4―38  魔剣士


 ハティに跨ったマリウスは、スライム山の頂上に立って眼下を見下ろした。


 鞘に納めたミスリルの剣を背中に背負っている。腰に吊ると剣先が地面に着いてしまうので、止む無く背中に背負う事にした。


 付与は何もつけていない。

 今日は実験がしたくて持ってきたが、この儘ではどうにも長すぎて使いにくいので、ブロックに頼んで短く打ち直して貰おうと思っていた。


 山頂から眼下に向け“索敵”を広げてみる。沢山の赤い光点の中に、レアらしい大きな光点が三つあった。


 マリウスは一番近い二つに向けて、ハティを促した。

 ハティは山頂から飛び降りると空を駆ける。


 マリウスは“結界”を自分の周りに広げると背中の剣を抜いた。

 魔力は未だ2000以上ある。

 15分位はミスリルの剣に魔力を流すことが出来る。


 赤い光点の正体は恐らく前に倒したのと同じフレイムタイガー。

 再生能力のある魔物だ。


 ハティが森の中に飛び込んだ。

 茂みの中を駆け抜けると二体のフレイムタイガーが見えた。


 マリウスは剣を持ったままハティから飛び降りると、“瞬動”を発動しながらフレイムタイガーに向かって駆け出した。


 フレイムタイガーがマリウスに気付いて、口から炎を吐いた。

 マリウスは“結界”を発動して炎を弾きながら、手に持ったミスリルの剣に魔力を流した。


 炎を“結界”で弾きながら、マリウスはすれ違いざまにフレイムタイガーの腹を“羅刹斬”で切り裂く。


 並走するハティはもう一匹のフレイムタイガーに高速で迫ると、前脚の一撃でフレイムタイガーの首を飛ばした。


 マリウスが止まって振り返ると、腹を切り裂かれたフレイムタイガーが、どさりと音を立てて倒れた。


 マリウスはレベルが上がってステータスがリセットされる感覚で、フレイムタイガーが絶命したのを知った。

 やはりミスリルの剣に魔力を流して切ると、傷は再生されない様だ。


 ハティが回収した二体のフレイムタイガーの魔石を受け取ると、一つを左手に握ってハティの首輪に右手を翳す。


 首輪に“結界”を付与した。恐らくハティなら使いこなせるだろう。

 マリウスはハティに跨ると次の光点に向けて再びハティを駆けさせた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 目を開けると見知らぬ天井だった、等とのんきに考える様な人生は、Sランク冒険者ケリー・マーバーツェルには勿論無かった。


