奴隷市場で奴隷を買おう・2

 丸まっている子は、栗色の癖毛が爆発していて、日焼けした肌にはそばかすが浮いていた。翡翠色の瞳は脅えたようにこちらを見ている。

 そしてなによりも、むっちゃおいしそうな匂いを漂わせている。口の中で唾液が何度飲み込んでも湧き出てくるんだから、よっぽどだ。

 俺のその様子を、ミヒャエラは「あらあら、まあまあ」と言った。


「この子はご主人様と相性がよさそうですね。これだったら、失敗してグールになる心配もなさそうですから、充分立派な眷属になれそうです」

「そ……そういうもんなの?」

「はい。お腹が空く相手とは基本的に相性がいいですから」


 吸血鬼さっぱりわからん。

 とにかく、ミヒャエラにより奴隷商から彼女をお買い上げして、そのまま連れ帰ることにした。ミヒャエラにこの子は連れて行かれて、服をあつらえられる。

 子供用のメイド服だけれど、シャツは緩めの布地が使われ、すぐにでもうなじを出して吸血できるようになっていた。


「はい、お待たせしましたご主人様。この子がご主人様の眷属第一号ですよ?」

「ええっと……ミヒャエラ。一応聞くけど、この子は事情わかってんの?」


 さすがに「君は今日から吸血鬼の眷属です。もう二度と太陽浴びれませんし血が食事になります」なんて言うのは、こちらも必死とは言えどあんまりだから、念のため聞く。

 それにミヒャエラはキョトン。とした顔をして首を傾げた。あっ、やっぱりそこまで考えてなかったな、このメイド怖い。

 一方綺麗な身なりになり、爆発した癖毛も整えられたこの子は、脅えた目をしながらも、おずおずと俺を見ていた。


「ウラを、食べるの、か?」

「ウラ? それって、君の名前?」


 俺が尋ねると、この子はこくんと頷いた。ウラか。そうか。どう答えたもんかなあと思いながら、俺はウラの前に膝を立てて視線を合わせた。視線を合わせた途端にビクンッとウラは肩を跳ねさせた。

 あーあーあーあー……思えば俺がしょっちゅう前世の妹が友達を連れてくるたびに、年の差が結構あるせいで、むやみやたらと怖がらせてたなあと思い出した。怖くない、怖くないよーと、俺は必死でアピールすることにした。


「ええっと、俺はマリオン。男だ」

「お。とこ? お前、男……なのか?」

「うん。訳あって女の格好しているけど」


 ウラは俺のドレスの裾を捲り上げようとするので、ミヒャエラに首根っこを掴まれて止められた。うん止めようね、そういうのは了承得てからやろうね。うん。

 気を取り直して、俺はウラに続ける。


「俺はいろいろあって味方が欲しくって、その相手を吸血鬼に変えないといけない。君を吸血鬼に変えた場合、もう君は二度と太陽の日の光を浴びれないし、毎日血を飲まないといけなくなるんだけど……それでも君は受け入れてくれるかな?」


 我ながらひどいよなあと思う。

 妹みたいな年の子に、こういうこと言うのは正直酷だと思うけど、騙し討ちみたいに吸血鬼の眷属に仕立て上げて、「今日から君は眷属です。もう俺から逃げられません」と言うのも良心の呵責があった。

 最悪の場合、お金をあげた上で解放してもいいとは思ったんだけれど。ウラは目をパチパチしてから、俺とミヒャエラを見た。


「血を飲んだら、お腹減る? 減らない?」

「それは……」

「吸血鬼としての生活ですか? そうですねえ。人にも寄りますけど、一回の吸血で一日元気に動けますから、人間のときよりもお腹は減らなくなるかもしれませんね。わたしも吸血鬼ですけど、人間よりは低燃費だと思います」


 ミヒャエラの言葉に、ウラの目が輝いた。


「じゃあ吸血鬼なる! お腹減らないのが大事!」


 そう言って目を輝かせた。俺は「ええー……」と言って、ミヒャエラをジト目で見た。この子の人生になんちゅう決断をさせるんじゃと思ったものの、ミヒャエラはあっさりと言う。


