第8話「あいのー」


 「ふむふむ……そんなことがあったのですね」


 生徒会室に連行されたアタシたち三人は事の経緯を説明した。

 あの後、先生たちも来て割と大きな問題にされてしまったことで今日の授業は一旦止められている。

 新井は椅子に座り、真剣な面持ちで何かを考えている。

 その最中に月乃を見ると疲れたように息を吐いていた。


 「大丈夫か? キツかっただろ」

 「うん。でもナナウミとソヨが助けてくれたから。ありがとう」

 「いやぁ……あの場で記事を破った梵さん、格好良かったなぁ……」

 「写真をちゃんと見たかっただけだ」


 後は憂さ晴らしが八割を占めている。

 まさか友達は助けようと思った矢先にこんなことになるとは思わなかった。

 アタシたちが話している間も考え込む新井の顔を覗く月乃。


 「ホノちゃん、私なら大丈夫だよ」

 「いいえ。これは由々しき問題ですから水に流すことは出来ません。あのお二方からも謝罪をしたいと要望があったので放課後に全校集会を開きましょうか」

 「放課後なのか」

 「梵さんの情報もしっかり照会しないといけませんから」

 

 あっちが認めているのに調べるのは流石会長。真面目と誠実の権化だ。


 「それとあの時、石を投げた人の顔は分かりますか?」

 「石を投げた人?」

 「罵声浴びせた奴って意味だよ。新井、全校生徒の顔付き名簿あるか?」

 「あります。こちらに」

 「それと付箋」


 新井から受け取ったパラパラと生徒名簿を捲る。

 そしてあの時、罵声を浴びせていた奴の写真に付箋を貼っていく。横二人の視線は一旦無視して記憶を引っ張り出すことだけに集中する。

 

 「まぁ、こんなもんか」

 「ええええええ!? 梵さん全員覚えてるの!?」


 全部貼り終えると會澤が大きく大きく目を見開いた。

 それは月乃も同じで、それを頼んだ新井を凝視する。


 「逆にホノちゃんは分かってて頼んだの!?」

 「流石に全員とは思いませんでした」


 ニコーっと笑顔を崩さないまま新井が答える。その顔は予想通りの顔だろ。


 「テスト学年二位なら何人かは覚えているのでは、と」

 「ちょっと待ってそれも初耳なんだけど属性の欲張りセットじゃん」

 「オタク特有の早口出てるよ。でも気持ちは分かる」

 「それよりこんなの調べてどうするつもりだ?」

 「自分のしたことにしっかりと責任を持って貰おうと思いまして」

 「「……?」」


 月乃と會澤が一緒に首を傾げてお互いを見る。

 放課後の全校集会……まさか?

 なんとなく新井の思惑が分かる。予想が当たっているとしたら月乃はそれにどう思うのだろう。

 酷いことを考えるものだと思っていたら新井と目が合った。


 「生徒の皆さん次第ですよ」

 「最悪の展開にならなきゃ良いな。それより付箋をそのまま信じて良いのかよ。実は適当に無関係の奴に貼ってるかもしれないぞ」

 「信じます。一年二年とクラスが一緒の梵さんが理由もなく誰かを傷付ける人ではないことは知っていますから」

 「そうかよ。んで、もう話は終わりか?」


 話が終わりなら一度屋上で煙草を吸ってから教室に戻りたい。


 「一つ提案があるのですが——」


 生徒会室のパイプ椅子から立ったタイミングで新井が人差し指を立てる。


 「梵さんたちに生徒会室を解放しようと思いまして」

 「……はぁ? なんで?」

 「梵さんは教室だと落ち着けなさそうなので良ければ影山さんたちと使って下さい。屋上よりは教師の目を気にせず使えると思います」

 

 …。

 ……。

 ………ん?

 月乃と會澤が全力で首を横に振っている。それじゃバラしてるようなもんだろ。


 「皆んな仲良くは理想ですがあくまで理想は掲げるもので、押し付けるものではないと考えています。ここを居心地の良い場所と使ってくれたらと」

 

