第11話「はろー」


 「この大馬鹿者ぉ!」


 週明けの月曜日の放課後——生徒会室に教頭の怒号が響き渡る。

 生徒会室に居るのはアタシと綾人と会長。教師陣は校長、教頭、生徒指導。更にあの時、綾人が助けた女性——前田まで居る。

 これだけの人数が居る中で怒号の標的はアタシだ。

 動画が瞬く間に拡散され、アタシがスマホを投げ捨てたり、喧嘩する様子が世界中に流れてしまったことで軽く炎上した。

 アタシの見た目の所為で特定は直ぐだった。優秀だ。

 しかし、状況が状況だったのもあり、擁護するコメントも多いらしい。

 

 「その目立つ容姿を考えろ! どれだけ野間が素晴らしいことをしても梵の所為で学校の評判が台無しだ!」

 

 だからと言って教頭の怒りが収まることはない。

 目立つ容姿と言われても好きでこうなった訳じゃねぇんだけど。お前もその目立つ禿頭をなんとかしたらどうなんだ。眩しくて叶わない。

 目も合わせず、聞き流していたら強く机を叩いた。


 「話を聞いてるのか! 何処を見てるんだ何処を!」

 「んー、明後日?」

 「梵さん、その態度は感心出来ませんね」


 血が出そうなほど強く拳を握る教頭の横で会長が口を開いた。

 話を聞かないのは良くても戯けるのは駄目らしい。次から気を付けよう。


 「お前がこの程度で済んでるのもこの方のおかげなんだぞ! 頭を下げろ頭を!」


 前田は現役の女子大生で法学部の弁護士志望。アタシがきっかけで起きたゴタゴタの後処理を御礼と言うことで受け持ってくれた。

 

 「その辺にしてあげて貰えませんか教頭先生。頭を下げるのはこちらの方です。二人に命を救われたんですから」

 「教頭先生! 僕一人じゃ絶対に助けられなかったです! だからボンちゃ……じゃなくて梵さんを怒らないで下さい!」

 「む……」

 「教頭先生、この辺にしておきませんか? それに梵さんも人命救助に尽力したのは事実です。野間さんと分けて考えるのは酷くないでしょうか?」

 

 前田、綾人、会長の援護射撃。

 こう言う状況だとアタシの話は一切聞かずに決め付けてくるから味方が居るのは有り難い。

 これも全部、前までじゃ有り得ない光景だったな。


 「梵ちゃんは私の尊厳と野間ちゃんを守ったんですよ。もしも私が助かってなかったら非難を浴びていたのは野間ちゃんだったはずです」

 「そうですねぇ。あの時の野次馬はモラルに欠けていました。緊急事態でしたし今回は不問と言うことにしましょうか」

 「校長!?」

 「ですが、次また暴力事件を起こした場合は覚悟しておいて下さい」

 

 校長が笑顔とも真顔とも言えない顔で見据えてくるので真っ直ぐ見つめ返す。

 つまり次やったら退学か。煙草もバレたらまずいな辞めよかな。

 

 「ではこれにて」

 

 校長が先陣を切って生徒会室を後にする。それに教頭が続き、生徒指導が睨みながら出ていき、会長は小さく頭を下げてから出て行ってしまった。

 生徒会室がアタシと綾人と前田だけになった瞬間、全身の力を抜いてソファに。


 「はぁ……説教長いんだよあの禿げ茶瓶……」

 「心臓ちぎれるかと思ったぁ……あの場で発言するのきっつぅい……」

 「二人共お疲れ様……大変だったね」


 一人だけ立っている前田が苦笑い。本当にまともな人で助かった。

 これで人工呼吸をセクハラだとか言ってくる間抜けだったらどうしようかと。その時は綾人が困るだけだから良いけど。

 

