第24話「わすれないでわすれないで」


 馬鹿みたいに暑い夏の日は冷房の効いた部屋に居るのが一番だ。

 特に夏休みならわざわざ学校までの移動時間もなく、キンキンに冷えた部屋に引きこもっていても問題ない。

 誰にも邪魔されることなくアニメを見たり、ギターを弾いたり、至福の時間。

 しかし、今日はそんなに楽しくない。ひたすらに常陸島の歴史が書かれた分厚い本を捲っては目を通し続けている。

 

 「會澤ぁ……それっぽい記述あったか?」

 「今のところない……かな……」

 「「はぁ……」」


 大きな大きな溜息が出る。今日、図書館に来てから何ページ捲ったんだろう。

 時代の流れか図書館の利用者はアタシたち四人。他に居るのは司書だけだ。

 案の定、司書もヤトノ祭りのことは詳しく知らなかった。なので『常陸島の歴史』と表紙に書かれた本を只管に読み進めて探すしかない。

 しかもこの『常陸島の歴史』とやらが最悪の構成をしている。

 本当にただ過去の事実を書き連ねているだけで目次がない上にどうでも良い情報も事細かに記述してる所為でページ数が馬鹿阿呆間抜けの三拍子。

 アタシからしたら『本』と言う呼称すら使いたくない代物。

 その結果、読むスピードが遅い月乃と読み飛ばすことが出来ず、何処までもしっかり読まないと気が済まない綾人は判読組から除外した。

 二人は祭り時期の新聞を漁って貰い、詳しい記述がないか探している。

 

 「せめて祭りが始まった年代だけでも分かれば」

 「ねぇ! 月乃とアヤは何か見つけたー?」


 會澤が声を張っても司書は何食わぬ顔。アタシたちしか居ないもんな。

 

 「うーん、年代は分かんないけど祀ってる神様の名前っぽいのは見つけたよ。よるかたなかみ……?」

 「夜刀神ヤトノカミ……じゃないかな?」

 「會澤、夜刀神の漢字を探すぞ」

 「りょうかーい!」


 ヤトノ祭りヤトノ祭りで正式な御神体の名前すら分からなかった。

 その漢字さえ分かれば探すのも容易……じゃないけどさっきよりは幾分かマシだ。

 砂漠の中からコンタクトレンズを探すくらいには面倒な作業の途中、アタシは気になる単語を見つけてページを捲る手を止める。

 

 ——愛宕山。


 あの喋る蛇人間をぶっ飛ばした時に初めて入った山。

 月乃の居場所を教えてくれる風が吹き、何故か三人居たはずの蛇人間が一人に減っていた不思議な場所だ。

 アタシは達筆過ぎるくずし字を読む。

 どうやら愛宕山には十三人の天狗が住んでいると言い伝えられているらしく、各地で困っている信者を助けたり、魔物を祓っていたりしたようだ。月乃たちが夜刀神すら知らないんだから信仰なんてもうほぼ薄れてるだろう。

 それでも天狗は月乃を助けた。

 昔から悩んだ時に足を運んでいた月乃を守りたかったのか。天狗まで味方にするとは相変わらずだな。

 こう言う妖怪は人々からの認識が重要だと爺さんが言っていた。

 自由自在に動けるのはもう愛宕山の中だけになってしまっているのだろうか。

 

 「あ! 梵さん、この字『夜刀神』っぽくない?」

 

 會澤の声で席を立ち、會澤の本を覗き込むと月乃たちも集まってくる。


 「それっぽいな」

 「うへぇ……探すのも大変だったのにこれ読むの? 読めないんだけど」

 「いや、アタシが読める」

 「「「えっ!?」」」

 「多分、これのおかげ」


 アタシは自分の垂れ下がった銀色の髪を撫でる。

 くずし字は小さい頃に見たことがあり、全然読めなかった。なのにすらすら読めると言うことは、これも特異体質の効果なんだろう。

 驚く三人を尻目に字を目で追い、アタシなりの言葉に訳す。


 「夜刀神は常陸島に遥か昔から居る蛇の神。真っ白な体に角を生やした大蛇の姿をしていて、同じく白い蛇を仰山従えている」

 「白い蛇……」

 「住処である常陸島に移り住んできた人間の繁栄に痺れを切らした夜刀神は怒り、暴れ、人々を襲った。愛宕山の天狗たちは人々を守る為に戦ったが、敗北」

 

 敗退と言った方が正しいか。怪我を負い、愛宕山に逃げ帰った、と書かれている。

 