 ここまで真面目な会長様だ。多分、学校の見回りをして屋上のドアが開いてることに気付いて、屋上にあるアタシの灰皿を見つけたのだろう。

 学校でヤニ臭を漂わせてるのはアタシしかいない。同じクラスなら即気付く。

 けれど、その現場を見たことがないから追求はしてない。そんなところか。

 真面目で誠実……そんな生徒会長でも頭が固い訳じゃないらしい。


 「良いのかよ。そんなことして」

 「ここは不定期に開催される会議でしか使われませんので。勿体ないと思いません? 大した権力もないのでこれくらいの行使は許して貰います」

 「んじゃ有り難く使わせて貰うわ。宜しくな会長」

 「因みに。ここで煙草は駄目ですよ」

 「まさかこの学校に煙草吸ってる奴が?」

 「さぁどうでしょう。私は見たことがありません。しかし、見つけたら報告しない訳にはいかないでしょう」


 会長はしかしの後をわざとらしく言う。

 これは大物だ。おもしれー女。



 放課後。突発的に始まった全校集会は会長が指揮を取る。

 まず最初にあの記事を書いた部員二人の謝罪会見。

 体育館の床に胡座で座り込み、ぼーっと話を聞く。

 最初は普通の記事を書いていたのに、冗談で済むような誰かの悪行を記事にしたら評判がグンと伸びたのをきっかけに方向性が変わった。

 そして今回の捏造に繋がったらしい。

 何度も何度も二人が頭を下げた後、会長と入れ替わる。


 「きっとこの二人が捏造記事を作ることはないでしょう。皆さんは信じられないかもしれませんが、私は信じようと思います。学校と言うコミュニティの中、この場で謝罪をした事実は大きなものです」


 会長の発言に教師陣から拍手が起こる。悪いことをしたとは言え、確かに自分から謝罪を申し出て全校生徒の前で頭を下げられるのは凄いことだ。

 近くの奴らが小声で「当たり前じゃない?」なんて言うが、当たり前のことを当たり前にやるのはこの世で最も難しいことだと思う。

 そうして教師陣に釣られ、生徒陣営からも拍手が起こる。

 まじかこいつら。

 その中には月乃に暴言を吐いていた奴も居る。


 「しかし問題はもう一つあります。それは捏造記事に取り上げられた一人の生徒を寄ってたかって非難したことです」


 拍手で和らいでいた空気が一瞬で張り詰めたものになる。


 「メディアには色があります。切り取り方や見方で同じ事実が幾つもの色に変わります。今回は捏造でしたが、事実の色を故意に変える場合もあるでしょう。そしてメディアは情報を得る為の手段であり、決して誰かを攻撃する為の手段ではないと私は思います。そう思いませんか? ——年——組——さん」


 あっという間に風向きが変わる。突然の台風直撃。

 そいつに周りの視線が集中し、その他の下手人は慌てているだろう。まさか把握されてるとは夢にも思わなかったはずだ。


 「——年——組——さん——」

 

 会長は無慈悲に名前をどんどん挙げていった。

 

 「何が善で何が悪か。暴力は悪で言葉は善か。この世に白と黒ではっきり決められることはほぼないと思いませんか? 状況に依る——私はそう思います」


 いつの間にか生徒全員が会長に惹き付けられている。

 

 「言葉は誰もが使える力です。人と通じ合う為に使うからこそ影響力は計り知れません」


 アタシは下手な暴力よりも恐ろしいと思える。

 暴力なら対抗手段は少なからずある。けど、言葉はそうじゃない。

 

 「時にそれは人を殺すでしょう。だからこそ皆さんには言葉が何をもたらすのか考えた上で行動してほしい。長々と話してしまいましたが、もう高校生ですから言葉に責任を持つべき、と言う話ですね。全校集会は以上です」

 

 一礼する会長に拍手は贈られない。

 もう解散して教室に戻って良いはずなのに誰も動こうとしない。丁度良い。

 アタシは一人で立ち上がり、金髪を目印に月乃のクラスの列に向かう。その男子列に混ざる黒髪マッシュを見つけた。


 「おい野間。ちょっと来い」

 「はぁ? 何で僕が?」

 「理由は分かるだろ」

 「……分かったよ」


 アタシが野間を引き摺り出したのを皮切りに他の生徒らが体育館から出始めた。

 取り敢えず人気のないところに行きたくて生徒会室へ。


 「あの時、掲示板の近くに居ただろ。なんで會澤みたいに庇わなかったんだよ」

 

 アタシの屋上侵入と喫煙にキレてた癖に。

 野間は泣きそうになりながら拳を震えるほど強く握り締める。悔しそうに。

 理由は想像出来る。周りの目が怖かったんだろう。

 それがトランジェンダーであることが根幹なのかは知らない。どうでもいい。


 「お前、一度でも月乃にって言ったことあるだろ?」

 「っ!」

 「やっぱりそうか」


 あの正義感の持ち主だ。複雑な事情を受け入れてくれた月乃を守りたいと思うのは自然な流れだろう。

 だからこそ許せない。

 

 「ふざけんなよテメェ。助けるって言ったのなら然るべき状況でしっかり動けよこのドヘボ野郎! ……裏切られる辛さを知らねぇのか?」

 「そんなの……痛いほど分かってる!」

 「なら行動しろよ。月乃に同じ痛みを味わわせるつもりか?」

 「——っ」


 それだけ言って一人、生徒会室を出る。

 月乃との関係を続ければ楽しい。それは間違いなくアタシの為の行動だった。

 何をやってるんだアタシは。前までならこんなどうでもいい奴のことは放っておいたはずなのに。

 ……月乃の為か。

 なんか最近、月乃のことを考えてばっかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る