第5話 夜景

 タワーマンションの30階から見える夜景は、ビルや街路灯の明かりが街を照らし街全体が宝石のように輝いており、いつまでも見ていられるほど綺麗だ。


 デザイナーというクリエイティブな仕事で、仕事中は頭をフル回転させているので、何も考えずボーっとする時間も必要だ。

 

「恵梨香もワイン飲む?」


 お風呂上りバスローブ姿の社長がワイン片手に聞いてきた。

 私がうなずくのを見て、彼女は真っ赤なワインをグラスに注いでくれた。

 ソファでくつろいでいる私の隣に座ると、赤いワインとは対照的に白く美しい手でグラスを渡してくれた。


「乾杯。今週も一週間疲れたね」


 グラスを軽く回してワインの香りを嗅ぎ、そして目の位置までグラスを上げてワインの色を見た。ワインは味だけではなく嗅覚や視覚でも楽しむもの、社長から教えてもらったことだった。


「社長、このワイン美味しいです」

「社長はやめてよ。せっかく二人きりなんだから」

「晴美さん、ありがとう」


 下の名前で呼ばれて嬉しがる彼女は、私の肩に手を回してきた。肩が触れ合うほど距離が縮まり、お風呂上がりの彼女からはシャンプーの良い匂いが漂ってきた。


 夜景を見ながらワインを楽しもう。そう思って、ワイングラスを窓側に向けたとき、思わず笑みがこぼれてしまった。


「どうしたの、急に思い出し笑いなんてして」

「いや、奨吾の今日の下着、ワインレッドだったなと思って」


 斎藤さんに新しい下着を買ってくるように言われた奨吾は、今日ワインレッドの下着を履いていた。斎藤さんによると、昨日は紫、一昨日は黒だったらしい。

 どれも奨吾と付き合っていたころの、私の勝負下着の色と同じだ。

 単なる偶然かもしれないが、彼の潜在意識に残っていたのかもしれない。


「恵梨香が頼むから雇ってあげたけど、意外と役に立つね」

「ええ、みんなのストレス解消のためのサンドバックとしては最高でしょ。井上さんも奨吾が来てから肌の調子いいって言ってましたよ」

「払っている給料は安くないけど、会社の福利厚生と考えれば安いもんね」


 彼女はワインを飲み干すと、お代わりを入れるためソファから立ち上がりテーブルに置いてあるワイングラスを手に取った。

「でも、こんなに虐められても逃げ出さないなんて、不思議。勝手に逃げ出したら違約金って言ってるけど法的根拠はないし、井上さんたちやっていることあきらかにパワハラだから訴えようと思ったら訴えられるのに」

「あいつバカだからそんなところまで、頭が回らないんですよ。それに、マインドコントロールして逃げ出さないようにしてますし」


 おかわりを入れたワイングラス片手に彼女は戻ってきた。


「みんなに怒られた後、こっそり慰めてるんですよ。『みんな奨吾のためを思ってやってる』『厳しくするのは愛情の裏返しだから』って言うと、信じてるみたい」

「9割の恐怖と1割のやさしさ。マインドコントロールの基本ね」

「馬鹿で素直だから、私の言うこと全部信じてるんですよ」


 彼女は呆れた顔でワインを飲み、私も半分ほどになったワインを一気に飲み干した。


「今度買い物一緒に行くんでしょ」

「はい」

「デートなの?ひょっとして、ヨリをもどすとか?」

「まさか。そんな訳ないですよ。高い服とか化粧品、あいつのカードで買いまくって、カード破産に陥れます」

「わかってるじゃない」


 彼女は私の頭を撫でてくれた。心地よい刺激が体中を駆け巡った。


「あら、グラスが空。お代わりいる?」

「お願いします」


 彼女はワイングラスをとりに立ち上がるかと思ったら、自分のワインを口に含んだ。

 グラスを置いた手で私の顔を包むと、そっと唇を重ね合わせた。

 彼女の体温で温まったワインが口の中に入ってきた。

 そのワインを飲みこむと、そのまま体を彼女にゆだねた。




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