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「はい!小田さんありがとうございました!いやぁ、現物が目の前にあるとお話がよりリアルに感じられて怖さが倍増しますね!」

 重い空気を必死で掻き消すかのように犬神が明るい声で俺のターンを終わらせた。

「やっぱり秀子さんが凶行に走ってしまったのは、ぬいぐるみの呪いの力だったんですかねぇ」

 犬神は俺が言い忘れたことを補足するかのように質問を投げかけてきた。

「もしかしたら娘さんの怨念みたいな物が宿っているのかもしれませんね」

「そんな気がしますね。では続いて馬飼先生、お話の方よろしくお願いします……」


 ひとまず終わった。手応えありだ。

 俺の話を受けて、馬飼先生は当初話す予定だった怪談から変更して、呪物にまつわる怪談を話し始めた。

 自分がこのイベントの流れとムードを作ったといっていい。トップバッターとして最高の仕事ができたと思う。観客の俺を見る目も少し変わったような気がする。

 なんともいえない幸福感で心は満たされていった。


 その後、白椿さん、犬神が怪談を披露し、それぞれのターンが一巡すると、今度はフリートークのコーナーに移った。そこでも話題の中心は呪物だった。

「呪物の現物を見せながら、そのいわくを語る。なんというか新時代の実話怪談という気がするね」

 馬飼先生が目を細め顎をさすりながら感心したようにそう言った。

「映画に4DXっていう上映方式があるじゃない?風が吹いてきたり、座席が揺れたりするやつ。それみたいっていうか。なんだか4DX実話怪談って気がするわ」

 白椿さんから、思いがけない言葉が飛び出してきた。

 飛び上がるほどに嬉しかった。

 怪談作家、怪談師として地位を築きあげている二人からの言葉は重い。自信にもなる。自分の呪物コレクターというスタイルが間違いではないと確信できた。

「小田さんの活躍がこれからも楽しみですね。では、ここら辺で歌舞伎町怪奇祭、お開きにしたいと思います!」

 犬神が締めくくると、会場から割れんばかり拍手が鳴り響いた。約九十分に渡るイベントは終演した。


 終演後、会場の出入口でお客さん達をお見送りすると、沢山の人から好評の言葉を頂いた。

 怖かった。凄かった。全員がそう言ってくれた。さらに、まだユーチューブチャンネルをお気に入り登録していなかったという人が、わざわざスマホでアクセスして、たった今登録したと言ってくれたし、ある人からは小田さんのいる怪談イベントにまた絶対に行くという言葉も頂いた。

 嬉かった。自然と笑みがこぼれる。

 お客さん全員を見送ったあと、隣に立っていた犬神が握手を求めてきた。

「小田さんありがとう!体を張ってくれたおかげで凄く熱い良いイベントになりましたよ。間違いなく今日のMVPは小田さんですよ!」

「犬神さんに誘ってもらったおかげてす。またイベント呼んで下さい」

 犬神には感謝してもしきれない。素直にそう思った。思わず犬神の手を握る力に熱がこもった。


 楽屋を片付け、ライブハウスのスタッフに挨拶を済ませ、もう会場を出ようかという時、ふとぬいぐるみの目を何かで隠した方が良いのではないかと思い至った。

 その事を犬神に話していると、それを聞き付けたライブハウスのスタッフが緑色の養生テープを持ってきてくれた。

 その養生テープをぐるぐると顔に巻き付けて目を隠くす。

「なんだか痛々しい感じになっちゃったわねぇ」

 白椿さんが悲しそうにそう言ってぬいぐるみの頭をさっと撫でた。

「でもこの方が呪物って言う雰囲気は出るね」

 馬飼先生はそう言って苦笑した。

「これで安心ですね。さぁ打ち上げいきましょうか。僕の行きつけの居酒屋でいいですよね?」

 犬神が急かすようにみんなを促した。

 犬神、馬飼先生、白椿さん、そして俺の順番で四人が一列に連なり、狭い階段を昇っていく。

 登りきり外へ出ると歌舞伎町のざわめきが目と耳に飛び込んできた。きらびやかだが下世話な雰囲気は変わらない。それでも何処となく今日の俺にはそれが輝いて見えた。

 そんな感慨に浸りながら周囲を眺めていると、あの女の姿が目に飛び込んできた。

 間違って行ったライブハウスから出て行こうとした時、階段を登った先で出くわした地雷系の女だ。


「お兄さん待ってたよ!イベント終わったんでしょ!熊さんのぬいぐるみ見せてくれるよね?」

 そう言いながら小走りで俺に駆け寄って来た。

 






 

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