第25話 エロ触手 VS リッチ(7)

 スケルトンの群れが触手の一撃で全滅した後、リッチはしばらく静止していた。


 明らかに、考え込む様子。


 ボクとエロ触手の絡み合う姿は、どう考えても真面目な戦闘状態とは程遠い。強烈な一撃を見せたからと云って、何かの間違いだろうと真剣に考えない……いや、考えたくない。普通の人間ならば、そうなる者の方が多いのではないか。リッチは違った。


 嬲り、弄び、穢すだけの対象が、皮が剝けたように変化した。


 怯えるだけの子羊が、狼のような牙を見せた。


 つまり、敵である。


 狩りではなく、戦いである。


 リッチの気持ちを代弁するならば、そんな感じだろうか? 敵意と殺意の高まり。もう一度、数体のスケルトンが生み出された。リッチが指揮者のように手を振り下ろすと、スケルトンたちは一斉に攻撃を仕掛けて来る。だが、結果は先ほどと変わらず、触手がカウンターのような一撃を見舞って全滅させた。


 ……強くない?


 ボクの素朴な感想。


 リッチも同じように思っただろうか。


 再び、スケルトンの生成。


 ただし、今度は、リッチも全力を込めたらしく、スケルトンの数が多い。10体を超えている上に、いずれも魔力を帯びて黒光りしていた。ただのスケルトンではなく、上位種のダークスケルトン。警戒心のあらわれか、リッチの隠されていた実力が数段飛ばしで披露されていく。


 ダークスケルトンの動きは、シンプルに速かった。


 ただのスケルトンとは身のこなしの切れが違う。


 おそらく、攻撃力も防御力も相応に高まっているはずだ。


 しかし――。


 触手には関係が無かった。


 迫り来るダークスケルトンに対して触手が一本、ぐるりと周辺を薙ぎ払うような回転撃。


 スケルトン? ダークスケルトン?


 なにか、違うの?


 そんな風にトボけて云わんばかり、あっさり塵に変えてしまった。


 ……いや、強すぎない?


 再び、ボクの素朴な感想。


 たぶん、リッチも同じことを思っていた。


 まったく、戦闘になっていない。触手には、どうでも良さそうな気配すらあったのだから。ボクの脇のあたりに対する執拗な攻めを中断してくれたかと思えば、ダークスケルトンに一瞬で対処すると、「ごめんごめんおまたせー」みたいな調子ですぐに戻って来る。待ってないよ……ん、ンンッ! アッ、ウゥ……ま、待ってないってば……。


 まあ、こんな感じの片手間で終了させられたダークスケルトンたちは、ちょっと可哀想である。


 リッチは間髪入れず、次の手を打って来る。


 骨の両手が突き出され、黒魔法『コンタミネーション』の発動。リッチの手から魔力が捧げられると、汚染された風が荒々しく吹き荒れ始めた。黒い靄の入り混じった有毒の風は、リッチを中心とした近くの草花を次々と枯らしていく。汚染された風は徐々に、ボクと触手の方に流れ込んで来る。


 スケルトンと違って、ぶん殴って対処できるものではない。


 黒魔法に気付いたらしい触手が一本、有毒の風に「あー、やれやれ。面倒だなぁ」とばかり突撃して行った。


 ……おい、大丈夫か、そんなやる気のなさで。


 ボクは心配になったけれど、実際は、余裕だった。


 ちょっと、ね……。ボクの認識のズレっぷりを恥じようか。


 根本的に問題が無かったのである。


 攻撃でも防御でもなく、魔法の中心に向けての単独自爆みたいなもの――触手の行動で、結果は果たしてどうなるかと思えば、黒魔法『コンタミネーション』は消失してしまった。冗談みたいである。何が起きたのかは明らかだろう。正確に云うならば、黒魔法『コンタミネーション』が触手に直撃した瞬間、魔法が魔力に返還されるという独特の発光現象が生じていた。


 すなわち、魔法抵抗(レジスト)。


 魔法の効果内容に左右されるものの、発動者と対象の実力差があり過ぎる場合――。


 魔法は破壊される。


 リッチの魔法は破壊されていた。


 つまり、エロ触手との実力差があり過ぎるということだ。


「え、強すぎない? そこまで?」


 12本のエロ触手による快楽天国の最中でも、思わず正気に戻ってしまうボク。


 逆に、リッチは我を忘れたようだ。


 頭に血が昇ったか? 血なんて、とっくの昔に枯れているだろうに。


 黒魔法『コンタミネーション』の対処のため、たった一本だけ突出したままのエロ触手に詰め寄ると、リッチは周囲一帯の闇夜を裂くぐらいに魔力を輝かせる。その全身から蒸気のように立ち上った魔力を、高々と掲げた右手に収束させていく。そして、発動させたのは最高位の黒魔法『ネクロポーテンス』――。


 リッチの右手が、エロ触手をつかみ取る。


 次の瞬間、黒魔法『ネクロポーテンス』の濃密な闇が一本の触手全体を覆いつくした。


 だ、大丈夫か?


 さすがに、最高位の魔法。


 レジストもできなかったようだけど――。


「……あー、うん」


 やはり、心配するのはバカらしい。


 最高位の黒魔法の直撃を受けたと云うのに、「うわ、びっくり」ぐらいの表情で、ぶんぶんと触手が左右に振れれば闇はあっさり払われていく。ダメージも状態異常も、何ひとつ喰らっていない。たぶん、切り札ぐらいの魔法を使ってみせたのに、何の意味もなく無駄に終わったことで呆然自失のリッチさん……。


 ご愁傷様です。


 エロ触手は、リッチに向けて鎌首を勢いよく叩きつけた。


 咄嗟に回避しようと動き出したリッチであるけれど、間に合わず、その右腕が吹き飛んだ。

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