 「野間ちゃんも梵ちゃんも本当にありがとう。二人のおかげで私、生きてる。まだまだやりたいこと沢山あるから感謝してもしきれない」

 「後腐れがないようにしきってくれな」

 「君は本当に優しいね」

 「アタシが優しく見えるのか。良い眼鏡持ってんな」

 

 アタシは月乃のように誰にでも優しくは出来ない。

 だからそれは前田が優しくしたいと思えるほどの人だと言うことだ。

 生意気に揶揄っても前田は「良いでしょ?」と無い眼鏡をクイっと上げる仕草をする。キチッとした身なりをしてる癖に茶目っ気がある。

 男からもそうだけど女からの人気が出そうだ。

 その時、ドアがガラッと開けられた。


 「アヤもソヨも平気!?」

 

 慌ただしく入ってきたのは月乃。その後ろから會澤も顔を出す。

 それを見た前田は「おっとっと」と声を出し、帰り支度を始める。


 「私はお邪魔だね。じゃあ、ばいばい。女子高生たち」



 四人で手を振り、前田を見送った後、會澤がお茶を入れてくれる。

 そのお茶を四人で飲みながら会話をスタート。


 「アタシは不問だってさ。それより綾人の扱いはどうなってる?」

 

 アタシは怒られるべくして怒られたから構わない。

 問題は綾人。本人も隠す気があったのにアタシが普通に女だと言ってしまった。そっちもしっかりと動画に残っていたらしい。

 會澤は急須に新しいお湯を追加しながら軽い様子で口を開いた。

 

 「それがアヤの話は全然大丈夫なんだよね」

 「もしかしたらこれのおかげかも」

 

 月乃が取り出したのはとある紙面。記憶に新しい新聞部のものだ。

 新聞の大きな見出しには『決死の人命救助!』と書かれている。

 

 「えーっと……野間綾人の勇敢な行動で一人の命が救われた。救助の邪魔をする人物にも梵心優の起点を効かせた判断で対応」

 「多くの動画が梵心優を悪人と訴えているがあの場でカメラを向け続けるモラルはどうなのだろうか——」


 アタシと綾人で記事を読むとそんなことが書いてあった。

 野間綾人の中性的な容姿を活かした対応は目を見張るものがある……か。そう書かれたら確かに綾人を女だと思う人は居ない。

 綾人の素性を知ってか知らずか面白い文を作るんだな。


 「でも複雑だよね。それ書いたの月乃を貶めようとした二人だよ。モラルがどうとか言える立場かな?」

 「だからこそ書けたって思えば良い感じしない? 前向きに考えられるところは前向きに考えよう!」

 「わたしはそこまで割り切れないかな。アヤと梵さんを守るような記事書いてくれたのは嬉しいけど」


 會澤の意見はかなり真っ当だ。一度デマ記事を書いた奴らの信用度はゼロになる。

 この記事のおかげだと月乃は言うけど、どれだけ信用してる奴が居るか。デマ記事書いたのが学校新聞で良かったな。

 これが大手のメディア会社就職後ならとんでもない事件になってただろう。

 

 「間違いを認められるって凄いことだから大丈夫だよきっと。ね、ボンちゃん」

 「あれくらいはやる前に気付けって言いたい」

 「理論検証だね」

 「り、理論検証?」

 「ちょっと待ってボンちゃん!? ボンちゃんって何事!?」

 

