私の恋路と嫌がらせの奇跡

愛内那由多

Sideマコト

 長田くんの話をしよう。私の恋路を語る上で必須条件だから。


 私は、長田くんと同じクラスになって、さらに一緒に美化委員会としても働きはじめた。正直、最初はそんなにいい印象を受けなかった。

 けれど、そんな長田くんに対する考えはすぐに変わる。

 書類を運ばなくてはならないとき、率先して運んでくれる。美化委員の仕事はきっちりと丁寧にこなす。派手で目立つ人ではないけれど、誰に対しても友好的。

 けれど、それだけなら、彼に対して特別な感情を持たなかっただろう。

 転機は新しいクラスになれた、6月頃のことだ。



 放課後、私が教室の前で、友人のヨシノを待っていると、中から長田くんとその他ふたりで話しているのが聞こえた。

――聞かない方がいいだろうな。

 と思ったが、彼らの声は案外大きく、聞くつもりがなくても内容を把握できてしまう。

 下世話にも、その会話の内容は、『クラスの女子なら誰がタイプか?』、だった。

――長田くんは、誰が好きなんだろう?

 仲良くしている男の子が、誰が好きなのか。興味本位で気になった。そして、他のふたりはどうでもよかった。

「長田は、誰が好みだ?」

「僕は――」

 続きが気になる。この一瞬が、凍り付いたように動きが遅く、長い。

「佐々木さんかな?」

 私の名前が出た。少し顔が熱くなる。なぜだろう。

佐々木真ささきまこと?意外な趣味だな。地味じゃん」

「なんで?俺はよく知らないし……」

 ふたりが地味に私の心をカリカリ、カリカリと削ってくる。が、それどころではない。

「佐々木さんって、すごく気が利くんだよね」

「そうなの?イメージないんだけど」

「例えば、両手で書類を持ってしたが見にくいとき、『階段気をつけてね』って言ってくれたり、その書類を置くときに、スペースをつくっておいてくれるたりするんだよね」

 私としては、そのくらい当然だと思っている。重い荷物を持ってもらってる側として、そのくらいのサポートはしたい。

「お前、そういう気が利く奴が好きなんだ?」

「そうだけど、そうじゃなくて……。なんていうか、気を利かすのに必要なことってあるだろ?相手の立場に立って考えられるとか、周囲をちゃんと見てるとか」

 意外な所に注目されて、恥ずかしいとか、嬉しいとかよりも、感心してしまった。見ている人は、ちゃんと見ているのだと。

「そういうのができる人っていいなって……」

――長田くんが私を見てくれている。

 それが、私の心を思いの外がっしりと掴んでしまった。これが恋なのかもしれない。

「だから――佐々木が好きなの?」

「そう……なのかも?」

 間接的に告白を聞いたようなものだ。気まずい。これがバレたら、お互いに今のままの関係じゃいられない。言い訳も、誤魔化すこともできそうにない。

 私はその場から離れようとして、教室の前から歩き出そうとしたそのとき、私が待っている人物に名前を呼ばれる。

「マコト!」

 ヨシノの声は、教室内にも響き渡っただろう。



 昼休みに、半分無意識におにぎりを口の中に運ぶ。中身はシャケだった。そこそこ好きな具だ。

「でさ、マコト。聞いてる?」

「うん。聞いてる聞いてる」

 けれど、私は全く別の方向を見ていたし、話の内容の半分も頭に入っていない。ヨシノには悪いけれど、今の私は少し熱にうかされている。

「マコト、そんなに長田くんのこと好きなの?確かに、かなり顔はいいよね」

「えっ……」

 ヨシノに言われて、はっとする。真後ろから鈍器で殴られる、みたいな衝撃が走る。

「そう……なのかな……」

――そうか、他の人も長田くんを好きかもしれないのか……。

 そう思うと、焦燥感で心臓が速く動く。かといって、告白する勇気もない自分に不甲斐なさを感じる。目の前にいるヨシノだって、その可能性があるのだ。

「ね~、アイツのどこがいいわけ?顔以外で」

「面食いみたいに言わないで欲しいんだゾ」

 ヨシノにざっくばらんに長田くんとのことを説明した。そして、この前のことは少なからず、ヨシノにも責任があると言った。

 しかし、ヨシノはあまり気にせずにお弁当を口に運んでいた。

「へ~」

「なに?」

「いや、変な部分に惚れてるなって思って」

「そう?でもいいだろ?」

――にしても、惚れるか……。

 別に私だって、華の女子校生だ。なら、恋の一つや二つあってもいい。けれど、これが、本当に恋なのだろうか?

 他の人から見れば恋なのだろう。けれど自分ではその確証が持てない。

「もう好きなんだったら、当たって砕けてこいよ」

「砕けたくなんだけど」

「砕けた恋よ」

「やかましいゾ」

 勝手に失恋したことにするな。まだ、そこまでのことをしていない。そこまでできていない。

「なら、デートにでも誘ってみたら?」

「はっ?」

 反射的に言った。ヨシノから意外な提案をされる。

「こういうときは、行動あるのみだよ」

 反論しようとしたけれど、ヨシノの方が恋愛経験は豊富だった。なら、彼女の言うことは聞いた方がいい。

「だって、お互いに合わないのなら、早めに諦められて、次にいける。し、両思いなら付き合える期間が長くなる」

 言い方にちょっと人間的な問題があるが、言っていることは、まぁ、納得できた。

「そこで、デート先だけど」

「行くとは言ってない」

「いいから、よくお聞き。青春はね、思い出になったら――負けよ」

 お弁当を食べる手を止めて、私の目をジッと見て続ける。

「藤森公園がいいよ。もし、行くならね。」

 藤森公園は私の家から少し離れた山の方にある、だだっ広い国営の公園だ。私は小学生の遠足で行ったことがある。

「なぜ?」

「1つ、娯楽が少ない公園なら2人で会話をせざるを得ない。ここで、お互いのことを知れるし、話が弾むかどうかも分かる。ここでダメなら、別れられる。

 2つ、公園内ならそこそこ歩くから、相手が配慮してくれる人間かどうか分かる。休憩を取ったり、歩くペースを合わせたりしてくれるのかどうか。

 3つ、これが重要」

 一呼吸置いた。

「なに?」

「初デートが藤森公園のカップルは――結ばれる運命にあるの」

 ヨシノは言った。私はまだ、そこまで考えてない……。

「はぁ?いや、そんな理由で藤森公園には行かないって」

「いや、未来のことくらい考えてもいいじゃない」

 私はヨシノから視線を外して、天井と床を交互に見て考える。

 いや……。そこまでいきいのかもしれない。

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