 意識が戻ると同時に“気配察知”を発動する。四角い部屋に、自分とエレノアとソフィーがいる。


 隣にも同じ位の大きさの部屋があり、アデルとバーニーがいた。取り敢えず全員生きている様だ。


 ケリーは自分の体をチェックした。

 胸の痛みはあばらが折れている様だが、他には致命傷は受けてない。


「目が覚めたんでしょう」

 エレノアがケリーに声を掛けた。


 ケリーが起き上がって二人を見た。

 二人とも膝を抱えてレンガ造りの部屋の隅で座っていた。


「何処だここは」


「牢屋みたいよ」

 エレノアがそう言って指差した先に、鉄格子が嵌っていた。


 辺りを見回してみる。何もない部屋の壁に、金属の曲がった筒の様なものが出ている。上に丸い取っ手が付いていた、


 武器は取り上げられたようだ。


「お前たち怪我は?」


「うんもう直った」

 ソフィーは無言で頷く。


「直ったってなんだ?」

 ケリーが眉を顰めると、エレノアが壁から突き出た鉄の筒を指差して言った。


「其れ捻ったら水が出て来るから。それ呑んだら怪我が直ったよ」


「怪我が治ったってなんだそりゃ? ポーションでも出てくるのか」


「うーん味はただの水だけど、ポーションより良く効くよ。あんたも怪我してんなら飲んだら」

 ソフィーを見ると黙って頷いた。


 ケリーは痛みをこらえて立ち上がると、曲がった金属の傍に近付いた。


 上に付いた丸い取っ手を回すと、筒の先から水が零れ出す。水は床に開いた小さな穴に流れ込んでいった。


 ケリーは水を手で掬って口に含んだ。

 ただの水だった。そのまま飲み込んで暫く待つ。

 毒では無い様だった。


 少々の毒なら耐性があるから死ぬ事は無い。

 ケリーは更に水を掬って飲んだ。胸の痛みが次第に消えていった。


 ケリーは痛んだ辺りを自分の拳で叩いてみたが、何ともなかった。


「確かに良く効くようだな」


 ケリーは鉄格子の向こうに視線を向けた。

 人の気配はない。


「見張りもいねえのか?」


「いないみたいよ」


「だったら、とっととずらかろうぜ」


「どうやって」


「そんな檻ぶっ壊せばいいだろう。この壁もただの土レンガじゃねえか」


「無理よ」


「無理って」


「あんたが寝ている間に散々やったよ。壁も床も鉄格子も。ダメ。魔法もアーツも受け付けない」

 ソフィーが黙って頷いた。


「ケリーこれは無理だぜ」

 隣からアデルの声が聞こえた。


 ケリーが手格子に向かって手刀を振って“剣閃”を飛ばした。“剣閃”が鉄格子に当たると、砕けて消えた。


「これって……」


「うん、あの若様の力と一緒だね」

 エレノアが疲れた様に言った。


 ケリーはあの少年に、ユニークアーツすら届かなかったのを思い出した。


「何なんだあれは」


「わかんない、魔法でもアーツでも無かったよ」

 エレノアが首を振った。


 確かに魔力や理力が発動する気配は全く感じなかった。

 攻撃は弾かれ、自分達も弾き飛ばされた。


「ホントに最初の魔法は“トルネード”だったのか?」

 隣の牢でバーニーが尋ねた。


「本当よ、術式が見えたもん、初級風魔法“トルネード”よ」


「“トルネード”って目晦ましの支援魔法だろう。あれじゃ殲滅魔法じゃねえか」

 アデルの声がした。


「あたしあれで飛ばされた」

 ソフィーが膝を抱えたまま言った。


「飛ばされてあんたラッキーよ、あの後私潰されて死ぬとこだったわ」


「俺も。あばら全部やられた」

 バーニーが言った。


「完敗だな、フェンリルは何にもしてねえ、あの子供一人にやられたよ」

 アデルの言葉を聞きながら、ケリーは床に寝っ転がると目を閉じた。


「私達どうなるのかなあ」


「縛り首とかじゃねえか」

 バーニーが隣の牢で嘆く。


「殺さないって言ってたからそれは無い」

 ソフィーが答えた。


 確かに殺すならとっくに殺されている。


 魔境以来負け続きだが、ケリーは落ち込まない。

 最後に勝てばいい。生きてる間は引き分けだ。


 ケリー目を閉じるとその儘眠った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 森を駆け抜けると突然開けて、沼地に出た。


 この辺はセレーン河からもう数キロしかない、東の森の最深部である。

 沼のほとりに甲羅を纏った全長が10メートル位ありそうな、大きな蜥蜴の様な魔物がいる。


 アースドラゴンだった。


 マリウスを乗せたままハティがアースドラゴンに向けて真っ直ぐに駆けだした。


 アースドラゴンの頭上に術式のルーンが浮かび、岩の塊がマリウス達の頭上に振って来る。土魔法が使える様だ。


 ハティは“結界”で岩を弾きながらアースドラゴンに接近すると“結界”を広げてア

ースドラゴンに叩きつけた。


 マリウスがバルバロスやケリー達に使ったのと同じ攻撃だが、もう使いこなしている様だ。


 アースドラゴンが“結界”に弾き飛ばされて、宙に舞うと水飛沫を上げながら沼に落ちた。


 マリウスはすかさず沼に向かって“インフェルノフレーム”を放つった。

 沼を包むように火柱が上がり、水が干上がってひび割れた沼底の地面に、仰向けに足掻くアースドラゴンの姿が現れた。


 沼の上空に、ハティが駆け上がる。

 マリウスはミスリルの剣を抜くと、魔力を流しながら“結界”に身を包んでハティから飛び降りた。


 アースドラゴンの腹に着地しながら剣を突き立てる。

 仰向けのまま咆哮するアースドラゴンの腹を切り裂きながら、マリウスが地面に飛び下りると、ハティの角が光ってアースドラゴンの傷口に落雷が直撃した。


 アースドラゴンが痙攣し傷口と口から煙が立ち上る。


 ハティの全身が光に包まれた。

 レベルアップしたハティは容易く爪でアースドラゴンの死骸を切り裂き、爪先で魔石を取り出した。


 ハティが回収したアースドラゴンの魔石を受け取ると、マリウスは再び“インフェルノフレーム”を放った。


 今度はアースドラゴンの体が燃え尽きて、甲羅だけが残った。

 やはり死んでしまったら“物理耐性”も“魔法耐性”も働かない様だった。


 何時か甲羅を回収に来たいと思ったマリウスは、アースドラゴンの甲羅を“ストーンウォール”で覆った。

 ステータスを確認してみる。


マリウス・アースバルト

人族 7歳  基本経験値:27108

          Lv. :23


ギフト 付与魔術師  ゴッズ


クラス アドバンスド Lv. :34   

          経験値:57576


スキル  術式鑑定 術式付与

     重複付与  術式消去

     非接触付与

      FP: 498/498

      MP:3980/4980


スペシャルギフト

スキル   術式記憶 並列付与

      クレストの加護

     全魔法適性: 359

     魔法効果 : +359


「斬るときにだけ、魔力を流せば魔力を節約できるんだ」

 ミスリルの剣の使い方も分かったし、ハティもレベルアップできたので、マリウスは満足して村に戻った。



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