「ご主人様、わたしこんなことで嘘は言いませんよぉ。大丈夫ですよ。この子ご主人様と相性いいんですから、悪い方には転がりませんって」

「……信じていいんだよな?」

「大丈夫でーす。泥船に乗ったつもりでお任せを!」

「いや、泥船は全然駄目だろ……まあ、いいや。じゃあウラ。血をもらうからな」


 そう言ってウラを頭を撫でると、襟ぐりに指を突っ込んだ。

 細っこいうなじを見ると、口の中にますます唾液が出るし、その一方でこんな小さい子に辱めをという罪悪感が募る。

 俺が吸血しようとする傍で、ミヒャエラは「ファイト、いっぱーつ!」とガッツポーズを取っている。いや、どんな状況なんだよ、これは。

 ……まあ、いいか。ツッコミを放棄した俺は歯を剥いた。鏡に映らないせいでわからなかったけれど、どうにも俺の牙は大層ご立派らしい。

 牙をウラのうなじに当てると、一気に噛みつく。途端にウラはビクンビクンと跳ねるが、俺は無視して血をすすりはじめる。滴った血は、甘くて美味くて、今まで血は生臭くって鉄錆の味がすると言われていたのはなんだったんだというくらいに、前世のときの感覚とは全く違うことに愕然とする。

 夢中で血をすすっていたけれど、だんだんウラが大人しくなっていったことに気付く。

 ま、まさかと思うけど。人間だったら血が一定量流れたら体に悪いはずだけれど、この子の場合はどうなるんだ? 俺はうろたえている中、ミヒャエラはにこにこしながら「おめでとうございます、ご主人様!」と言った。


「ウラは本当に相性がよろしかったようですねえ~ ご主人様に血をすすられても元気いっぱいですし、グールになる兆候も全く出ていません! はい、眷属一号ですよぉ~!」


 そう言った。俺は慌てて牙を引っこ抜いて、気が付いた。血をすすれるほどに空いた穴が、あっという間に塞がって、傷口どころか噛み跡ひとつ残さずに消えてしまったことを。そしてこちらに振り返ったウラは、キョトンとした顔で自分の手を見たり首に触ったりして、不思議そうな顔で俺とミヒャエラを眺めている。


「ウラ、吸血鬼なったの?」

「はい。なりましたよぉ。これからゆっくりと吸血鬼としての習慣を覚えましょうね」

「うん! えっと、ウラはマリオン様と働けばいいの?」

「そうですよ。一緒に頑張ってお仕えしましょうね」

「うん! えっと、マリオン様。よろしくお願いします!」


 そうペコンと頭を下げるウラに、俺の中のときめきゲージが上がった。

 ……別に前世の記憶を思い出したせいだけではなく、俺の中の妹ゲージが潤った気がしたのだ。

 妹……ああ、妹。そういえば俺はなんか知らんが気付いたら死んで、こうして妹のやっていたゲームの登場人物と化しているけど、あいつは元気なんかな。俺が死んでちょっとは悲しんでいるといいけど。いや、「もう乙女ゲームを大画面で見られなくなった」としょげながら実家で乙女ゲームしているような気がする。か、悲しくなんかないしっ。妹が元気ならそれでいいしっ。

 俺は俺で、味方を頑張って増やさないといけない訳だけれど。

 ぶっちゃけ当面はエクソシストに目を付けられんようにすればいいんだけど、どうすりゃいいんだろう。


「ところで、聞きそびれたけど。ミヒャエラ」

「はい、なんでしょうか?」

「そもそも俺たちって、当面は人間としてこの土地を治めればいいの?」

「うーん、一応ここの当主をぶっ殺して乗っ取った以上はそうなりますけど。ただ、わたしたちが土地を追われたのと同じく、どこもかしこも吸血鬼同士で鍔競り合いをしていますので、領民は人間がほとんどですけれど、人間だけを相手にすればいい訳ではありません」

「……マジでぇ?」

「この辺りについても、食事をしながらレクチャーしましょうか」


 マジかよ。土地転がしをしなきゃならないのか。

 ……マリオンがなんもかんも捨ててヤケ起こして暴れ回ったから、エクソシストが来たんだもんなあ。さすがにそれは阻止せにゃならんけど。エクソシストに通報されないように、土地を守らなきゃいけないっていうのも難問だ。

 土地転がしなんて、前世でもやったことないのに。

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