7

 大久保公園ではちょうど「肉肉うまいものグランプリ」というイベントが開催されていた。

 イベントが開催されている間は閉園時間がいつもの十八時から二十一時まで伸びる。いつか現れるか分からない人物を待つのに、これは好都合だった。

 ハイジアが見渡せる場所にちょうどよくあった飲食用テーブルに私と常田は陣取った。

「そういえばお昼ご飯食べてなかったですね。ちょうどいいんでここで食べますか?」

 常田が少し申し訳なさそうにそう言った。気が張っていたので気づかなかったが、確かにお腹は減っていた。

 様々な飲食店が多種多様の肉料理をテントで販売している。

「あっ、じゃあ私買ってきますよ。何がいいですか?」

「お腹にたまれば何でもいいですよ。草間さんが食べたいものと同じもので大丈夫です。お願いしていいですか?」

「分かりました」


 ケバブ、肉巻きおにぎり、ステーキ串。色んな料理があって少し迷ったが焼肉丼にした。それとペットボトルのお茶を買って、私は常田の所へ戻った。

「うわ美味しそうですね。ありがとうございます。いただきます」

 割り箸を割って手を合わせると常田は焼肉丼を食べ始めた。勢いがいい。

「美味しいですねこれ。草間さんセンスいい」

 一番無難な所を選んだだけなので褒めすぎだ。

「センスがいいと言えば、草間さん聞き込みのセンスもいいですよ。ホストクラブでのミズキと友達の関係性について聞いたのは鋭いと思いました」

 苦し紛れに出た質問だったとは今さら言えない。ありがとうございますとだけ私は返した。常田は続ける。

「ミズキと友達の関係性次第では、その友達が犯行の協力をしているっていう可能性がありますから」

 なるほど。あの質問をした後、常田が私の方を見て微笑んだ意味が分かった気がした。

「考えてみてください。ミズキは小さく華奢な女です。ひとりで百八十センチ近くもある男をナイフだけで殺せますかね?抵抗されて未遂に終わる可能性も高いと思いませんか?」

 リョウマがそんなに大きな男だとは知らなかった。確かに女一人で殺害するのは大変な作業かもしれない。

「だから僕は協力者がいる可能性も視野に入れてます。今探してる友達が協力者の可能性もです」

 常田の話しに聞き入って、気づいたら焼肉丼にほとんど手をつけていなかった。

「すいません。話しすぎました。冷めないうちに食べてください」

 そう常田に促されて焼肉を口に運んだ。脂っこく私の胃ではもたれそうだ。

 今から探して話しを聞こうとしている女の子がもしかしたら協力者かもしれない。そう考えると今から私がやろうとしていることの責任の重さを痛感させられた気がした。

 通りの方を私は見た。まだそれらしい女の子は来ていない。


「草間さんご家族は?」

 焼肉丼を食べ終わった常田が聞いてきた。

 私には同じ歳の夫と二十九歳になる息子が一人いる。夫も警察官だった。五十歳手前で警察官はやめて今は警備会社に勤めている。息子は普通の一般企業に勤めるサラリーマンだ。

 夫とは警察学校で知り合って結婚した。夫は警察官時代は都内の警察署を転々としながら主に、地域課や交通安全課に勤務していた。

 息子は特に問題も起こさず、すくすく良い子に育ってくれた。今は家を出て一人暮らしをしている。

 取り立てて特別な事は何もない、ごく普通の家庭である。家族仲は良い方だと思う。夫との関係も良好だ。

 路上売春をする女の子たちと面談する中で、この「取り立てて特別な事は何もないごく普通の家庭」という物を築けたことが、とても素晴らしい事なのだと気づいた。

 路上売春をする女の子たちの生い立ちや家庭環境は様々だが、親から虐待を受けていたり、満足な生育環境を与えられなかったという子が少なくないからだ。

 もちろん、どうしてあなたが?と言いたくなるような、普通に幸せな家庭に育って、一般企業にちゃんと一旦は就職したような子がホストにはまり路上売春に手を染めるというケースもあるのでひと括りには出来ないのだが。

 ミズキの生い立ちや生育環境はどうだっただろう?

 殺人という極端な選択をする前に助けられなかった事が本当に悔やまれる。


「常田さんは?結婚はまだ?」

 私は一通り家族の事を話すと逆に聞いてみた。

「ずっと付き合ってる彼女がいます。でもこの仕事は危険がつきまとうし、いつどうなるか分からないじゃないですか。だから僕も彼女も踏ん切りつかなくて」

 常田はお茶を一口飲むと寂しげにそう言った。

「別にいまどき結婚って形にこだわらなくてもいいんじゃない?そんな時代じゃないでしょ。結婚ってどっちかが苗字変えなくちゃいけないでしょ?何その制度って感じ。それで苗字変えるのは女のほうばっかり。不公平よ。同性同士のカップルで、結婚したくても出来ないって人もいるわよ。だから一概には言えないんだけどさ」

「そうですよね!なんか元気でました!」

 常田が精一杯おどけながらそう言った。

「いやいや。結婚するかどうかは常田さんと彼女が決めることだし、そこは二人の意思を尊重するよ!いやだなぁ。ファミだなんだってまた馬鹿にされちゃう」

 私が自嘲気味に笑いながらそう言うと、常田が少し間を置いて言った。

「草間さんみたいな考えの人は絶対にこの世に必要です。フェミだなんだ馬鹿にされても自分の考えは曲げずに頑張ってください」

 私は常田のその言葉に思いがけず感動してしまった。もしかしたらただ気を使ってそう言ってくれただけかもしれない。それでも自分の中で奮起するような気持ちが沸き上がってくるのを感じた。

 頑張るぞ。素直にそう思っている自分がいた。


 その後、雑談を続けながら通りを監視していると、ハイジアの駐車場出口横の植え込み前に一人の女が立った。辺りは少し薄暗くなってきていた。

 ジーンズに、ここからはレザーかどうかは分からないが黒いジャケットを着ている。髪は肩のところより少し伸びているがおおよそナオミやカイシュウ、トシミチが言っていたのに近い。

 そして、女はハンドバッグから煙草を取り出し火をつけた。

 私と常田は顔を見合わせた。路上喫煙女が現れたのだ。

「また僕が上手いこと言って連れてくるんで草間さんはここで待っててください」

 常田が立ち上がり急いで女の所へ向かった。

 

 常田は女の横に立った。女は煙草を投げ捨てた。常田が女に話しかけているのが見える。その様子を眺めていると、私は女の足元に違和感を持った。

 何かが女の足にまとわりついている。なぜかぼやけていて、はっきりとそれが何なのか確認できない。

 よく目を凝らす。

 私はぞっとした。女の足元にまとわりついていたのは小さな女の子だった。事件現場のホテルで見た幽霊に似ている気がした。女も常田もその女の子には気づいていない。

 話が纏まったのか、常田と女がこちらに向かって歩いて来る。公園の入り口に差し掛かった所で、私は女の足元を確認した。小さな女の子らしきものは消えて無くなっていた。私は錯覚だと自分に言い聞かせて、平静を保った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る