来波示

絵之空抱月

前編『金の君と銀の君』

第1話「ぷろろーぐ」


 夕暮れ時、アタシはバイト先の定食屋から出る。

 店主の声を背に浴びながら煙草を咥えて路地に入り、ライターで火を付けようと首を曲げると前方から声が聞こえてきた。

 男と女の声。何やら言い争っている様子だった。

 煙草に火を付けず、顔を上げる。目の前で狭い路地を塞いでいる二人組。金髪の女子高生っぽい奴とまあまあ歳の行ったおっさん。

 痴情のもつれか何かは知らないけど、邪魔だ。

 この先の駐車場にバイクを停めているのに。アタシはさっさと帰りたい。


 「ちょっ!? 駄目ですよ! もう時間外ですよ!? さっき代金も貰ったじゃないですかぁ!?」

 「ご、ごめん! でもぼ、僕は君のことが好きなんだ! お願いだよ! 仕事じゃなくてちゃんと付き合ってくれないか!」

 「駄目ですって! このままだともうサービス利用出来なくなっちゃいますよ!」

 「利用しなくても君と会いたいんだ!」


 二人はアタシの存在に気付いていないらしく、ワックスか脂でテカった髪のおっさんは金髪の腕を掴んで必死に引き止めようとする。

 サービス利用……金髪女は恋人代行サービスでもやってるのか?

 それでこっちの清潔感のないおっさんはガチ恋してしまったと。

 

 「なぁ」

 「「!?」」

 

 アタシが声を掛けてやっと存在に気付いた二人がビクッとする。

 

 「邪魔。そこ通りたいから退いてくれ」

 

 煙草に火を付け、煙を吐き出しながら二人に告げる。

 今だけ道を開けてくれさえすればその後はどうでも良い。おっさんが捕まっても金髪女が襲われようが知ったことじゃない。

 

 「お前も……僕を侮辱するのか……」

 「は?」

 「お、思ってるんだろ! 三十過ぎの男が女子高生や中学生が好きなロリコンだなんて気持ち悪いとか思ってるんだろ! なんでだよ! ぼ、僕が女子高生を好きじゃいけないのか! 何が悪いんだよ!?」

 「痛っ……」


 謎にヒートアップしたおっさんの腕に力が込められ、金髪女が痛がる。

 だからアタシはおっさんの腹を蹴り飛ばした。

 その勢いでおっさんは地面に転がり、痛む腹部を両手で押さえながら恐怖に満ちた目でアタシをみてくる。蹴られると思ってなかったんだろう。


 「アタシは邪魔だって言ったんだ。さっさと退け。テメェがロリコンかどうかなんて知ったことか。好きなら好きで勝手にしろ」


 他人の好みに難癖を付ける趣味はない。

 未成年関連の事件が起きればロリコンが何だと騒がれるが、そもそも同意なしでそう言った行為をするのに相手の年齢は関係なく犯罪だろう。

 ただ好きなだけなら別に問題はない、とアタシは思う。

 それはそれとして、邪魔だし、噛み付いてきたことに腹が立っている。咥えていた煙草を人差し指と中指で挟んで取り、おっさんを見下ろす。


 「目障りで耳障りだ。痛い目見たくなかったら消えろ」

 「……っ!」


 後退りしたおっさんは慌てて逃げるように路地から大通りへと走り去る。

 出来ることなら「これで勝ったと思うなよ!」なんて台詞でもポイ捨てしてくれたら少しは気分が晴れたのに。気の利かないおっさんだ。

 

 「あのさ!」

 「まだ居たのか。アタシみたいな変な輩に絡まれたくなければさっさと家に帰りな。最近は妖怪の話も物騒だからなー」

 

 面倒臭い雰囲気を感じ取り、金髪女にはまともに取り合わず、バイクへと向かう。

 別に金髪女を助けたかった訳じゃない。金髪女も含めて邪魔だったのをどうにかしようとしたらおっさんが変なキレ方をしてきたので蹴り飛ばした。

 お礼を言われる筋合いはない。

 それに今は助けられた直後で良い顔をしていても、どうせアタシは疎まれる。それなら最初から仲良くなるなんてアホ臭い。

 おっさんの言っていたと言う言葉が頭に浮かぶ。

 

 「人を好きになるなんて馬鹿馬鹿しい」


 その好きがいつまで続くかも分からない癖に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る