Colorless

オノヒロ

COLORLESS

プロローグ 嵐の前夜

バシャバシャバシャ!


土砂降りの雨の中、暗闇に沈む夜の街に少女が濡れた路面を走る音が響く。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 少女は艶やかな髪に美しい顔立ちをしている。しかし、その表情は恐怖に歪み、体が雨に濡れる事も厭わず走り続けている。時折、後ろを振り返りながら走る少女の胸には、抱え込む様に抱かれたアタッシュケースの姿があった。

まるで寝静まったかの様に明かり一つ無い街の中を走り続ける少女の目に、バス停の明かりが映り込む。


「よかった……!」


明かりを見た少女の顔からは安堵の言葉が漏れる。明かりを見た事で限界に近づいていた足に走る気力が戻り、少女は明かりへと力強く駆けだす。


「はぁっ、はぁっ……!早くっ……!あれに乗れば……!……きゃっ!?」


バス停に向かって最後の力を振り絞る少女。その時、少女の足が滑り、少女は濡れる路面に倒れ込んだ。


「痛ったー……!――いけない!急がないと!」


少女は痛みに声を上げるが、すぐに起き上がろうとする。しかし、


「えっ……?」


少女は感じた違和感と共に自分の足を見る。その目に映ったのは、自身の足に絡みつく得体の知れない触手の様な謎の物体であった。


「ヒッ!?」


自身の足に絡む謎の存在に、少女は恐怖の声を上げる。その彼女の耳に突如男の声が聞こえてくる。


「いけませんねぇ~……マドモアゼル・リアナ。淑女たるもの、そのようにはしたなく走るものではありませんよ?どこか行きたいところが御有りならば、小生がお連れ致しますのに……このようにね!」


男の声が言い終わると同時に、触手が少女の体を宙に持ち上げた。


「ッ!」


足を締め付けられる痛みに少女は声無き声を上げる。そこに、


コッ、コッ、コッ、


革靴の音を響かせながら、闇の中から男が現れた。男はシルクハットにインバネスコート纏うといった時代がかった服装をしているにも関わらず、雨の中を傘一つ差さずに歩いてくる。しかし、不思議な事に男の体は雨に濡れていなかった。まるで雨の存在など無いかの様に雨粒一つ無いコートを翻し、男は少女に向かって優雅な一礼を見せる。


「鬼ごっこはお終いの様ですな。さて、小生としましては、それを頂ければよいのですが……譲って頂けませんか?」


言葉と共に男は少女が抱いた鞄を指さす。しかし、男の言葉に少女は怯えながらも男の言葉を拒否した。


「ダメです!これは、お父さんから託された物だから……!あなた達なんかに渡せません!」


少女の言葉を聞いた男はその言葉を待っていたかの様に嬉しそうに笑みを浮かべる。


「なるほど!それはそれは……!なれば、小生としては趣味ではありませんが……趣味ではありませんが!あなたを痛めつけてご気分を変えなければなりますまい!えぇ、まったく趣味ではありませんが!」


男はわざとらしく何度も嬉しそうに同じ言葉を繰り返すと、


次の瞬間、


少女の眼前に鋭く尖った何かが現れる。そしてそれはゆっくりと、しかし確実に少女の瞳に近づいていく。


「ヒッ!やめてっ……!」


自身の瞳に近づいて来る尖った先端に、少女の口から自然と懇願の声が漏れる。だが、男は少女の言葉が聞こえないかの様に何も答えず、少女の瞳を覗き込む。


「ふむ、宝石の様に綺麗な瞳ですな。実に美しい……その美しい瞳の一つでも失えば気分も変わって下さるでしょうか……?それで変わらなければもう片方も!その次は指を一本一本切り落としていくのも良いかもしれませんな!いや、まったくこのような事は小生の趣味ではありませんが!」


 男が独り言を言う間にも少女の瞳に先端が近づいてくる。やがてその距離は次第に無くなり、ついに少女の瞳に先端が触れそうになった。


その瞬間、


「イヤー!?」


 少女の悲鳴と共に、鞄から強烈な光が放たれた。


「――何事です!?」


突然の光に目を灼かれながら男が驚きの声を上げる。

一瞬の閃光の後、視力が戻った男が見たのは誰の姿も見えない雨の夜道だった。


「消えた……?一体どこに……?」


男は辺りを見渡すが少女の姿は見当たらない。少女の姿が無い事を理解した男は、胸元から携帯を取り出すとその画面にある情報を表示させる。


「この場所はレインボーシティ?あの一瞬で三千キロ以上を移動した?なるほど。これもアレの力の一端という訳ですか……あの方から任命された時は、何ともつまらない雑事だと思いましたが、こうなってくると小生に任されたのも納得という訳ですな……」


男は独り言を言うと、静かに夜の闇へと消えていった……

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