 「恐れをなした人間が夜刀神に許しを請うと、年一回の生贄と夜刀神を讃える祭を行うよう告げられた。これがヤトノ祭りの原点か」

 「凄い神を讃えるお祭りじゃなくて恐れからくるお祭りだったんだ」

 「いいいい生贄って!? 今も!?」

 「まさか。爺さんがそんなことしてるの見たことない」


 滅多にもないことを想像する綾人を落ち着かせる。

 当時はともかく、現在ヤトノ祭りをやってるのは帷神社だ。アタシには特異体質で研ぎ澄まされた五感がある。爺さんが怪しいことをしてれば直ぐに分かる。

 そもそも、島だと言ってもそこまで本土と隔絶されていない。

 生贄文化が今も続いていたら本土の特殊部隊『Rouge』とやらに気付かれる。


 「じゃあ何処かのタイミングで生贄はなくなったってこと? ソヨの話聞く限りではそんな優しい神様には思えないよ?」

 「んーっと、生贄は代々神代かじろ家の人間が担っている」

 「神代さん、聞いたことあるかも」

 「私も」


 どうやら會澤と月乃は聞いたことがある苗字らしい。

 

 「この生贄と祭り文化は定着し、夜刀神は常陸島の悪神と守り神を兼ねた。しかしある時、生贄文化に異を唱えた人物が居た。帷神社の巫女——梵恵理子エリコ

 「梵……と言うことはソヨのご先祖様だ」

 「遠過ぎるご先祖様だな。このご先祖様はそれはもう大批判を喰らったって書かれてるな。罵詈雑言の嵐だとさ」

 「それでどうなったの?」


 綾人の問いに答える為に読み進めるとまさかの展開が書かれていた。

 

 「ご先祖様が生贄の代わりに名乗り出た……は?」

 「生贄文化への反対は何処に!?」

 「待って、頭の整理が追いつかない。梵さんの先祖が根付いた文化に異論を叩き付けたと思ったら……」

 「ご先祖様が生贄になっちゃったの!?」

 「いや、違う」


 この筆者は「生贄の代わりに夜刀神様のところへ行く」とご先祖様が発言した。そう記している。普通に考えたら生贄の代わりになると認識するだろう。

 だけど、そんな回りくどい書き方をする意味が不明だ。

 案の定、次のページを捲ると想像とは違う流れが書かれている。

 何やってんだよ……アタシのご先祖様。


 「夜刀神の住処まで行ったご先祖様は死んだと思われた。問題なく生贄が捧げられたと安心した島民がヤトノ祭りで馬鹿騒ぎしてたらご先祖様がご機嫌な様子で姿を現した。常人とはかけ離れた雪のような白い髪で」

 

 三人の息を呑む音。

 

 「その隣には同じく白い髪を持ち、角を生やした好青年」

 「白い」

 「角を生やした」

 「好青年」

 「お察しの通り、人間に化けた夜刀神。続きを読む感じだとご先祖様は夜刀神をオトしたらしい」

 「それは勿論、恋愛的な意味で?」

 「それしかないだろ」

 「ソヨのご先祖様どうなってんの……」

 「アタシに言われてもな」


 予想の斜め上過ぎる展開に月乃以外が言葉を失っている。

 人間に怒り散らして生贄まで求めていた神様を惚れさせ、人里でデート。ご先祖様と一緒に関わった人間の文化に感銘を受けた夜刀神は生贄を中止した。

 嘗ては争った天狗たちとも手を組み、ご先祖様と一緒に島の外から来る異形を退け、正真正銘の守り神に、か。

 ご先祖様の髪が白くなったのは夜刀神の力を分け与えられた影響とのこと。


 「そして、ご先祖様は神婚を行った。産まれた子供は煌びやかな白髪を持って生まれ、それから二人はとある山の奥深くでひっそりと暮らしたと言われている。その後は帷神社がヤトノ祭りの管理を行い、島民は守護神の夜刀神を永遠に崇めることを約束した……終わり、だな」


 パタン、と分厚い本を閉じる。三人を見渡す。

 まずはお口あんぐりだった會澤が声を絞り出した。


 「なんか予想よりも派手で言葉が出ないんだけど」

 「つ、つまりボンちゃんは神様の血筋ってこと!?」

 「何百年も前の話だ。もう血は残ってないと思う」

 「待って待って夜刀神様はソヨのご先祖様と結婚して守り神になったんだよね?」

 「そうなるな。この本の記述が事実なら」

 「じゃあなんで……白い蛇の妖怪が島の人たちを襲ってるの……?」


 正直な感想で言えばアタシは大体の想像が付いている。

 その答え合わせは然るべき人にして貰おう。

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