正史編⑥ 嘘の友達

 ――これは、本来の歴史の物語。



   ◇



 アリアが病床にあるのは、ある生徒が原因だった。


 その女生徒は、アリアと一緒に学期試験対策の特訓がしたいと言い出した。


 学園生活に慣れてきたことや、エミリーが一般教養を教えてくれたことで、放浪生活とは違い、警戒心と猜疑心で身を守らなくてもいいのだと、アリアは認識を改めつつあった。


 そんな折に、初めて学園で友達ができるかもしれなかった。


 エミリーに距離を置かれていたアリアにとって、その申し出は本当に嬉しかった。以前のように感情を表に出すのはまだ怖かったが、それでも人と関わりたかった。


 本来のアリア自身を、優しき日々を、取り戻していけるかもしれない。


 そこにあるのが、善意や好意であったなら……。


 特訓の初日、その女子生徒は馴れ馴れしく言ってきた。


「模擬戦の相手をお願いしたいの。私は魔法使うけど、いいよね?」


「うん。いいよ」


「あと、アリアさん、強すぎるから手加減して欲しいの。お願い」


「いいよ。手加減するね」


 実力差は明らかだ。初めからそうするつもりだった。


 アリアはすべての攻撃を寸止めで相手をしてやった。


 一方、相手は水や冷気を操る魔法の使い手で、容赦なく連発してくる。動きも相手の実力に合わせていたので、何発か直撃を食らうこともあった。


 ダメージなど無きに等しかったが、制服はびしょ濡れだった。そこに冷気の魔法で、体温をひどく奪われる。


「ちょっと待って。寒い。着替えさせて」


「まだまだ始まったばかりでしょ。もっと頑張ろうよ!」


 継続を強く希望され、アリアは断れなくなった。


 制服の一部が凍りつくほどの寒さの中、寮の門限まで付き合ったのである。


「ありがとう、アリアさん! また明日もお願いね!」


「う、うん……。また明日……」


 アリアは寒さでぶるぶると震え、唇も紫色になっていた。


 その様子を、訓練場にいた他の女生徒はくすくすと笑って見ていた。


 なにがおかしいのだろう? アリアにはわからない。


 けれど、以前の生活では、弟や友達との交流を見て、周りのみんなもよく笑ってくれていた。きっと、それと同じなのだと思う。


 笑い方が違うのは、きっと貴族だからだ。ああいう笑い方が、上品なのかもしれない。


 もっと仲良くできれば、きっと、もっと近くで、一緒に笑い合える。


 エミリーだけは笑わず、つらそうな顔をしていたのが気になったけれど……。


 アリアひとりだけが凍える特訓は、何日も続いた。次第にアリアの体調は悪くなっていった。


「試験はもうすぐなんだよ。休んでる時間なんてないよ!」


 そう言われては、アリアも休むわけにはいかなかった。実力差がありすぎて、アリアにはまったく学ぶところのない特訓であったとしても。


 向上心のある友達のためなら、少しくらい無理をしていい。


 けれど、いよいよ試験の前日。


「きゃー、アリアさんが倒れちゃったあ~。誰かぁ、助けてくださぁーい」


 そうしてアリアは、寮に運び込まれて今に至る。


 悪夢の中でも、今このときも、ひとりぼっち。


 つらくて、心細くて、不安で不安で、たまらない。


 けれど、きっと治れば違う。


 一緒にいてくれた友達がきっと待ってる。一緒に試験を受けるのだ。もう、ひとりぼっちではなくなるのだから。


 アリアはそれを支えに回復に専念し、翌朝には復調した。


 だが試験当日の朝、アリアの復帰を目の当たりにしたその女子生徒は、舌打ちをした。


「なに、もう治ったの。回復力まで化物並みなのね」


 その声色に、今までの友好的な雰囲気はなかった。


 そこにあったのは、これまで学園内で散々向けられてきた悪意だった。


「試験休めばよかったのに。そしたらあなた無しで気分よく挑めたのに」


 アリアはすぐには信じられなかったが、本人の言葉もあって、やがて理解した。


 その女子生徒は――いや、他のみんなも、自分が邪魔だったのだ。


 喪失感に、アリアは声も出せなくなった。


 試験は問題なく済んだが、アリアの気持ちが晴れるわけがない。


「……どうして?」


 たったひとり。学舎裏で、星のない夜空に呟く。


「どうしてわたし、ひとりぼっちになっちゃったんだろう……?」


 空から答えは降ってこない。


 だからアリアは自分なりに答えを出す。


 つらい日々の始まりを思えば、すぐに分かった。


「……そっか。わたしのそばにいたら、みんな死んじゃうからだ……」


 きっと、みんなが言うように、わたしが化物だから。魔族を殺すための化物だから。


 その戦いに誰かを巻き込んだら、また死なせてしまう。


 だから、わたしはひとりぼっちでいなくちゃいけないんだ。


 星の代わりに、涙が流れる。


 願いを呟いたとしても、叶うことはない。




------------------------------------------------------------------------------------------------





本日は2話更新です!

引き続き次話もお楽しみくださいませ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る