第4話-予言の書

今日はゾエの新作の発売日だ。前作の発売から約一年が立っていた。


庶民の服でこっそりと城下町に出るなど簡単な事だ。本屋には長蛇の列が出来、僕は大体中間くらいに並んでいる。僕は純粋にゾエの大ファンだ。今持っている本の他は中古でも手に入らず、僕が手に取るのは二冊目になる。

本屋に並びながら前作の物語を読んでいると、既に本を手にした人達が目次を見つめて歩いていた。


「今年は飢饉ききんがくる。」

「隣国では干魃かんばつらしい。これは大変だ。早めに準備をしないと。」



「?」

何の話だろう。そう思っていたが、本を手に入れて目次を開くと、聞こえてくるのはどれもゾエの新しい本の内容だった。


新作の表紙は紺色の革張りに金の花の箔。

題名は『僕は貴女に恋をする。』


歩きながらサラッと読んだが、今年の新作はリアルな描写が多かった。枯れる作物、飢える人々……。

飢饉が起こり、何とか乗り越えて行こうとする主人達。

「先に起こる未来……?」

飢饉の抜け道もしっかり書かれてあるが、これは民でどうにかなるものでもない。


ゾエの本は庶民にとても人気がある。しかし内容は好みが分かれるものだった。

物語が現実に起きているから、危機回避のために民衆がこぞってこの本を買っているというのなら、この爆発的人気も頷けた。

もし本当にこの飢饉が起こるのであれば、早めに対処しなければならないだろう。


だか所詮はどこにでもある恋愛の書物だ。僕が根拠無く動く事は出来ない。

「飢饉が起こる、根拠付けがいるな……。」

そうでないと国王に進言などできない。耳をそば立てて聞いている限りでは民は預言だと信じているようだ。

飢饉が起こってから動いたのでは、国庫も痛手を受けてしまうだろう。

民衆が信じているというなら、それには感覚的であれ現実に起こった事が数多くあるからと推測される。


「ふむ。」

僕は暇な王子だ。公務はほぼ兄上達が取り合ってやってくれている。ちょっと調べるくらい、なんて事ないだろう。僕はパタンと本を閉じ大切に抱えた。

「とりあえず、過去の飢饉の記録と周期を調べて……運良く規則性があればそれを使うか。あとは……気象記録も少し調べてみて……」

本当は兄達の仕事だが、未来の事なんてきっとあの人達は興味も無いだろうし、考える余裕も無いだろう。

兄達の熾烈な王位争いは官僚らを巻き込み、今日もド派手にやってくれている。

飽きもせず毎日毎日。お陰で僕はやりたい事が出来るわけで兄達にはとても感謝している。


僕は部屋に引きこもり、まずはゾエの新作を読み耽る。

今回の主人公は元気な少女に恋をする"僕"の話のようだ。領主の一人娘である少女は太陽のように明るく可愛らしい。身分差もあり、中々上手くいない切ない話だが、少女もまた、"僕"を好きになっていき、二人で力を合わせて難題に取り組み、そして"僕"は領主になって少女と添い遂げるという話だ。二人の会話が可愛らしく、自然と口元が緩んでしまう。


ぱらり、ぱらりと読み進めていると、飢饉の前兆に差し掛かる。

季節は……初夏。ちょうど植え付けの季節だ。

この物語では、植える野菜を寒さに耐えられるものに変えればいいと書いてある。


「今年は冷える夏なのか……。」

作中では雹が降る場面もあった。

これが本当なら、今のままでは本当に飢饉が起こる。植える時期を早め、雹が降る前に収穫するのはどうか。その後の植え付けは冷夏に備えて秋ごろの野菜を植えればいい。


サラサラと内容を書き出していく。もしこの本が本当に予言書だとしても、報告はできない。ゾエに危害が及ぶ可能性がある。特に第二王子に見つかるのは良く無い。


あくまでもフラフラと外をほっつき歩いてる僕が民衆の噂話を元に調査した結果。それでいい。


植え付けを早めるならば、早く国王に進言しなければならない。一朝一夕で準備できる事では無いからだ。


数日間、僕は書庫と部屋を行来する生活を送った。食事も忘れ資料と記録を読み耽り寝る間も惜しんで過去資料を漁った。

結果、記録からはやはり周期的な飢饉が起こっている事が確認できた。前兆として前年度は必ず魚が取れなくなっている。魚が取れなくなる翌年は必ず冷夏が襲ってくる。去年の漁業の記録は無惨なものだった。殆ど魚が取れていない。

「……できた。」

バサリと作った報告書を机に置き、欠伸をしながら、ぐぅっと背伸びをする。

これを王に進言する。ゾエの書いていた雹の降る危険性と農作物の被害と対策も一緒に。


王の執務室に一人訪れ、調べた内容の全てを話した。王はただ資料を見つめ頷いている。

「お前がここまで博識とは思わなかったな。」

ふっと笑う王は不意に父の顔になる。


「私はただ街をブラブラしていて聞いた話が気になったので調べただけです。その書類を私が作った事は内密にお願い致します。王座争いに巻き込まれるのはごめんです。」


「よかろう。また何か気付く事があれば言いなさい。」

「そんなに頻繁にある事ではありません。それでは失礼致します。」


僕は執務室から出る。

これでゾエの事は知られない。それにしても疲れた。

部屋に戻ると歴史書や地図、気象記録の紙の束が山の様に積み上がっている。

ソファーにも陣取るそれらをかき分けて座ると僕はゾエの本を手にした。


「貴方がもし、この国に住んでいるなら僕に出来ることはしないとね。」

僕は本の表紙をさらりと撫でた。

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