第19話 お姉ちゃんのことしか目に入ってなかったの?

「わあ! わあ、わあ!」


 レナは俺をあらゆる角度で眺めては感嘆の声を上げる。


「やっぱり姉弟きょうだいだね。ほら見て見て、美人さんだよ」


 手鏡に映されたのは、女子生徒の制服を着せられた俺である。しかも髪をいじくられ、リボンまでさせられている。


 確かにアリアに似た、見目麗しい容姿ではある。だが……。


「なんで俺がこんな格好しなきゃならないんだ……」


「しょうがないよ。カインくん、女子寮に入りたいんでしょ?」


「なにがしょうがない、だ。ノリノリで有無を言わせなかったじゃないか……」


「でも、これは恩返しだから」


 レナは正面から紅い瞳で俺を射抜く。


「私、カインくんにもアリアさんにも、すごく感謝してるの。いつだって力になりたいし、言ってくれればなんだってするよ。だから今回も、私にできる精一杯のお手伝いをしてるの」


「……レナ、お前の気持ちは嬉しい。でもな?」


 俺はジト目でレナを見つめ返す。


「この行為に、私欲がなかったと本気で言えるのか?」


 レナは答えず、ただ微笑みを浮かべる。


「それより早く行こう? 上級生たちがなにを企んでるか調べるんでしょ?」


 あ、こいつ笑って誤魔化した!


 しかしレナの言うことももっともだ。今は追求するのはやめてやる。


「ったく、仕方ない」


 俺はレナの案内で女子寮に足を踏み入れた。


 すると好都合なことに、いきなり上級生に声をかけられる。


「あなたたち。夕食前に中庭に集合しなさい。新入生は全員よ」


「中庭でなにかあるんですか?」


「それは――こほん、いいから黙って言うことを聞きなさい」


 それだけ残して上級生は去っていく。


「カインくん……中庭に全員集合だって」


「らしいな」


 なるほど。見えてきたぞ。なかなか手が込んでいる。


 ターゲットがアリアなのは明らかだ。それを踏まえて、中庭に全員を集合させる意図を考えれば、答えはひとつ。


 全員の前でアリアを晒し者にするつもりだ!


 集団の中で惨めな思いをさせることで、深く心を傷つけるわけだ。なかなか陰湿だぞ。


 こういった、つらい経験はアリアの糧になる。悪くはない。悪くはないが……。


 ちょっと、やりすぎではないか!?


 体の傷は治せても心の傷はそう簡単に癒えないのだぞ! 今日まで心健やかに育ってきた者に、いきなりこんな残酷な仕打ちなど……下手したら自殺に発展することもあり得る!


 ぬぬぬ……許せんっ! 人の心をなんだと思っているんだ!


「カインくんどうしたの? 顔が恐いよ?」


「やつら、中庭でアリアをいじめて晒し者にする気だ」


「そうなの? だとしたら、なんとかしないと……!」


 人間にいじめられ、捨てられた経験のあるレナだ。さすが話がわかる。


「ああ、俺がぶち壊してやる!」


 ふたりで意気込んで、指定の時間前に中庭に潜入した。


 ……が、レナはそこでいきなりやる気を無くしてしまった。


「ねえカインくん。これパーティの準備にしか見えないよ」


 草むらに身を潜めつつ、小声で会話する。


「古来から処刑は娯楽にされる。見世物として、食事や酒を供されることもある」


「絶対違うよ……」


 やがて指定の時間が来る。中庭の扉を開けて、最初に姿を表したのは――。


「来ましたよ~! なんのイベントですか~?」


 アリアだ。よりにもよって狙われてるやつが一番乗りとは!


 上級生たちが一斉になにか構えた。手に持っているのは――武器!?


「させるかぁあ!」


 俺は草むらから飛び出し、アリアの前にこの身を晒した。


 ぱんぱんぱん! 小さな破裂音が連射される。


 ……が、衝撃もなければ痛みもない。


 なんだこれ? 小さな紙テープや紙吹雪が舞っている。パーティクラッカー?


「入学おめでとー! 新寮生歓迎会へようこそー!」


「かんげい、かい……?」


 理解が追いつかない。え? 歓迎会?


 草むらのほうで、レナが頭を抱えている。


「えっと……もしかして、カイン?」


 アリアに顔を覗き込まれてしまう。


「それ女子の制服? しかも髪、リボンまでしてる! わあ、可愛い~!」


 嬉しそうに抱きつかれて、俺は言葉も失った。


「カインって、トップ成績でSクラスに入ったあの?」


「なんでこんなところに?」


「女装してまでお姉ちゃんに会いに来たの!?」


 上級生に取り囲まれていく。


 顔が熱い。熱すぎる! この場の空気に耐えられん! 逃げ出したいが、抱きつかれていて逃げられない!


 身動きできずにいると、草むらからレナが出てきてくれた。


「あの、ごめんなさい! 私たち、勘違いしてたみたいで……」


 レナが事情を説明すると、上級生たちは一笑した。


「いじめなんてしませんわ。サプライズの準備をしていただけですもの」


「ちょっと隠すの下手だったかも。でも、素っ気なくしちゃったのは、アリアちゃんにだけじゃないんだけどなぁ」


「カインちゃん、お姉ちゃんのことしか目に入ってなかったの?」


「…………ッ」


 不覚すぎて、なにも言い返せない!


「あはは。わたしは、心配してくれて嬉しいよ、カイン」


 慰めるように頭を撫でてくれるアリアだが、それがまた羞恥心を加速させる。


「う、うるさいうるさい! 俺は帰る! 道を開けろお!」


 アリアを強引に振り払い、そのまま女子寮から脱出した。


 しかし、慌てていたため迂闊だった。女子制服を着たままだ。


 俺は男子寮に玄関から入るわけにも行かず、自室の窓へ魔法で飛んで侵入する。


 瞬間、グレンと目が合ってしまった。


 ここまで誰にも見られずに来たのに、最後の最後で!


「え、女子? うわ、可愛い――!?」


「うぉああ!」


 俺はグレンを一撃で気絶させ、頭を抱えるのだった。




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