第40話「きょくや」


 キャンプ二日目。

 カヤック体験をした後の予定はフリーだったんだけど、急遽釣りになった。どうやら昨日の夕飯時に私たちだけが食べていた虹鱒が他の班の小中学生から凄い反響を呼んだらしい。

 あんなの見ちゃったら食べたくなるよね。分かる。

 川の周りで集まり、水遊びをしたり、のんびり釣りを楽しんだり、マサアキくんと私の真似をして掴み取りをしようとしたり、最後の方は班の垣根を越え始める。

 あのガキ大将っぽい子が追い詰め、マサアキくんが魚を捕まえる風景が見えた。


 「あー……ほほえま……」

 「昨日はあんなこと言ってたのに」

 「小学生なんてそんなもんだよ。喧嘩したと思ったら気付けば親友になってるとか割とあるある」

 

 本人たちが気にせず、仲良くやってるんだから外野が口出すことじゃない。

 

 「でも僕は気にしちゃうな」

 「馬鹿にされて気にしたり、反発するのは妥当だと思う。だからと言ってあの間に挟まるのはね、百合の間に挟まる男並みの愚かさだよ」

 「それ死に値するレベルでは?」

 「流石分かってるぅ! 私とナナウミの友達なだけある!」


 ちゃんとネタを拾ってくれるのは助かる。

 あ、そう言えば。


 「アヤは何か大きい動物みたいなの見たりした?」

 「見てない。これだけ人が居て騒いでたら出てくるものも出てこないと思うけど」

 「そうだよね」

 

 多分、マサアキくんが見た影も狸か猪か何かが顔を出したのを偶然見ちゃっただけだろう。人を見たら襲ってくるより逃げる動物の方が多いと思うし。

 その時、手に水が落ちてきた。

 それから間もなく降ってきた雨粒が木の葉でリズムを刻み始める。

 

 「今日って雨の予報だった?」

 「スマホ、テントに置いて来ちゃった。と言うか私、天気予報見てない」

 「とにかく引き上げる準備しよう。雨の日の川とか危な過ぎる」

 

 直ぐに大人たちが子供たちを掻き集め、テントに戻るように促した。

 各々のテントで雨と木々の演奏会を聞きながら、持ち寄ったお菓子を四人で摘む。

 

 「ツキちゃん、星見れないの?」

 「うーん……雨が止んで雲がなくなってくれれば良いんだけど。天気予報どんな感じ?」

 

 聞いてみたけど、スマホを片手に持っているアヤは渋い顔。


 「ああもう! ポンコツ回線!」

 「通り雨だと良いんですけどね」

 「ツキちゃんのスマホは?」

 「ちょっと待ってねー」


 リュックに手を伸ばし、久々にスマホを起動する。


 「……ん?」


 真っ先に目が入ったのはソヨからの通知。

 ソヨから連絡が来ることが珍しいので天気予報を見るより先に開く。このメッセージに気付いたら電話くれ……?

 なんだろうー! 私の声が聞きたくなっちゃったとか!? 


 「ツキちゃん……なんで笑ってるの?」

 「ちょっとキモかった」

 「うぇっ!?」


 しまった。顔に出ちゃってた。

 とにかく電話してみよう。


 「あ、もしもし? ソヨ?」

 『やっと繋がった! 無事か!?』

 「何かあったの?」

 『天津甕星の野郎が復活した』


 驚きのあまり声が出なかった。理由を聞きたかったけど、後回し。


 「どうすれば良いの?」

 『キャンプ取り仕切ってる奴は大人だろ? ならそいつに鹿島神社からの通達だって言え。それだけで理解してくれるって瓶底宮司が言ってた』

 「こっちに被害が出るってこと?」

 『知らん。でも人気のない山に居る状況でもないだろ』

 「それもそうだね。分かった! 進捗あったらまた連絡する!」

 『何かあったら絶対アタシを呼べよ? 分かったな?』

 「分かった!」


 私は電話を切り、アヤを見る。

 

