第4話 聞き上手な同僚

 大荷物を運びながら現れた男は、ララの同僚、――ジャスパー・フォード。同僚と言っても、彼は材料や魔道具の運搬を担当しており、開発や修理は一切しない。他の局員と同じ白衣を着用しているが、首にぶら下げたゴーグルは完全に飾り状態だ。


「叔父様、ララ借りたいんだけど」

「私はララの叔父であって、君の叔父様になった覚えはないんだけどなぁ」

「あらやだ、冷たいこと言わないでよ。こんなに配達頑張ってるんだから。で、ララ連れて行っても良いの?」

「仕事の話は終わったけど、まだ他の話が……いや、ここは実際に見た方が早いか」


 叔父が何やら思案した後に、こちらに向かって表情をやわらげる。


「ララ、ジャスパーと一緒に配達に行っておいで」

「……私、配達ではお役に立てないのですが」


 あまり重い物は持てないし、他局の人との関わりを避けてきたため、知り合いもいない。


「荷物を運んでほしいわけじゃないよ。『普通ではない』ジャスパーが楽しく生きてるところを見学してくるんだ」


(ジャスパーの見学……?)


 叔父の言葉につられてジャスパーの方を見ると、彼にバチンとウインクを返された。その眩しさに小さくうめく。

 相変わらず、この世の華やかさを全て詰め込んだような容姿である。新緑のみずみずしさを感じさせる緑色の瞳に、肩につくくらいの鮮やかな赤髪。ハーフアップが似合う彼は、黙っていれば相当な美丈夫だ。

 目を引く容姿と普段の振る舞いを考えると、確かにジャスパーは一般的な『普通』の枠には収まらないかもしれない。


「ジャスパー、私がお供しても邪魔にならないですか?」

「当たり前じゃない。話し相手になってもらおうと思って呼びに来たんだから。ほら行くわよ」

「は、はい。叔父様、行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」


 のんびりとした口調で送り出してくれる叔父に会釈をし、ジャスパーの背中を追った。







 配達を進め、台車に山積みだった荷物が半分ほど減った頃には、ララの視線はジャスパーの横顔に釘付けだった。

 王立図書館の正門を出て、手入れの行き届いた庭園を歩く。


「ジャスパー、あなたって凄い人だったんですね!」

「いまさら気付いたの? ジャスパー様とお呼び」

「ジャスパー様……‼︎」

「ちょっと、本気にしないでよ。冗談に決まってるでしょ」

「だって本当に凄いんですもん。あんなに顔が広いとは。城中の人と知り合いなんですか?」

「まあそれが仕事みたいなもんだし……」


 配達中のジャスパーは、次から次へと声をかけられる。


「守衛さんもジャスパーの顔を見たら入館証もなしに入れてくれますし、日頃の行いって大切ですね。……あ、ほら。薔薇バラのアーチの方を見てください。こっちに向かって手を振ってますよ」

「はいはい」


 ジャスパーは爽やかな笑顔を休憩中の侍女数名に向け、手を振り返す。少々距離があるものの、侍女たちは一斉に黄色い声を上げた。


「今度はあっちから騎士団の方が近付いてきてます」

「人が寄ってくる度に存在感消すのやめなさいよ」

「それは無理です。私の存在は人を不快にさせますので」


 一般的に顔は知られていないが、ララ・オルティスだとバレて気分を害しては申し訳ない。スッと台車の後方に移動し、ジャスパーに近付いてきた騎士の様子をうかがう。


「よおジャスパー、最近どうだ?」

「変わりなくよ、仕事も順調」

「へぇ。近いうちに飲みに行こうぜ」

「さてはまたフラれたわね」

「失礼なやつだな、当たってるけど」

「アンタが誘ってくるなんて、そうとしか考えられないもの。奢ってくれるなら泣き言に付き合ってあげても良いけど」

「言ったな? 朝まで付き合え」

「むさ苦しい夜になりそうだわ〜」


 騎士との短い会話を終わらせたジャスパーが、こちらに目配せをして再び歩き出す。それを合図に彼の隣に戻った。


「なんかララ、嬉しそうね」

「分かります? ジャスパーが好かれてるのは嬉しいです。いつもいろんな方の相談に乗ってるんですか?」

「ご馳走してもらって話聞いてるだけよ」


 ジャスパーはそう言うが、おそらく事実とは少し違う。ちょっとした対価を要求することで、相手が楽に相談できるようにしているのだろう。彼のことだから、的確な助言をするに違いない。


