第10話 是非とも、王都の学園で

「ふたりとも賢く、素晴らしい才能を持っている。是非とも、王都の学園でその才能を磨き、世の役に立てるべきだ。ご両親からも説得していただきたい」


 フェルメルン卿はわざわざ俺たちの家にまで押しかけ、父母を熱心に口説いていた。


 両親は理解が追いつかないのか、ぽかんとしてしまっている。


 これまでの経緯や事情を聞かされたとはいえ、あまりに急展開過ぎたのだろう。


「とてもありがたい申し出なのですが……。その前にまず、カインはどうして反対しているんだ?」


「そんなところで学ぶより、自分で修行したほうが効率的で効果的だからだ」


「お前の実力からすれば、そうなのかもしれないが……」


 俺の返答に父はため息をつく。フェルメルン卿は肩をすくめる。


 アリアが唇を尖らせた。


「わたしは行ってみたいんだけどなぁ」


「それならアリアちゃんだけでも入学してもらおうかと思うが……ご両親はいかがか」


「本人にその気があるなら、反対する理由はありません」


 あっさり頷く父親を、俺は睨みつける。


「俺は反対だ。アリアを強くするなら、俺が指導するのが一番いい」


「しかしカインくん、いくら君でも、お姉さんの気持ちを無視するのはいかがなものだろう」


「むっ」


「カイン、一緒に行こうよぉ。きっと楽しいよ。お友達もたくさんできるかもだし」


 アリアは宝石のような紫の瞳をうるうるさせながら見つめてくる。


「むむ……」


 このまま俺が拒否すれば、離れ離れになってしまう。


 アリアが充分に強いならそれもいいが、今は不安しかない。またなにか変なことに巻き込まれて、次こそ死ぬかもしれない。


 本来の歴史ではどうだったか……。


 確か、生贄の洞窟でひとり生き残った後、フェルメルンの討伐隊に、生贄を貪る化物と誤認されたはずだ。


 子供たちの遺体が散乱する中、血塗れで佇んでいたのなら、誤認されるのも無理はない。


 アリアはわけもわからず追い立てられ、逃げ出すしかなかったという。


 その後、飢えながら放浪していたところ、ある貴族にその才能を認められて引き取られた。


 学園にも入学させてもらったが、生徒は貴族の子弟ばかりで馴染めなかったという。


 だが実力だけはあったがために、嫉妬や憎悪の対象となり、陰湿ないじめを受けることに……。


「だ、ダメだ! やはりダメだ! そんなエリートだらけの学園に、こんな無学な田舎娘を放り込んだら、いじめられるに決まってる!」


 ガーン! とばかりに衝撃を受け、アリアは涙目になった。


「ええーっ、ひどいよー!」


 いや待てよ? よくよく考えれば、俺の知る勇者アリアのあの無愛想さは、学園での経験によるものかもしれない。


 彼女の冷たい殺意を形成する一助となるのなら、学園に行かせるのが正解か?


 しかし、ここまででかなり歴史を変えてきてしまっているしな……。


 案外、学園生活も上手くいってしまうかもしれない。友人ができて、異性とも仲良くなって、やがては恋愛に発展して……。


「そんなこと断じて許さん! 俺がさせん!」


 アリアに恋愛などさせぬ!


 不幸が積み重なってこそ、あの勇者アリアになるはずだ! 恋をして幸せになってしまったら困る!


 嫉妬ではないぞ! 我が宿敵を育てるのに必要なだけだ!


「えっと、カイン? つまり……どういうこと?」


 アリアは首を傾げる。


 フェルメルン卿は、頷きつつ微笑んだ。


「つまりカインくんも一緒に行って、アリアちゃんを守る、と。そういうことかな?」


 ふむ。本来の歴史に近い経験をさせるには、俺が手綱を握るしかなさそうだ。


「……ああ。そうするしかなさそうだ、な」


「本当!? やったぁ、一緒だぁ!」


 俺がため息と共に頷くと、アリアは嬉しそうに抱きついてきた。


「まったく……世話が焼ける」


「はははっ、やはりカインくんは、アリアちゃんがなにより大切なんだな」


 フェルメルン卿もいい笑顔でこちらを見ている。なんか腹立つな。


「ふんっ、こいつには強くなってもらわなきゃ困るんだ」


「しかし、カインくんの言う通り、王都のロンデルネス修道学園の生徒は、エリートの生まれが多い。入学前に、バカにされない程度に勉強しておいたほうがいいだろう」


「今すぐ入学というわけではないのか」


「ああ、今年の入学時期はもう過ぎてしまっている。来年の入学までに、ふたりには色々と学んでもらいたい。その間、私の屋敷で過ごしてもらおうかと思うが」


「そんな、よろしいのですか?」


 母は驚いて声が上擦ってしまっている。父も驚きっぱなしだ。


「もちろんだ。学費や諸経費も任せていただこう」


「なにからなにまで、申し訳ございません」


「いや、彼らは私の恩人であるし、なにより、これだけの才能を後押しできるなんて役得ですらある。気にしないで欲しい」


 両親は深々と頭を下げる。


 アリアに学園でつらい目に遭わせるなら、余計なことを学ばせるべきではないのだが……。


 ここで反対しても納得させられるだけの理由を提示できないし、怪しまれるだけだろう。


 仕方なしに俺も頷いておく。


「領主様のお屋敷で、ってことは、わたしたちレナちゃんとしばらく一緒なんですね」


「ああ、しばらくどころじゃない。彼女も同じ学園に行かせるつもりだ。本人が嫌でなければね」


「やったー! 良かったね、カイン。最初からお友達が一緒なら心強いよー!」


「はいはい……」


 こうして俺たちは故郷の村を離れ、フェルメルン卿の屋敷で生活することになったのだった。




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