 「ボンちゃん、なんだって?」

 「説明は後でするから帰り支度。マサアキくんとユカリさんも荷物を」

 

 テントから出た私は運営のテントに向かい、事情を説明する。

 大人の人たちは目の色を変え、私の意見を無碍にすることなく動き出す。宮司さんのバックアップがなかったら笑い飛ばされてたのかな。

 一番偉い三村さんが拡声器で声を増幅させる。

 その声でテントで雨宿りをしていた皆んなが外に顔を出す。


 「皆に告ぐ! これから天候が悪化すると予想されるので今直ぐに下山を開始する! 必要な物だけ纏めて——」


 これで一先ずパニックにはならず避難が出来るだろう。

 そう思った矢先——私の背後から風が吹き抜けた。

 髪が靡くほどの風。なのに木々はざわめかない。肌で理解した。その風は私にだけ吹いた風だ。

 ハッとして振り返る。

 今まさに三村さんの背後から蛇人間が迫っている。


 「危ない!」

 「ぬお!?」


 横っ飛びでタックルするように三村さんを押し出せば——その場に蛇人間が着地。


 「「「うわあああああああああああああああああああああ!!!」」」

 「三村さん! 早く立って! 逃げて! 皆んな逃げて!」

 「月乃! 早くこっちに!」

 「分かってる!」


 近寄ってくる蛇人間に足払いをし、アヤたちと合流。

 

 「一体だけ?」

 「なら良かったんだけどね……!」

 「ツキちゃん! いっぱい来てる!」

 「後ろは良いから走って! アヤは先頭! ぬかるんでるから足元だけ気を付けるように!」


 あちこちから悲鳴が聞こえてくる。一体どれだけの蛇人間が……!

 手頃なサイズの石を見つけ、全力投球。けれど効果はない。


 「くっ……気休めにもならない!」

 「ひっ……!?」

 「ユカリさん!」


 私は近くに落ちていた木の棒で蛇人間の頭部を殴る。が、怯むだけ。

 

 「月乃とユカリさん、しゃがんで!」

 

 でも、その怯んだ隙に私が使ったのより太い木でアヤがフルスイング。

 鈍い音と共に蛇人間がひっくり返り、私たちは逃走再開。


 「ツキちゃん、かくれるのは?」

 「数が多過ぎるから厳しい。うわっと!」


 木の枝を掴んで体を引き上げ、足を狙った攻撃を避ける。

 

 「ボンちゃんに連絡は!?」

 「してる暇あると思う!? どちらにしてもまずは逃げ切らないと!」

 「逃げ切る……っ!」


 前方で息を呑むアヤ。私と同じことに気付いたんだ。


 「帰り道……どっち?」

 「……」


 まだギリギリ陽は出ているはずだけど、曇天。これ以上暗くなったらまずい。

 思考と同時に止まる足。蛇人間は止まらない。


 「まず——!?」


 もう避けきれないと思った蛇の頭——がスパッと切れた。

 空から降ってきた一振りの直刀が勝手に動き、私たちの周りを囲んでいた蛇人間たちを斬り伏せていく。最後は私の手に落ち着いた。

 これって……もしかして?

 

 ——カァ、カァ。


 頭上で鳴いている烏が私たちと同じくらいの高さまで降りてきた。

 

 「月乃、この烏」

 「うん、多分大丈夫。道案内をしてくれるみたい。なんか武器も持ってきてくれたから蛇人間の相手は私がする」

 「無理はしないで」


 無言で頷き、烏の後を追う。道中で遅い来る蛇人間たちを斬り払いながら走っていたら流石に息が上がる。私が限界に近いなら皆んなはほぼ限界だ。

 

 「出られた!」

 

 麓の駐車場ではバスや他の車がエンジンを掛け、出発を待っていた。

 

 「おお! 無事で良かった! 他には!?」

 「僕らだけで逃げてたので他の人は分からないです……」

 

 まだ出発を待っているのもあり、蛇人間の気配は感じない。

 周囲へ警戒を解けば疲労がドッと体にのし掛かる。息を整えていたら烏と右手に持った剣がスゥッと消えてしまった。

 遠い愛宕山から助けてくれたんだね。ありがとう、天狗様。


 「ツキちゃ——」

 「っ——!」


 マサアキくんの声でハッとして、振り返る。

 緩み過ぎた。せめてマサアキくんだけでも!