 理論検証に首を傾げる會澤と妙に息の合ったアタシたちに驚愕する月乃。


 「ともあれ美しい顔が美しい顔をギャップのあるあだ名で呼んでる破壊力っ!」

 「ちょっとナナウミ騒がしい。いきなり距離縮まり過ぎじゃない? 良いことだけどさ。凄く嬉しいけどさ!」

 「そんなもんだよ。ちょっとのきっかけで仲良くなるし、仲悪くなるもんだ」

 「そんなことより月乃、ボンちゃん居るのにギターやらなくて良いの? 二曲のうち片方は最近知ったばっかりの曲やるんじゃなかったっけ?」

 「そうだった!」


 そんな大事なことを忘れるなよ。

 月乃は急いで生徒会室に置きっぱなしにしているアコギをケースから出す。学校の日は毎朝ここに置きに来ている。

 ドタバタと楽譜を鞄から探す月乃を見ていると不安になる。

 それは一番會澤が感じているだろうけど。


 「會澤は大丈夫なのか」

 「そんなに難しい曲じゃなかったから。問題は弾き語りの月乃と合わせる方だから早く弾けるようになって貰わないと困る」

 「最近知ったばかりの曲って?」

 「koMpasの『枝折』やるんだー! 気になって調べたら一番最初に出てきて、アコースティックだし超良い曲だしで即決」

 

 月乃が嬉々としてギターを鳴らし始める。左手にぎこちない箇所が見えるけど、メロディー自体はスムーズで違和感なく聞ける。お世辞抜きで上手い。

 これなら併せでやっても問題なさそうに聞こえる。

 月乃が『枝折』と言うかkoMpasを気に入ったのがちょっと意外だ。koMpasの曲は俯きがちで少しずつ前に進んでいくような歌詞が多い。

 明るさ満点の曲の方が好きだと思っていた。予想は外れか。

 取り敢えず一番だけを引き終えるとオリジナルのイントロでタイミングを取り、月乃が息を吸い込む。

 そして、弾き語りになった瞬間——演奏がガタガタになった。


 「あれ、あ、えっと……分かんなくなっちゃった」


 手元が狂い、そっちに意識が移れば歌詞も飛んだようだ。


 「こんな感じなんだけど……梵さんどうにか出来そう?」

 「……ギター自体は悪くないからまずは歌いながら弾く練習」

 「そうなるとさ、歌詞も考えて指も考えて頭パンクしちゃうんだよね」

 「鼻歌でやるんだよ。慣れてきたら歌詞を目印に指を動かすイメージでアタシはやってる」


 アタシなりのコツと弾き方をアドバイスしながら練習を進めていく。

 月乃の上達速度は遅い。牛歩と言っても過言じゃない。

 けれど投げたりしない。何度も失敗しては悔しそうに顔を顰め、「もう一回」とギターに向かう。

 教えて貰ったから、頭で分かってるから、じゃあ出来るか? 

 特別な才能がない限り無理だ。繰り返して身に付ける以外に方法はない。だからこそ前向きな月乃には教えてて不快感がない。

 失敗すらも楽しんで突き進める月乃に方位磁針は必要ないんじゃないのか。


 「いや、ボンちゃん凄くない? 勉強出来てギターも出来て、教えるのも上手い」

 「羨ましいな」

 「羨ましい?」

 「私は何もないからさー」


 月乃が遠い目で窓の外を眺める。何かを必死に見つけようとしてるみたいだ。

 

 「運動神経も体力もあるけど中途半端で勉強も駄目で……だから私は何かを持ってる皆んなが好きだし羨ましい。特別が好き」

 

 特別が好き。月乃はそう言う。強い憧れを抱いているのが見て取れる。

 別に良いんだ。月乃がどう思うかは。

 分かってる。分かっていても心の中に嫌な風が吹き始める。

 

 「ソヨが羨ましい。良いなぁ、特異体質」


 良い……? 

 この特異体質が羨ましい……? 

 両親や周りの奴らが揃いも揃って気味悪がったこの体質が?


 「良い訳ねぇだろ!」

 

 叫んでから自分の失敗に気付く。

 月乃がアタシの特異体質に憧れていることは分かってたはずなのに。

 ただ落ち着いてアタシは良くないと言えばよかっただけなのに。

 訳が分からない。そんな表情で呆けて固まる月乃。

 目を大きく見開く綾人と會澤。


 「……悪い、帰る」


 その後のことは覚えていない。

 気が付いたら折り畳まれたままの布団に体を沈めていた。

 顔付近の布団が濡れている。

 これからどうしよう……分かんないや。

 

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