3-10  物理防御


「え、マリウス様が執政官になられたのですか?」


 ノルンが驚いて声を上げてしまった。

 エリーゼは何故か小さなガッツポーズをした。


 館のクラウスの執務室に呼ばれた二人は、クラウスからマリウスの執政官就任の話を聞かされた。


 傍らには彼らの父親のホルスとジークフリートもいる。


「うむマリウスにはゴート村とノート村の二つの村を開拓し、魔境迄の道をつける様に命じた。ついてはマリウスの近習である其方たちにも、かの地に赴いてマリウスの助けになって貰いたいのだが」 


「それは勿論喜んでマリウス様の元に参りますが、マリウス様が開拓ですか?」

 ノルンが未だ信じられない様子で問い返す。


 傍らでジークフリートが息子に言った。

「ノルンよ、若様のお力は我らが保証する。お前はただ若様をお助けし、お守りすれば良いのだ」


「はい、解りました、お引き受けいたします」

 父親にそう言われては、ノルンはそう返事するしかなかった。


「エリーゼ、お前も問題ないのだな」

 ホルスが娘に言った。


「勿論です父上、終に若様が御立になるのですね、私が行かなくてどうしますか。今直ぐここを発って若様の処に馳せ参じたいです」

 

 エリーゼの言葉を聞いてクラウスが苦笑する。


「出立は明後日で良い。それまでに準備を終わらせておけ、それとマリウスの村には余人に知られたくない秘密が幾つかある。ホルスとジークから良く話を聞き、特にマリウスが羽目を外さぬ様厳重に見張って欲しい」


 ノルンとエリーゼは居住まいを正してクラウスに答えた。


「はっ! 承りまして御座います」


「必ずやお役目を全うしてご覧に入れます!」


 クラウスは二人に頷いて下がらせようとしたが、ふと思い出して二人を引き留めた。

 

「実はマリウスに人手を送るため、冒険者ギルドに冒険者の長期雇用の依頼を出しているのだが、どうも今一乗り気でないようでな。ゲオルグに聞いたところ、何やらお前たちに懇意にしている冒険者がいるそうだな?」


「ええ『四粒のリースリング』といるEランクの冒険者ですが」

 ノルンが答えた。


「ランクは問わぬ故、その者達に声を掛けてはくれぬか、人が集まらずに困っている。それなりに優遇する用意もあるし何れ住居も用意するつもりだ」

クラウスの言葉にエリーゼが言った。


「解りました。彼らはゴート村の出身なのできっと参じてくれると思います」


「うむ、宜しく頼む」

クラウスはそう言って二人を下がらせた


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 マリウスはそろそろ昼食なので、村長の屋敷に戻った。

 食堂に入ると、エルザ達がいた。 


「こんにちは若様、少しは立ち直れました?」


 笑って挨拶するマリリンに、マリウスは引き攣った笑いを浮かべて挨拶を返す。


「こんにちは。何のことか分からないけど、僕は元気だよ」


「無理する姿が痛々しいですよ」 


 キャロラインがローストした肉に噛り付きながら言った。

 ジェーンはにやにや笑っている。


 マリウスは三人を無視してエルザに挨拶する。

「今日はエルザ様、今日は随分ゆっくりですね」


 エルザは相変わらず楽そうな冒険者姿で、食事をしていた。


 そう言えば公爵夫人のドレス姿を、一度も見た事は無いなとマリウスは思った。


「ああ、遅くまで手紙を読んでいた。昨日ガルシアが私宛の手紙を纏めて送って来たのでな」


 ガルシアとは領境に駐屯している、公爵家騎士団のエンゲルハイト将軍の事だ。

 マリウスは、昨日将軍の使いがエルザの処に来た話は聞いていた。


「明日の夕刻、ガルシアと若い軍師が君に逢いに、此処に来るから宜しく頼む」


「え、将軍も来るのですか!?」

 マリウスが驚いた。


「まあ武器の購入に関する話だからな、ガルシアも興味がある様だ」


 エルザが食事を終えてリザにお茶を頼みながら言った。


「えーと何人くらいで来られるのですか」

 泊まる処が無い。


「さあ30人位ではないか。軍師と将軍ぐらいならこの家に未だ部屋があるだろう。兵士達はテントで良いさ」


 エルザはお茶を飲みながら気楽に言う。

 ちらりとリザを見ると、大丈夫と云う様に笑顔で頷いてくれた。


「其れより今日はどうするのだ。私は暇だぞ」

 