「ご馳走してでもジャスパーに話を聞いてほしいんですよ、きっと」

「……ララ相手なら、ご馳走なしでも話聞くわよ?」

「私ですか? 聞いてもらうような話題はないですけど」

「嘘つかないの。恨み辛みがあるでしょ」

「恨み……?」


 そんなに邪悪な雰囲気をまとっていただろうか。


「十年間の婚約を破棄されたばかりなんだから、愚痴の一つや二つ……いや、十や二十言っても許されるわ。そうやって可愛い顔をゴーグルで隠すのだって、元婚約者と関係あるんじゃないの?」


 こちらを覗き込むようにして放たれたジャスパーの言葉に、目を見開く。


「ど、どうして……」


 なぜ分かったのだろうか。自分が顔を隠すのは、カルマンの命令がきっかけだったと。彼にカルマンとの婚約条件について話したことはないのに。


 伯爵家の三男であるジャスパーは、ララの婚約者がカルマンだったことも、『ララ・オルティスは呪われている』という噂も当然知っている。しかし彼は、今までカルマンとの婚約や霊が見える体質についてほとんど触れてこなかったのだ。


「三年も同僚やってたら、そのくらい察するわよ」

「私……カルマン卿について、何か言いましたっけ?」


 婚約破棄をされないために、契約を破らぬよう気をつけてきたつもりだ。暴力を振るわれても、普通でない自分が悪いのだと耐えてきた。結婚すれば、彼も少しは情を持ってくれると信じていた。

 だから言わなかった。散々迷惑をかけている両親にも、共に働くジャスパーや叔父にも、ふらっと開発局に現れては話をして去っていくテオドールにも。


「ララは腹立つくらい何も言わなかったわよ」

「じゃあ、どうして……」

「何も言わないからよ」

「え?」

「あー……。ちょっとこっちに来なさい」


 ジャスパーに呼ばれるがまま、近くの東屋あずまやに移動する。邪魔にならない場所に台車を置き、ベンチに腰を下ろした。


「ここなら誰も聞いてないわね。……あのねララ。さっき見て分かっただろうけど、あたしは割といろんな立場の人と交流があるの」

「そうみたいですね」

「でもね、その中に婚約者や恋人の話を全くしない人なんていなかったのよ。……あなた以外は」

「あ……」


 ここでようやく気付いた。


「婚約者がいたら、話題に出すもの、なんですね……」


 冷静に考えると当然のことかもしれない。婚約者は自分の日常に組み込まれた存在だ。多かれ少なかれ、自分の生活に影響を及ぼす。その相手について一切触れずにジャスパーと会話をしてきたのだから、不自然に思われても仕方がない。


「最初はさ、ララが顔隠したり開発局うちの連中以外と関わらないのは、カルマン卿が相当嫉妬深いからなのかなって思ってたの。……でも、どれだけ待ってもあなたの口から彼の名前は出てこなかった。存在すら知らないみたいに見えた。だから気付いたの。カルマン卿はララにとって、愛することが難しい相手なんだって」


 ジャスパーに心の中を見透かされているような気がして、居心地が悪い。


「……愛せない相手と婚約をしていたから、全部ダメになってしまったんでしょうか」


 肩を落とすと、ジャスパーが慌てたように否定する。


「違う違う! そういう意味じゃなくて。ダメになったって考えるんじゃなくて、自由になったって考えたら? って言いたかったの!」

「自由、ですか……?」

「そう。ララはもっと自分に優しくなるべきよ。もし今までカルマン卿の顔色をうかがって生きてきたんだとしたら、これからは自分の気持ちを最優先に聞いてあげなきゃ。婚約破棄された以上、カルマン卿のことは綺麗さっぱり忘れちゃってさ」

「グラント卿と同じようなこと言うんですね」

「テオ? あいつ何言ったの?」


 ジャスパーとテオドールは王立学園アカデミー時代の同期らしく、軽口を叩き合う姿は見慣れたものだった。仲の良い者同士、思考が近いのだろうか。

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