アメリカの青春

 アメリカンドリームを体現した、極めて個性的で野心家の方々に焦点を絞ったオムニバス形式のエッセイ。
 時はゴールドラッシュ。処はサンフランシスコ。
 順番に取り上げられる四人の男たちは金を採掘したのではなく、中西部大陸横断鉄道に賭けて、それに成功した成金たちです。
 彼らはビッグ・フォーと呼ばれています。
 たとえば、スタンフォード。
 スタンフォード大学との関係、知らない方もいるのでは?

 金儲けに特化するとこうもあろうかという具合で、出てくる面々の人生は凡人には無理でしょう。
 ほぼ詐欺師です。
 日本においても自然の景観をぶち壊しにする黒々とした太陽光パネルや、山河に投棄される産業廃棄物が忌々しいまでの不快感を呼んでおりますが、あれをもっと大規模にやることで巨億の富を築いた方々です。
 我が国と違いアメリカは広いので、躊躇なくダイナマイトで自然を爆破することも当時としては当たり前だったのだろう。
 そう想われるかもしれませんが違います。
 汽車と雄大な自然を調和させた、美しい鉄道路線を夢みた技師もいたのです。

 ノブヒルと呼ばれるサンフランシスコの高台に城のような豪邸を築いた男たち。
 その傍には女の影があり、この女性たちがそれぞれ、夫に勝るとも劣らないユニークな強さを発揮します。
 こういったエッセイには、「あなたが書き散らさなくとも市販の本に同じエピソードが書いてある」と賢しげに指摘する人が必ず現れますが、そうではないと想うのです。
 書き手のフィルターを通すことで何を伝えたいのかが読者にも伝わる。
 それが大切なのであり、それがなければいくら詳しく調べたとしても、そんな評伝はただの記号のようにして無味乾燥に脳から滑り落ちるだけでしょう。

 そのことは、『ジュダという青年技師の夢の鉄道』の回を読めば分かります。
 心貧しい者にとっては、ただの負け犬の敗残者でしかないであろう青年技師ジュダ。
 死後に評価が爆上がりするようなこともなく、今にいたるまで、ジュダは現地においてもほぼ忘れ去られた存在です。

 九月ソナタさんはこのジュダを語る際に、妻の回想というかたちをとって筆を執りました。
 これ見よがしな遺産を残したビッグ・フォーとは異なり、『ジュダ』の名が遺されているのは、サンフランシスコの中でも、寂しい、誰もいない、ひっそりとした通り。
 或る日、九月ソナタさんはその場所を訪れます。
 奇人変人についても日頃からのびのびと心赴くままに楽しく語っておられる九月ソナタさん、その自由闊達な心の中にある、芸術を真に愛する者だけがもつ素直な花園が、志半ばで亡くなったジュダの精神と呼応していることがこの回からは確かに分かるのです。
 他の人ならば「負け犬」と呼ぶジュダに、九月ソナタさんは愛惜と敬意をもって接しています。
 であればこそ、読む側の私たちの胸にも、ジュダという無名の技師の人生が命をもって甦るのではないでしょうか。

  開拓時代はアメリカの青春。そこに生きた人々の悲喜こもごもを、軽快な文章力によって辿ることのできる倖せな読書のひとときを、ぜひ。

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