【2】天野硝子は嘘をついてきた天罰を受けたんです
「硝子さん、麻雀で勝てたら深夜ドラマの役をくれるって誘われちゃって。ごめんね代わりにお願いできるかな?」
少し休んだあと遅れて出向いた麻雀ルームではエマがへこまされていた。
申し訳なさそうに席を立つエマからは自分の無力を呪う言葉が漏れる。
「それで、麻雀に勝ったらドラマの役をもらえるっていうのは分かったけど、負けたらどうなるの?」
私の問いかけにエマではなく
「明日うちの祐樹が19歳の誕生日なんだよ、その誕生会でエマちゃんに接待をしてほしいんだ」
「祐樹ってあのアイドルグループ『なにわキッズ』の祐樹君ですか?」
思いがけずエマに好意を寄せる柊木君の名前が再び出てくる。
「そうそう、まあ祐樹だけじゃなくてグループは誕生会に全員いるから、そのもてなし役の女性の1人として祐樹が赤音さんに来てほしいって希望を出してるんだよ」
聞くとなにわキッズは明日韓国で祐樹君の誕生祝いとして本人の行きたい名所とグルメ巡りを収録するらしい。
その帰国の際にこのクルーズで夜は船内で誕生パーティーをするようだ。
その誕生会のもてなし要員ということだが、怪しげな申し出には確かめないといけないことがあった。
「……そのおもてなしですけど、『スキンシップ』はありですか?」
エマも聞いているので、私はスキンシップという隠語を使って確認する。
「まあ、普段恋愛禁止で活動してもらっているんだけど彼らも若いからね。こういうところで発散してもらわないと、わかるでしょ」
小饂飩先輩も私の意図を感じ取ってくれたようでスキンシップについては否定しなかった。
何で芸能界ってこういう常識のない人が多いんだろうといつものごとくうんざりするが、顔には出さず適当に相槌を打った。
さっき会った柊木君にそこまで邪な思いがあったとは感じられなかったので、小饂飩先輩が気を利かしたのだと思いたい。
結局のところ、私たちふたりがこのクルーズに呼ばれたのも廃品の有効利用ぐらいの気持ちだったのだろう。
「わかりました、それで今回の麻雀のルールは?」
「1万5千点の3万返しのワン、スリー。赤とワレ目有りのドラ3枚、うちのいつものルールだよ」
芸能界特有の多いドラと牌山の割れたところの出入り点が倍になるいわゆるワレ目ルールで、点数が派手になるのにもかかわらず、持ち点は少なめという厳しいルールだ。
「レートは?」
「今日は君達が入るから千点2000円のカジュアルなところでやってるよ」
何がカジュアルなのか。通常の雀荘レートの20倍だ。
「それでエマ、今いくら負けてるの?」
「ごめん、マイナス150……ぐらい……」
「150ってことは30万……そんなお金」
「大丈夫、何かあったときのために船内のATMでお金は50万下ろしてきてるから」
「このルールだったら50万なんてすぐ溶けちゃうよ」
私がそう言うとエマの目に痛まし気な光が走ったので、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「まさかエマちゃんほどの子が今更なかったことにしてくださいとは言わないよね」
「も、もちろん。ノーリスク、ノーリターンですよ!」
ファンのみんな、どこが聖女なのよ。見た目だけでごまかされちゃだめだよ。この子頑固で過激で積極的だよ。
これは骨までしゃぶられて負けるパターンのやつで、私が何とか挽回しないとエマの貞操の危機だった。
「一つ確認しておきたいのですけど、こちらの勝ちとなる条件はなんですか?」
私はあらためて問いただした。ここを明確に定めておかないと後でいくらでもはぐらかされてしまう。
「ふふ、さすが敏腕マネージャー、そこを確認してなかったら君たちの勝ちはなかったよ」
「……どうも、お気遣いありがとうございます」
皮肉めいた称賛は適当に流しつつも私はこの場でやるべきことに対して頭をフル回転させていた。
「なに、わかりやすく勝負が終わった時点で君達の合計点がプラスだったら勝ちとするよ。僕は朝には下船して東京に飛ばないといけないからその時間ぐらいまでかな」
エマの代わりに卓に座ると両脇の男性達が私をまじまじと凝視し始める。
「おお、生のエンジェルグラスだ」
エンジェルグラス、その愛称で呼ばれるのは久しぶりだった。
「あの、あとでサインください」
身なりと雰囲気からしてもお金持ちのVIPだと思われたが、すごく控えめな声のお願いだった。
「えっ、エマじゃなくて私の方ですか。はい、いいですよ」
聞けば同卓している2人は仏壇屋と産廃業の社長さんということだった。
私たちと業界は違うが、今回のセッティングは先輩個人の麻雀仲間への接待も兼ねているのだろう。
「それにしてもあのトップアイドルだった天野硝子が今は赤音エマのマネージャーだっていうんだから、わからないね」
「……元トップアイドルということなら小饂飩先輩も同じじゃないですか」
私がアイドルだったときは小饂飩先輩も元同業だったので、その時の名残で先輩と呼んでいるが、彼もそれは容認しているようだ。
「同じじゃないよ。僕は適齢期を過ぎたから引退、君はスキャンダルで追放だろ」
「……そうですね、週刊誌で散々叩かれて、イメージを損なったからってCMの違約金何億も取られて放り出されましたから」
怨みの言葉を口にする私の手に隣の社長の手が慈しむかのようにそえられる。
「僕もショックだったよ。人の未来が視える天使のアイドル『エンジェルグラス』、大ファンだったのに」
気遣い半分、怨み半分といった言葉が私のファンだったという社長から吐き出される。
「霊視や占いが出来るっていうのも全部インチキだって暴露されてたじゃない。何でそんなことになったの?」
社長が悲しげなのに熱量をもって問いかけてくる。
「握手会で過激なファンに暴行されて、その未来は視えなかったなんて言いがかり、当時僕はかなり無理筋な報道に思えたのに」
仮にも経営者である。さすがにメディアの月並みな報道をうのみにはしていない。
「占い師全員が未来を視えるわけないんだから、うまくごまかしてほとぼりが冷めるのを待っててもよかったんじゃない」
少しの沈黙の後、私は言葉をよく選びながら返答する。
「……私、もともと女優志望だったんですけど、なぜかアイドルでデビューすることになっちゃいまして」
自分にとってはもう忘れてしまいたい過去だが、社長はそれが知りたいのだから仕方がない。
「その時に何かセールスポイントを付けようってなって、ちょうどジャンケン大会で私が優勝してグループのセンターになったことがあったじゃないですか」
込み上げる感情を抑えているのに逆に落ち着いた声で話していると思った。
「それで占いというか霊視が出来るアイドルにされたんです」
私は視線を麻雀牌に落としながら呟いた。
「あの暴行事件の時に責任を取りたくない運営側が私の方を非難し始めた時は嘘をついてきた天罰があたったんだって感じて」
我ながら偽善者めいたセリフに聞こえる。
「だから、もうアイドルとしてやっていく自信がなくなったんです」
目の前の彼も私が裏切ってしまったファンなのだ。
「でも、今日は久しぶりにエンジェルグラスの麻雀ライブを楽しんでいただければ嬉しいです」
私の話に苦笑している社長にはせめてこの麻雀は楽しんでもらいたいと思った。
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