第35話 なのにお前は、独りだ

 来るなと言ったのに、ゾールたちはもうすぐ背後まで駆けつけてきていた。


 まあ、当時の俺ならそうするだろう。


「やつら、操られているぞ!」


 ゾールたちを横目に声をかける。


「あいつらに魔力の糸が絡まっているのが見えるやつはいるか!?」


 数秒の沈黙ののち、頷いたのはゾールだけだ。


「ぎりぎり、見えるような……」


 やはりその程度か。


 自分よりあまりに高い魔力は、目に魔力を集中しても感知できない。敵の術者と今のゾールたちには、それだけ力の差があるのだ。


「では切断は無理だな。役には立たん。下がってろ!」


「なんだとこのガキ! 糸は切れねえが、それがどうした! こいつらを倒すくらいなら――」


「バカが! ひとりでも死なせたら人間と戦争になるとわからないか!?」


 俺は向かってくる騎士たちの攻撃に対処しながら叫ぶ。


「それが敵の狙いだ! お前らは手を出さず、俺が糸を切ったやつらを救助しろ!」


「だが……」


「いや、今は彼の言う通りにしたほうが良さそうだ」


 なおも食い下がるゾールを、ニルスが抑えてくれる。


「お前が言うなら、まあ……」


「助かる、ニルス」


 呟いてから、俺は騎士たちの中心に身を躍らせた。


 騎士たちを操る魔力の糸は強力だ。切断するには、相応の威力が必要になる。それも糸を見るのに目に魔力を集中しながらだ。


 その上、多数の精鋭の騎士を同時に相手にしなければならない。誰も彼も、学園のクラス選別試験に使われたゴーレム程度なら破壊できる実力だろう。


 幸い、操られているため実力が発揮し切れていないようだが、それでも油断ならない。


 全神経を集中して、すべての攻撃を紙一重で回避。そして隙を見て、ひとりずつ、確実に糸を切る。


「これで……最後だ!」


 最後の騎士の糸を切断。崩れるその体を受け止める。開拓民の仲間に預け、一息つく。


 ゾールたちの様子を確認する。フラウも、ニルスもチコも、みんな傷ひとつなく無事だ。


 本当に、良かった。来た甲斐があった。


 しかし戦いが済んだ今、彼女らが警戒するのは、まず俺だった。


 フラウもチコも、ゾールに見せるような優しい笑顔を、俺に向けはしない。得体の知れないものを見るかのようだ。


 ゾールとニルスが、緊張の面持ちで近づいてくる。


「まずは、助けてくれてありがとうってところなんだろうが……」


「君は何者だ? なにもかも知ってるような口ぶりだったが……」


 ふたりの――特にニルスからの疑いの目が痛い。ニルスはこうやって疑うことで仲間を守ってきた。直感で動くゾールを補ってきてくれた。


 もちろん、こうなることはわかっていた。しかし、親しかった者たちから実際にこんな目を向けられるのは、想像以上に堪える。


「そもそも子供がこんなに強いこと自体が異常なんだ。君の言うことを、どこまで信じていいのか……。それこそ、なにかの策略なんじゃないのか?」


 こういうとき、どうすればいいのかは知っている。


 みんなゾールを信頼している。そのゾールさえ信じてくれれば、みんな、文句を言いながらでも必ず信じてくれる。


「ニルス、あまり質問攻めにしないでくれ。事情はゾールに話す。まずはふたりきりで話をさせてくれ」


「なんで君は、僕たちの名前まで……」


「よせよニルス。ご指名は俺だ。ちょいと行ってくる」


 ゾールはニルスの肩を軽く叩いて、進み出てきた。本人は隠しているつもりだろうが、いつでも戦闘に入れるよう、体のあちこちに魔力を溜めている。


 俺は気にせず、ゾールを連れて開拓民たちから離れる。


「すぐには信じられんだろうが……俺は、未来のお前だ」


 さっそく打ち明けると、ゾールは声を出して笑った。


「冗談が過ぎるぜ! なんで今より若くて、種族まで違ってんだよ。つくなら、もっとマシな嘘をつけって」


「まあ、当然の反応だな」


「それとな、冗談でも俺を名乗るんなら、仲間くらい連れてこい。お前が俺なら、なんで独りなんだよ」


「…………」


 俺が返答せずにいると、ゾールはフラウたちを視線で示した。


「俺は仲間の大切さを知ってる。いつも助けてもらってるからな。俺がなにかしようとすれば、勝手についてきて、勝手に手伝ってくれるくらいだぞ。なのにお前は、独りだ。お前が俺なら、今だって誰かがついてきてるはずだ」


 俺は目を逸らす。南東の方角へ。


「……ラージャ村の、大きな樹の下。故郷を旅立つ前に、フラウとニルスと一緒に箱を埋めたな」


 ゾールは目の色を変えた。


「なんで知ってる。あれは俺たちだけの秘密のはずだ」


「俺がお前だからだ。未来の自分たちに宛てた手紙、内容を話してやろうか?」


 今度はゾールが黙る番だった。


「本来の歴史ではな、ここの開拓民はあの騎士たちに皆殺しにされるんだ。家族同然のフラウやニルス、チコまで……。俺はひとり生き残って……この北の大地に国を興し、魔王となって人間と戦った」


「……みんなが、死ぬ……?」


「俺はそれを止めに来た。お前だって、俺の立場なら、必ず止めに来るはずだ。お前は、俺なんだから」


 ゾールは俺と開拓民たちを交互に見遣った。それから黙って思案し、やがて頷く。


「納得いかねえとこもあるが……否定もしきれねえ。だから今は信じとくぜ」


「ああ、そう言うと思ってたよ。だが俺がお前だということは、みんなには黙っておけよ。ややこしくなるからな」


 そうして俺たちは、みんなのもとへ戻る。


「みんな安心してくれ! 事情は複雑だけどよ、こいつは俺たちの味方だ! っと、そういや名前は?」


「カインだ」


 一歩進み出る。チコは怯えるように、フラウの足元に隠れてしまう。


「カインくん、さっきはありがとう」


 礼を言ってくれるフラウも他人行儀だ。


 気にしてはいけない。


 もとより、ゾールがいるのだ。今の俺が、彼ら家族の輪に入れるわけもない。


 それより……。


「礼はまだ早い。騎士どもを操っていたやつが、まだ残ってる」




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