっと待ってくれ。君に伝えたいことがあるんだ」


「……はい、なんですか?」



『ゲヘヘへ~、こんな上物帰すかよぉ~おまえは俺のものだぜぇえ、ゲヘへ~』


 あろうことか、ここでクソセリフだと……


 おい、元悪役アビロスよ。



 ――――――なにしてくれてんだ!!



 マズイぞ、ここで元悪役アビロスの声が出るとは。

 相も変わらずのゲス発言だ。


「なるほど、私はあなたのものですか?」

「えと、違うんだステラ。俺は今までのことを謝罪したくて」

「謝罪ですか? あなたが謝ることなどできるのですか?」



 できるとも、アビロスは変わったのだから。



「―――ステラ、すまなかった! 今までのことを謝罪するとともに、二度としないと約束します!」


 俺は頭を下げた、もはや元悪役アビロスの言動で評価は地に落ちた状態だろうが。

 少しでもこいつ変わったか? と感じてもらえればいい。


 周りでザワザワと人の気配がする。

 だが人に聞かれていようが関係ない。


 これは新しいアビロスになるという俺の宣言だ。


「ちょっと……もういいですから。頭をあげてくださいアビロス」


 ステラは困ったような顔をして、俺に声をかけてくれた。


 許されたわけではないが、とにかく謝れた。

 地道な作業だが、こういうことの積み重ねでしか信用は勝ちえないと思う。



 そういえば……最後は俺の名前を呼んでくれたな。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る