治安維持ってどうすればいいの・3

 エリザと交流してからしばらく。ミヒャエラが要所要所に手紙を送ってくれたおかげで、見学許可を得てくれた。

 俺は相変わらずのヒラッヒラなゴシックドレスを着せられ馬車に乗り込む際に、ミヒャエラから「はい、ご主人様」と日傘を差し出された。

 別に俺は日差しは平気なはずなんだけど。怪訝に思いながら持って、そのズシリとした重みに「重っ」と悲鳴を上げた。

 その顔にミヒャエラはぶーたれる。


「そりゃそうですよぉ。いつグールや吸血鬼に襲撃されてもいいように、自衛は大事です」

「この日傘……まさかと思うけど、仕込み剣……?」

「そんなの当たり前じゃないですかあ。ただでさえご主人様は妹様の身代わりなんですから、皆力がないと侮っているんですよ。ですけどご主人様は、ここの旦那様を殺害できるくらいには力があるんですから、大丈夫です。上手くやればいけますいけます」


 あー……そういえばマリオンは、ここの旦那をぶっ刺して殺してたかあ……。でも俺、高校時代に剣道の授業を取ってたくらいで、大して強くもないのに、大丈夫かな……。

 今回は日差しもある場所もあるからと、ウラは留守番で、カーテンで閉め切っている吸血鬼用の使用人室の掃除を命じておいたけど、彼女は不満げだ。


「マリオン様とお出かけ、駄目?」

「どんなに可愛くっても駄目。日差し浴びたら、ウラが死んじゃうでしょ?」


 俺がそう説得し、すごく不満げに頬を膨らませていたけれど、なんとか納得してくれた。


「それでは行ってきますね。ウラもお行儀よくしていたら、夜にはご主人様とお散歩できますからね」

「お散歩? マリオン様とお散歩できるの!?」


 現金にも、ミヒャエルの言葉にぱっとウラは顔を紅潮させた。可愛い。


「うん。それじゃあな。行ってくるから」

「行ってらっしゃい!」


 そう言って元気に手を振るウラを置いて、俺たちは馬車に乗り込んだ。

 馬車をミヒャエラが操って進んでいく。

 屋敷を出て、ようやく俺は嫁ぎ先の外観を全部見ることができた。

 もうこれ、屋敷というより城じゃん。と今更ながら思い至った。石の壁に仰々しい屋根。絵本のロマンティックな城というよりも、明らかに戦争用の要塞だったことに、俺はぞっとした。

 こんな要塞に住まないといけないくらい、吸血鬼やグールとの戦いが熾烈を極めているとなったら、そりゃ縦割りでいつ来るかわからない領主に連絡入れるよりも、教会にエクソシストに連絡してもらうよう手配するよなあと思う。

 まずは通報システムをどうにかしないと駄目だな。俺はそう頭に入れながら、馬車で揺られた。


「まずはどこに向かうんだ?」

「この辺りの特産品である、りんご農園ですね。特産品で、貴族にも高く評価されて売上も上げているんですよ」

「へえ……そりゃいいな」


 りんご酒なんておしゃれな飲み物、前世だったら飲んだこともなかったもんなあと思っていたら、ミヒャエラが「ええ」と頷く。


「農屋に吸血鬼やグールが潜伏していることが多く、そのせいで教会への通報もぶっちぎりで多いんですよ。だからこそ、その前に片付けないといけないと、この辺りの見回りも強化されているんですよ」

「って、無茶苦茶まずいじゃん、そんなの!?」

「そうなんですよぉ。なによりも特産品の発酵にも関わるので、迂闊に開けて発酵が進み過ぎたり遅れ過ぎたりして商品にならないこともあるんで、見回り切れない場所もあるんで、余計に困っているんですよぉ」


 うーみゅ、吸血鬼やグールを倒すにしても、特産品を守りながら戦わないと駄目って、無茶苦茶厳しくないか?

