第5話「きみのらぷそでぃー」


 「今日は本当にありがとう。助かったよ」

 「娘さんが喜んでくれることを願ってます。きっと大丈夫ですよ。自分のことも相手のことも考えてるんです。それってとっても素敵で、娘さんにも伝わりますよ」

 

 休日の騒がしい定食屋でも月乃の声は良く通る。

 普段と何一つ変わらない仕事での態度。初めて会ったはずの客の男と完全に打ち解けているのは流石だ。学校の男子を何人落としてるんだろうな。

 

 「じゃあまた会う機会があれば。ご馳走様でした」


 身形の綺麗な男は丁寧に頭を下げ、定食屋のおばちゃんにも挨拶をして店を出た。

 月乃も頭を下げ、見送りを終えるとカウンター席に居たアタシの横に座る。


 「バイト終わりの時間なのにありがとね」

 「どうせやること変わらねぇから」


 読んでいた漫画を閉じて煙草を灰皿で潰す。

 

 「おばちゃーん! 手が空いたらで良いから団子とお茶」

 「はいよー!」

 「それにしてもソヨは座ってるだけで仕事になるんだね。なんで?」

 

 月乃が店に来てからアタシはずっと今の席に座りっぱなし。月乃に伝えておいたバイトの時間終わりまで飯を食べたり、煙草を吸ったり、漫画を読んでいた。

 あれで金が発生してるのか謎で仕方がないと言う目でアタシを見てくる。


 「用心棒なんだよ」

 「用心棒……つまりヒーローってこと?」

 「いや、ただのバイトってこと」


 アタシはこの定食屋で用心棒として雇って貰っている。

 全席喫煙可能で酒も取り扱っている店だ。酒が入れば面倒な奴も柄の悪い輩も来る。人相が悪いだけならまだしも暴力的な奴も中には居る。

 そんな奴らが暴れた時に叩き出すのがアタシの仕事。

 残念ながらこの島にアタシより強い奴は居ない。適材適所と言うやつだ。


 「はいよ! 団子セット二人前ね!」


 そこへおばちゃんが二人分の団子とお茶を運んでくる。


 「さんきゅー」

 「これ私も食べて良いの!?」

 「食べな食べな! いやーおばさんは嬉しいねぇ! まさかボンちゃんが友達連れてくるなんてね! 友達が来るって言うからおばさん気合い入れて作ったよ!」

 「ありがとうございます!」

 「ほらほら、客が呼んでるぞ。駄弁ってないでさっさと行け」

 「あら、そうねぇ。邪魔しちゃ悪いものね!」


 殴りたくなるくらいのニヤつき顔を見せておばちゃんが仕事に戻る。

 

 「そんで今回の客は平気だったのか?」

 「うん。すっごく良い人だったよ」


 月乃が仕事の最後の場所にここを選んだ理由。それは前のような事案になった時にアタシが直ぐ助けられるからだ。相手が喫煙者と聞いていたのでずっとストーキングするより最後にここで食事をして貰う方が楽だと思った。

 その心配も杞憂に終わった訳だが。


 「あの人は仕事が色々忙しくてずっと娘さんと話してなかったみたいでさ。落ち着いてきたから誕生日をちゃんと祝いたいと思ったんだって」

 「それが月乃に依頼するのとどう繋がるんだ?」


 三色団子を噛みながら聞く。

 月乃も口に団子を含んだまま理由を説明する。


 「仕事漬けだったから年頃の女の子との接し方が分からなくなっちゃったんだって。予行演習がしたかったんじゃないかな」

 「恋人代行サービスと言うよりは同行者サービスみたいな感じなんだな」

 「一人じゃ入りにくいお店に行って欲しいって依頼もあるよ。名前はともかく使い方はお客さん次第な感じ」

 

 三色団子を食べ終えたと思ったらあっという間にみたらし団子に手を伸ばす。

 

 「楽しいんだ。色んな人と話して、知って、新しい価値観を知ったり、私にはない特別を持ってたり」


 斜めを上を見つめて、楽しそうに口を走らせる月乃。

 今までの客を思い出しているんだろう。アタシが蹴り飛ばした奴みたいなのも複数居てもおかしくないのに月乃の表情は明るい。

 嫌だった過去を振り切って明るくなれるのは素直に羨ましい。

 月乃の笑顔を肴にお茶を飲み、あることを思い出す。


 「野間はどうした?」

 「アヤはもう大丈夫。ソヨのことは言わないって」

 「あんなのアタシが相性悪いの分かってただろ。なんで連れてきたんだよ」

 「それは……ソヨならきっと二人を否定しないと思ったから」


 意外にも月乃は真剣な声色でそう言った。

 そのまま話を続けようとも思ったが、店の中が混み始めてきた。居座るのは悪いと思い、お茶を飲み干し、月乃を連れて店を出る。

 とっくに日は暮れている。もう八時を回っていて、繁華街の幾つかの店がシャッターを下ろし始めた。

 深夜帯もやる店とそうじゃないところが入り混じってる繁華街も珍しい。田舎の島ならではだったりするのか。

 曇り空の下でポツリポツリと月乃が続きを話す。


 「ほら、ナナウミは腐女子でアヤは女の子。ナナウミはまだ良いんだけどアヤはどうしても理解されないことが多くてさー」

 

 性別に関しては広まり、大々的に認められていても個々人に受け入れられてるかは怪しい。

 本土でも微妙だったな。ほぼ閉鎖空間になってる田舎の島じゃあ尚更か。

 

 「お客さんに言ってたでしょ? 好きなら好きで勝手にしろって」

 「だってそうだろ。好きなだけなら問題ねぇさ。後は行動がどうなるかだけだ。その行動がアタシにとって害をなすならぶん殴る。それだけ」

 

 野間の話も同じだ。あいつが女でアタシに不都合はない。

 全部全部、アタシの為にだけやってることだ。気にしなさ過ぎるのも良くない。けどそれ以上に気にし過ぎるのが嫌いだ。疲れる。

 それを聞いた月乃は優しく微笑み掛けてくる。


 「だから私は仲良くなりたいと思ったんだよ? 好きを流して嫌いを押し付けようとしないの凄く良いなって思った」

 「お前は……褒めてばっかりだな」

 

 顔を見てられなくて、照れ隠しに煙草を取り出す。

 特異体質も銀髪も。この自己中な考えも。全部特殊で異質なものだと思っていた。

 月乃はアタシを普通にしてくれる。

 それがとても心地良くて今までの友達とは違う感覚だ。

 月乃には笑っていて欲しい。心の底から思う。


 「ありがとな」


 感謝の言葉を言っておく。


 「どうしたの急にー。照れちゃうなぁ」

 「ただの感謝……だ……?」

 「どうかした?」


 体がゾワッとする。嫌な感じだ。

 すると間もなく前方から悲鳴と共に人の波が押し寄せてくる。人混みに揉まれてすっ転ぶジッチとバッパの夫婦に月乃が駆け寄る。

 

 「大丈夫ですか!?」

 「あ、あっちで妖が出たんじゃ……蛇の頭の人間が……これは祟りじゃ……!」

 「お嬢ちゃんたちも早く避難を……」

 

 妖怪の被害がまさかこんな街中であんのかよ。

 

 「月乃。アタシらも逃げんぞ——っておい!?」

 

 月乃は人が逃げてきた方向——つまり妖怪が居る可能性の高い方へ走り出す。

 アタシも急いで後を追う。

 お人好しのヒーロー——そんな月乃の噂を思い出す。


 「あの馬鹿……!」

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