第20話「おわらないうた」


 舞台の袖からステージに向かって足を出す。一歩、また一歩。

 ステージのライトが私を照らす。耳に飛び込んでくる歓声は全部私のもの。憧れていた特別を持った人たちが見る景色、浴びる期待。

 トリが決まった時から楽しみたいのに怖くて怖くて仕方がなかった。

 誰かが困っているのならそれを助けると言う目的が決まってる。言っちゃえばマイナスをゼロかプラスに持っていく行動。

 けど、この場は違う。誰もが困ることなく楽しんでいる。

 プラスの感情を更にプラスにしなきゃいけない。

 今まで人助け以外のことは全部途中で終わっちゃってる。スポーツもピアノも。

 ステージの真ん中に立ち、マイクの位置を調整する。

 皆んなを盛り上げられるのならやりたい。正直、自信なんてなかった。さっきまで緊張で胸が張り裂けそうだった。

 なのに、いざ壇上に立つと右手の震えが止まっている。

 まだ、ナナウミの、ホノちゃんの、ソヨの熱を感じる。

 もしも皆んながもっと笑顔になってくれたら。

 もしも皆んなが今日の日を特別な日と思ってくれるのなら。

 そう思うと自然と笑えた。


 「皆んなー! 盛り上がってるー!?」

 「「「うおおおおお!」」」

 「「「ふぅうううう!」」」

 「良いねぇ! 盛り上がってるねぇ! 私で最後なんだけどさ、折角なら最高に楽しんで終わりたいよねー!」


 熱い歓声が返事となる。

 あー! なんで自分でハードル上げてるの!? 

 だからと言って自信なさげにしても雰囲気が壊れるし、私はこう言う状況で調子に乗りたくなるタイプなのである。

 

 「ただやっぱり暑いよね」

 「「「あつーい!」」」

 「だよねー! じゃあさ、一曲! 一曲休憩しよう休憩! この曲は私なりのエール。ちゃんと聞いてくれても良いし、一休みしてても大丈夫。聞いて下さい!」


 最後に大きく声を張った。

 静まる観客の皆んなを見渡してからギターを構え、左手の指で弦を押さえる。

 わざとマイクに入るように息を吸い込む。イントロのない『枝折』の歌い出しと同時に右手を弦に振り下ろす。


 ——気が付けば、拍手に包まれていた。


 ハッとして弦に落としていた視線を上げる。

 皆んなの表情は柔らかく、拍手も激しくない優しくて暖かい音色で会場が満たされている。これが全部、私に向けられた拍手。

 

 「月乃ちゃーん! 良かったよー!」

 

 一人が出した声援を皮切りにあちこちで声がポンポン飛び出す。

 綾人も腕を組んでうんうん頷いていて、遠くに見える太陽も何度も何度も拳を上に突き上げていた。

 うん太陽……楽しんでくれるのは嬉しいけどそう言う歌じゃない。

 成功を祝ってのことかもしれない。でも正直歌っていた最中の記憶はない。


 「嬉しい反応ありがとー! ほんと安心した! だって見てよこれ! めっちゃ震えてるんだけどー!?」

 

 皆んなに見えるように掲げた右手はプルップルだ。

 客席から聞こえてくる笑い声に釣られて私も大きく大きく笑う。楽しくなって笑ってるのもあるけど、内心の焦りを隠す為でもあった。

 うわっはー! どうしよう! この手で次の曲行ける!?

 そうやって高揚した気分のままでも焦り、少しでも落ち着けるMCを考える。

 その時、暖かい会場からざわめき。

 人の気配に振り返ると、眼鏡をしたソヨがピアノに歩き、椅子に腰掛けた。音のチェックで鍵盤を鳴らして私を見てくる。

 眼鏡の上からでもその奥の感情が読み取れる。行くぞ、と。

 それだけで手の震えも緊張も吹っ飛んだ。

 

 「さぁ皆んな! ラスト行くよー! 知ってる人は歌っちゃえー!」


 ソヨと合わせたことなんて一回もない。こちらもまたイントロがなく、出だしがいっちばん難しい。

 なのにソヨは私が右手でボディを叩いて取ったタイミングに合わせてくる。

 口から出る歌声も。

 弦を押さえる左手も。

 弦を弾く右手も。

 何もかもが滑らかに自然に動く。そのおかげで余裕が出来た。

 皆んなの手拍子、口ずさみ、楽しそうな眩しい笑顔で視界一杯が埋め尽くされる。

 あぁ……こんなに楽しいと思える空間は初めて。

 出来ることならこの時間がずっと続けば良いのに。


 「「「ふぅうううううううううう!!!」」」


 アウトロが終わった瞬間、割れんばかりの大歓声。

 本当に楽しかった。やって良かった。無事に終わって安心した。

 そう思った矢先。


 「アンコール!」

 「えっ?」

 「「アンコール! アンコール!」」

 「「「アンコール! アンコール! アンコール!」」」


 アンコールの声は次第に大きくなっていく。

 どどどどどうしよう!? アンコール用の曲なんてないよ!? 

 焦る私の足元にシューっと何かが滑ってきた。それはギターのエフェクターボードで、確かホノちゃんが借りてきたやつ。

 飛んできた方向を見るとソヨが同じくホノちゃんがレンタルしてきたギターを担ぎ、ストラップの調整をしながら私の隣に立ち、ボードの位置を調節する。

 スタンドマイクを真ん中に私とソヨでサンドイッチする立ち位置に。

 

 「『アオハルシンプレックス』『陽色舞』『多音日』で行く。歌えるだろ?」

 

 アンコールなんて考えてなかった。ソヨは本当に……!

 駆け付けてきた生徒会の人にギターを預け、ソヨに向かって頷く。

 ソヨはニヤッと笑うと眼鏡を外し、舞台袖に投げ捨てた。


 「さぁお前らぁ! まだまだまだまだ行けんだろ! 曲なんか知らなくたって構わねぇ! その熱とノリで盛り上がれ!」


 スピーカーから流れるドラムスティックのカウント音。


 そして——ソヨのギターが鳴り響いた。

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