 エルザが期待に満ちた目でマリウスを見ている。

 また魔物狩に行きたい様だ。


「今日は予定があるので魔物狩にはいきません」


 そう言ってマリウスはリザの並べてくれた料理を食べ始めた。


「なんだ、つまらぬな。それでは私達だけで森に出かけるとしようか」

 エルザがジェーン達を見る。


 エルザの言葉に三人娘がそろって嫌そうな顔をした。


「また魔物と戦うのですか。もう充分頑張ったと思いますが」

 ジェーンが恨めし気に言う。


「エルザ様何時までここにいるのですか、公爵様が怒っていますよ」

 キャロラインも呆れた様に言った。


「こんな事ばっかりやってたら、何時まで経っても御嫁にいけません」

 マリリンが口を尖らせて文句を言うと、三人娘にエルザが怒鳴った。


「馬鹿者! タダ飯ばかり食っていないで少しは働け! そんな事ではいつまでたっても先代に追いつけぬぞ!」


 追いつけなくてもいいとか、御嫁に行きたいとか喚いている三人娘に苦笑しながら、マリウスは角ウサギのローストに噛り付いた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 食事の後まったりとお茶を飲んでいると、クルトがやって来た。


 騎士団の準備が出来たようなので、エルザ達と別れて屋敷を出た。

 魔石の入った鞄をクルトに持って貰い、広場に向かう。


 広場には筵が引かれ、騎士が着用するプレートメールと、歩兵の着用する革鎧が並べられていた。


「若様、御申しつけの通り140領を7領ずつにして並べております」

 マリウスはまずプレートメールの山に向かった。


 プレートメールはヘルメット、胴、脚、腕、手先に嵌るガントレット等がいくつかに分解されて一つに積み上げられた鎧を、7領ずつ集められた山が6つ並んでいた。


 錆止めを塗った黒っぽい鉄色のそれは全てオーダーメイドで、クルト以外の騎士42人の物だった。


 騎士達は慣れれば分解された鎧を、順番に5分位で装着できると言う。


 全部で30キロを超える重量があり、身を守るだけでなく、肉弾戦ではそのまま鉄の塊として相手に打撃を与える事も出来る。

 

 騎士団では騎士は全て“身体強化”を使いこなせるものに限られていた。


 マリウスは新たに38個のグレートウルフの魔石を受け取った。

 オークの魔石と合わせて168個ある。


 身を守るための者なので、1領に一つ使う事にした。


 マリウスはグレートウルフの魔石を七つ左手に持つと、膝を付いて真ん中の鎧に手を当てると七両のフルプレートメールに“物理防御”を付与した。

 

 七つの分解された鉄の山が青い光に包まれ、マリウスは付与が旨く行ったことを知った。

 

 さくさくと残りのフルプレートメールにも“物理防御”を付与して回る。

 何時の間にか集まった兵士達がマリウスの作業を見つめていた。


 次に革鎧の山に向かう。

 付与の終わったフルプレートメールを、さっそくフェリックス達が着込み始めた。


 革鎧は上着だけで腰のあたりから分かれてお尻が隠れる位迄垂れている。

 肩と急所の胸の辺りに薄い鉄板が縫い込まれていた。

 

 これに鎖を編んだ頭巾の様な兜と、薄い鉄板の付いた脛当てと鉄甲を装着する。

 フルプレートメールと違って騎士団の支給品で、多少サイズが調整できるらしい。


 鎧に脛当てと籠手、兜を重ねてやはり七つずつ集めてある。

 70領の革鎧に、グレートウルフの魔石70個を使って、マリウスは次々と付与して回った。


 魔力の残りが186、グレートウルフの魔石の残りが6個になった

 見た目の大きさが同じ位だったが、オークの魔石とグレートウルフの魔石の使用魔力はどちらも3の様だ。


 今度はオークの魔石を使って残り三つの山、28両の革鎧を付与していく。

魔力の残りが22になったので今日は是で終了する。


 オークの魔石の残りが22個。

 明日にはグレートウルフの魔石7個が手に入るだろうが、早急に魔石を入手しないといけないと、マリウスは思った。


 昨日の魔物狩で分かった事が有った。

 安全を考えて、弓、魔法と“剣閃”や“槍影”などの長距離アーツを主軸にチーム編成してみた。

 

 下級、中級の魔物にはそれで十分であったが、上級魔物には決定的に打撃力が不足していた。

 

 やはり白兵戦でなければ騎士団の強みは、発揮できないと解った。

 出来るだけ危険を回避して魔物を狩る。


 武器や防具を強化して、より強力な魔物を狩るためのこれは手始めだった。

「また何か面白そうな事をしているな」

 振り返るとエルザだった。



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