 「うおおおおお!」

 

 その蛇人間にタックルしたのはアヤ。

 駐車場の地面を転がり、馬乗りになる。でも、直ぐに腕を噛まれ、長い首を利用して引き剥がされた。怒り狂った蛇人間は仲間を呼び寄せ、アヤを囲む。

 

 「月乃は僕が守るんだ……!」

 

 まずいまずいまずいなんとかしないと早く何か考えないとアヤが死んじゃう。

 

 「おい! 化け物が一杯出てきたぞ! 早く乗るんだ!」

 「待って! まだアヤが!」

 「アヤトちゃんひかってる!?」

 「え?」


 マサアキくんが言った通り、蛇人間たちの中心から眩い光が溢れ——その光が収まるのと同時にアヤを袋叩いていた蛇人間たちが霧散する。

 

 「今しかない!」


 ぐったりとするアヤの安否を確認している暇はない。

 なんとか担ぎ上げ、バスに向かって走る。


 「マサアキくん! 走って!」

 「うん!」

 「もう無理だ! 三人が乗ったら出発するぞ!」


 山から湧水のように溢れ出してくる蛇人間も流石に車の速度には追い付けない。

 

 「ツキちゃん……アヤトちゃんは?」

 「うん、一応息はしてるけど……怪我が酷い」


 私は医者じゃなければ医療知識もないから無事かどうかが分からない。

 マサアキくんに頼りない顔を見せたくないのにうまく表情を作れずにいたらユカリさんが頭に手を添えてきた。


 「大丈夫。きっと大丈夫」

 「ツキちゃん……」

 「今から鹿島神社の宮司様が指定した避難所に向かう。流石にここまで来れば化け物も追ってこれないはずだ」


 不安な私たちを慰める言葉を運転手さんが掛けてくれる。

 高速で移動している車に乗っていれば大丈夫……本当に?

 今までの蛇人間は人間への恨みで感情任せに動いているような気がした。けれど今回のは明らかに動き方が違う。数で押してくるなんて初めて見た。

 とにかくソヨに連絡を取ろう。

 と、スマホを手にした次の瞬間だった。

 

 ——窓ガラスを突き破り、派手な音と共に蛇人間が車内に入ってきた。


 カーテンレールのような鳴き声を上げながら最後尾の席に居る私たちを睨む。


 「嘘でしょ……」

 

 もう……こんなのどうすれば良いの……無理だよ。

 そんな思考の回らない頭にポンと手が置かれた。ユカリさんだ。


 「一杯助けて貰いましたね。ありがとうございます」

 「……? 待っ——!」


 一瞬、訳が分からなくて停止した。気付いた時にはもう遅い。

 移動しているバスの中を駆け——ユカリさんが蛇人間に飛び掛かる。取っ組み合いをしながら必死にとある方向に引き摺ろうとしてるように見える。

 それは蛇人間が突き破ってきた窓。

 ユカリさんは椅子を踏んづけ、自分の体ごと蛇人間と一緒に飛んだ。


 「おかあさん! おかあさん!」

 「マサアキくん駄目! 落ちちゃう!」

 「おかあさん! うわぁあああああああああああああ!」


 私はユカリさんを追って飛び出しそうなマサアキくんを必死に抱き止める。

 自分の不安と悔しさも全部全部抑え込む。

 それしか、出来なかった。

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