 でもなあ……農屋が多くって、吸血鬼やグールが潜伏しやすいっていうのは、なんかいい具合に使えそうな気がする。どうにか作戦を形にできたらいいなと思いながら、問題の農村地帯にやって来て馬車を停めると、この農村の村長が頭を下げてくれた。


「ようこそ。ご結婚されたとお伺いしましたのに、なんのおもてなしもできずに申し訳ございません」

「いえ、いえ。こちらこそいきなり押しかけてしまって申し訳ございません……出立がてら、この辺りは吸血鬼の被害が遭っても、なかなか見回りだけじゃままならないと聞いたのですが……」

「はい、そうなんですよ……」


 村長が家まで案内してくれ、特産品であるりんご酒に、それに遭うおつまみでガレットを出してくれた。

 りんご酒の匂いをひくひく嗅いでみると、もっとりんごの匂いがするのかと思いきや、花の匂いや古木の匂いを思わせるような複雑な匂いがし、ひと口飲むとフルーティーさの中にも甘みと辛み、苦みが抜けていく。たったひと口で美味さが際立つ味だった。

 一緒に出されたガレットも香ばしくって小麦の味が強く、これでりんご酒がカパカパと進むってもんだ。俺があっという間にりんご酒を空っぽにしてしまったのに、ミヒャエラが「ご主人様」とにこやかに笑ってストップを入れた……うん、仕事中の酒ほど失敗しやすいもんはないもんな。反省。


「すっごく美味かったですけど……これってつくるのに苦労しませんかね?」

「そうなんですよ。りんごを三ヶ月日陰で干して、ようやく酒をつくる段階に入るんです。発酵させるのに更に半年かかり、その中で勝手に吸血鬼が入ってきたり、グールが入ってきたり……今回は奥様がわざわざいらっしゃいましたけど、なかなか領主様にまで苦情が届かず、りんごも酒も無残な姿になってしまうことが多くて……」

「うーむ……」


 俺は窓の外を眺めた。

 小屋がすごく多くて、りんご畑はちょっと遠い場所にある。この小屋のひとつひとつを見回るのはたしかに骨が折れるし、そこを潜伏先にされるのはたしかに適わないよなあ……。


「今までの吸血鬼やグール退治は?」

「あまりにひどい場合は、教会に通報してエクソシストを呼んでいたんですけど……エクソシストも吸血鬼を退治するのに手段を選びませんので、最悪の場合は小屋ひとつが駄目になり、干したりんごや酒が無駄になることも……」

「あー……」


 これ、『禁断のロザリオ』の攻略対象なのかな。それとも別のエクソシストなのかな。教えてくれ妹よ。今妹いないけど。

 それはさておき、これじゃあたしかにエクソシスト任せも困る。


「ちなみに、エクソシストが来るまでの間はどうやって……?」

「はい……村ぐるみで自衛団をつくり、決死の覚悟で戦いに挑むしかありませんでした……しかしグールも吸血鬼も噛まれる前に仕留めなかったらいけなくて……若者たちにそんな死に行けなんて言えませんから、エクソシストが到着するまでは、皆で夜は地下に隠れて夜明けを待つしかなかったんですよ」

「なるほど……」


 これは俺たちで戦えばいいって問題だけじゃなく、そもそも吸血鬼の潜伏先を潰す方向にいかなかったら、いつまでもりんご酒の被害が治まらないよなあ。

 ……ん? そこで俺は思いついたことを言ってみた。


「吸血鬼は地下には来られないんですか?」

「ええ? はい……どの家も、嵐の日に避難できるように地下室をつくっているんです。そこは家の中で一番頑丈にできていますから、火事になったときも地下室に隠れて扉を閉めていれば、火さえ鎮火できれば無事なことが多いんです」

「だったら、地下を拡張工事するのってどうでしょうか? 予算は出します」

「……ええ?」


 元々りんごは日陰で干すし、発酵も光が入らない場所で進めるんだったら、地下で同じ環境をつくったら、吸血鬼の潜伏先にされないで済むんじゃないだろうか。

 俺の思いつきを口にしたら、ミヒャエラは意外なものを見る目で見た。


「それなら、できるやもしれませんねえ。どうなさいますか?」

「そ、そりゃ予算があれば工事できますけど。でも……大丈夫ですかね?」

「潜伏先が減れば、村の若者が自衛団つくって吸血鬼と戦う必要もなくなりますし」


 村長さんは目を輝かせた。

 おし、なんとかなりそうだ。 

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