第41話 さらばだな、新しい過去。あばよ、違う道の未来

「ここで一緒にやっていかねえか? ここは、お前の家でもあるはずだ」


 ゾールの提案は魅力的だ。だが……。


「ありがたいが、断るよ。俺の家は、もうここじゃない」


「でもよ……」


「これを食べてみろ」


 なおも食い下がるゾールに、俺は独り占めするつもりだった焼き菓子を半分分けてやる。


「いやまあ、めちゃくちゃ美味いけどよ……」


「そうだろう? アリアの特製だ。フラウじゃこうはいかない。俺は……この味が好きなんだ」


 パーティを楽しむアリアたちを見つめる。


 ゾールは小さく諦めの息をつくと、微笑んだ。


「……そうか。そのほうがいいのかもな。お前は、もう俺じゃねえんだもんな。なにせ俺は、そんなシスコンじゃねえし」


「誰がシスコンだ。勘違いするなよ。あいつは、本来の歴史では魔王ゾールの宿敵になるんだ。俺にとっては復讐相手だ。相応しい強さを身につけるまで、面倒を見てやってるだけなんだよ」


 ゾールはにやにやと笑う。


「へー、やっぱり、もう俺じゃねえよ。俺はツンデレでもねえからな」


「人のことを言う前に、お前こそ、そろそろフラウに想いを伝えるべきだ。フラウはお前を弟扱いしてるからな、強引に行かないと異性として見てもらえないぞ」


「なっ、お前! 知ったふうなこと言いやがって」


「知ってるんだよ。俺が自分の気持ちに素直になったときには、もう彼女はいなかった」


「……そうか、そうだったな……」


「後悔しない未来を見せてみろよ。ま、普通に振られる未来もあり得るがな」


「おい」


「それもいい。永遠に失うよりはマシさ」


「……そうだな。ありがとよ、守ってくれて」


「運命の変わったこの先のことは、俺には未知数だ。またなにかあっても、助けてやることはできないかもしれない。大丈夫か?」


「ああ……今回のことで身に沁みたからな。強くなるぜ、お前ほどには無理でも。それでこの地に国を作って、みんなを守ってやるさ」


「ああ、俺にもできたんだ。家族のいるお前なら、俺以上の……最強ではなくても、みんなに愛される最高の魔王になれるさ」


「他のみんなは違っても、俺だけは、お前も家族の一員だと思ってるからな。なにかあったら言えよ。今度は俺が助けてやる」


 返事をしようとすると、背後から大声が聞こえた。


「あー! カイン、なんでそんな離れたところにいるの? こっちおいでよー! グレンくんが焼いたお肉、美味しいよー!」


 振り向くとアリアが楽しそうに手を振っている。


 そして今度は、別の方向からフラウが声を上げる。


「ゾール、こっちに来て! ちょっと相談があるのー!」


 俺たちは顔を見合わせる。


「呼ばれてるな」


「ああ、もう行くか」


 互いに笑みを浮かべる。きっと似ている顔。


「さらばだな、新しい過去。いずれ最高の魔王になるゾールよ」


「あばよ、違う道の未来。優しい少年勇者のカイン・アーネスト」


 俺たちはそれぞれ別の、あるべき場所へ戻っていった。



   ◇



 翌日、俺たちは第6騎士団と共に開拓村を出立した。


 馬に乗って歩いていく途中、俺は思い立ってアリアたちに声をかけた。


「まだちゃんと言っていなかったな。みんな、助けに来てくれて……ありがとう」


 アリアは朗らかに笑う。


「当たり前だよ」


「ですよね、カインくんだもん」


「むしろ、こんな殊勝に礼を言われるとは思わなかったな」


 俺はまずグレンに馬を寄せる。


「悪かったな、グレン。お前は自分の家を嫌っていただろうに、その家を頼らせ、封印してた剣術まで使わせてしまった」


「うお、今度は謝られた? マジでどうしたカイン。らしくねえぞ?」


「俺だってするべきときは礼も謝罪もする。素直に受け取れよ」


「つってもな……正直、お互い様なんだよなぁ。お前、オレがどんだけお前に感謝してるか、知らないだろ」


「……特訓してやったことか?」


「いや、お前が――お前らが、オレをラングラン家の子息としてじゃなくて、ただのグレンとして扱ってくれたことさ。本当に嬉しかったんだぜ、オレ」


「そんなやつは、俺たち以外にもいただろう。べつに俺が最初じゃない」


「気づかせてくれたのはお前だろ。だから、ラングラン家の力を使うのだって惜しくなくなった。そんなことしてもお前らは、オレをちゃんとただのグレンとして見てくれる。そうだろ?」


 グレンは拳をこちらに突き出してきた。


「だからさ、これからもよろしくな、親友」


「恥ずかしいこと言うな」


 言いつつも、俺はその拳に、自分の拳を合わせてやった。


 するとレナが、グレンとは反対側の方向から馬を寄せてきた。


「こうしてると、お屋敷で乗馬の練習してたの思い出すね」


「ああ、レナは馬に乗るのにも苦労してたが、すっかり上手になったな」


「うん。馬も、魔法も、頑張ってこれたのはカインくんのお陰。いつも優しく教えてくれてたから……でも」


 レナは少しだけ上目遣いになる。


「やっぱり、私にばっかり優しいのは寂しいよ? たまには、アリアさんやグレンさんにしてるみたいにツンツンして欲しいな」


「あんなのがいいのか? 自分で言うのもなんだが、あまりいい態度じゃないと思うが」


「だってすっごく楽しそうなんだもん。本当に、仲が良いんだなぁって」


 レナの紅い瞳がまっすぐに俺を射抜く。


「私も、カインくんともっともっと仲良くなりたいから……」


「そーだねー、それはいいと思うよー」


 俺とレナの間に、アリアの馬が割り込んできた。


 なぜか目が据わっている。


「わ、お姉さん……邪魔しに来たの?」


「邪魔なんかしないよー。仲良くなるのはいいことだもん」


 にっこりと笑顔になる。でも気のせいか? 目が笑ってないように見える。


「まー、カインと一番仲良しなのは私だけどー」


 レナは、ぷくー、と頬を膨らませた。


「今はそうでも、その先はわかりませんもん」


「おいおい。知らねえのか、男の友情に勝るものはねえんだぞ」


 そこにグレンまで張り合ってきて、わいわいと騒がしくなる。


 やれやれ……。


「まったく。お前たちといると退屈しないな」


 俺は呆れつつも、心地の良い騒がしさに身を任せるのだった。




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