衰退した吸血鬼は美少女サイボーグの血が吸いたい!

根竹洋也

第一部

序章 出会いと誓い

第1話 吸血鬼と少女のフレミング光線

「血を、血を吸わなければ……」


 ボロボロの服を着た男が、廃墟をフラフラと歩いている。

 城は朽ち果て、巨大な植物が壁と天井を突き破り、天井に空いた穴からは夜空が見える。

 流れる雲の間に浮かぶのは、綺麗な満月だ。


「おかしい……満月だと言うのに、力が弱い! 私の王国は……眷属けんぞく達はどこに行った?……いや、それよりもまずは血だ。血を吸わねば!」


 男は廃墟を彷徨った。どうしてか、呼吸をするたびに体内が傷つく。お陰で再生に魔力を取られる。


 乾いている。血を吸わねばならない。


 なぜなら、男は吸血鬼だからだ。

 男はかつて最強と恐れられた吸血鬼だった。

 不死身でどんな傷も一瞬で再生し、怪力で人間をボロ雑巾のように引き裂いた。

 強大な魔力を操り、世のことわりすらその手にかけた。

 血を吸った者を吸血鬼に変えて従わせ、不死者の王国に君臨した。


 だが敗れ、封印された。

 

 そして蘇った。

 世界は再び、恐怖と混沌に包まれる――そのはずだった。


 男はなおも歩き続けた。すると……


 ヴォオオオ!


 歪んだ咆哮があたりの空気を震わせた。見ると、崩れた瓦礫の向こうから、十メートルはあろうかという巨大な熊が顔を覗かせていた。


「獣、何の用だ。頭が高いぞ」


 男は身を逸らし、顎をクイッと上げ、威厳ある態度で巨大な熊を睨みつけた。だが、雲が晴れ、月光に照らされてあらわになった熊の姿に男は困惑した。


 熊の背中からは大きなキノコが生えていたのだ。


 よく見れば、その身体の至る所からキノコが生えていた。本来眼球が収まっているはずの場所からもキノコが顔を出し、月光を反射するようにほのかに光っていた。


「ふむ……なんと面妖な……」


 ヴォオオオ!


 熊は再び咆哮し、その巨体を揺らして真っ直ぐ男の方に突っ込んできた。男は動じることなく、片手をスッと上げた。


「ふん。失せろ、獣」


 バッコーン!


 次の瞬間、勢いよく吹っ飛ばされたのは男の方だった。


 巨大な熊の突進により、男はまるでボーリングのピンのように綺麗に、それはもう気持ちよく吹っ飛ばされた。

 壁に叩きつけられた男は、曲がってはいけない方向に曲がっている自らの腕や脚を見ながら、信じられないという顔で言った。


「ぐはっ……! ば、ばかな……! 獣風情にっ! この私が……!」


 巨大な熊は三度咆哮を上げる。だが、熊は目が見えていないのか、男を探すようにノシノシと徘徊しだした。男はズルズルと地面を這い、逃れようとする。


「くっ、再生出来ない! 私としたことが、なんて惨めなのだ! 血さえあればっ!」


 その時だった――男の前に彼女が現れたのは。


 どこからともなくフワリと現れたその少女は、不思議そうな顔で男を見下ろしていた。

 フリルの付いた黒いドレス、膨らんだ肩周り、キュッと絞られた腰、優雅に広がるスカート。まるで西洋の人形のようだった。

 少女が月光に輝く長い銀髪をかき上げる。

 チラリと覗いたその細い首筋を見て、男の目が輝く。


「うはっ! 血だぁ! 美味そうだぁ……美しい小娘よ! 特別に私の眷属にしてやろうぞ。血を吸わせろぉ」


 全身の骨がバキバキに折れたまま地面を這いつくばる不審者が、突然興奮した様子でそんなことを言うのだ。当然、少女は顔を引き攣らせた。


「え? 嫌だよ」

「だが吸う!」


 男は全身の骨がバキバキに折れているとはとても思えないスピードで、少女の首筋に飛びかかった。大きく開けた男の口には、鋭い二本の牙が生えていた。


「ぐへへ! 若い女子の血だぁ! ぐっ……!? うっ、な、なんだとぉ!」


 少女の首筋に突き立てたはずの男の牙はポッキリと折れ、コロリと情けなく地面に転がった。

 少女は首筋をさすりながら、ゴミを見るような目で男を睨みつけた。


「は? いきなり何? 気持ち悪いなぁ」

「そ、そんな……鋼鉄の板さえウエハースのように噛み砕く、私の牙が! ありえない!」


 男が叫ぶと、その声を聞きつけた熊が勢いよく男と少女に向かって突進してきた。少女は熊をチラリと横目で見ると、面倒くさそうに右腕を上げ、指を「フレミングの右手の法則」の形にした。


 親指を立て、人差し指は真っ直ぐ、中指は人差し指に対して九十度曲げる――

 そう、理科で習うあの「フレミングの右手の法則」の形である。意味は忘れていて構わないので、続けて読んでくれると嬉しい。


 少女は右手の人差し指を、真っ直ぐ熊に向かって突きつけた。


 キュンッ!


 高い音と共に少女の人差し指から細い光線が放たれ、突進してくる熊の腹をいとも容易く貫通した。少女は光線を放ったまま腕をヒョイヒョイと動かし、あっという間に熊を八つほどの塊に切断してしまった。


「な、なんて威力の攻撃魔法……しかも無詠唱とは」


 地面に転がる「熊だったモノ」を見て思わず男は息を飲んだ。

 だが、少女はキョトンとした顔で言った。


「いや、普通の収束ビームだけど……何言ってんの?」

「しゅうそく、びいむ?」


 今度は男がキョトンした顔を浮かべる。少女は平然と言った。


「サイボーグなんだから、指先から光線くらい撃てるよ」


 これが、吸血鬼モーントと、サイボーグ少女ラーレの出会いだった。


 続く

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